【特集、お召し列車】命運を分けた牽引機<C57形1号機>
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国鉄時代。
皇室のご乗車される「お召し列車」。
その牽引を任されることは、機関車にとって最高峰の栄誉でした。
しかし、お召し列車を牽引した機関車たちの運命は様々です。
保存された機関車。
今も現役で走り続ける機関車。
そして、静かにその役目を終えた機関車。
同じ栄誉を受けながら、なぜ命運は分かれたのでしょうか。
今回から、その背景を一両ずつ紐解いていきます。
第1回は、試運転スジが公開され話題となっているC57形1号機です。
昭和12(1937)年に誕生したC57形1号機は、羽越本線などで活躍した後、昭和47(1972)年に定期運用を終了しました。
ちょうどその年は鉄道開業100周年。
国鉄は、その記念事業として梅小路蒸気機関車館を開設し、後世へ伝えるべき蒸気機関車を全国から選定します。
C57形1号機は、トップナンバーであることに加え、保存状態の良さも評価され、保存機として選ばれました。
そして保存が決まった直後、新潟県で開催された全国植樹祭のお召し列車牽引機に抜擢。
特別整備を受け、新津~村上間のお召し列車を牽引しました。
これがC57形1号機にとって、最初で最後のお召し列車となります。
その後は梅小路で保存され、昭和54(1979)年には「SLやまぐち号」の牽引機として動態復元。
以来40年以上にわたり、日本を代表する動態保存機として数多くの人々を魅了してきました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。
幾度となく大規模検査や修繕を重ね、
2020年には運転中の不具合により長期離脱。
一時は復活を危ぶむ声も上がりました。
それでも技術者たちは諦めることなく整備を続け、
約5年半に及ぶ修繕を経て再び火が入り、
現在は本線復帰へ向けた試運転が始まっています。
半世紀以上前に誕生した一両の蒸気機関車が、多くの人々の想いと技術によって今も命をつないでいる。
それこそが、C57形1号機が今日まで走り続ける理由なのかもしれません。
一方で、お召し列車を牽引したという同じ栄誉を持ちながら、保存されることなく解体された機関車も存在します。
その違いは何だったのか。
次回は、「国鉄最後のお召し列車」を牽引したEF64形77号機。
同じお召し列車牽引機でありながら、なぜC57形1号機とは異なる運命をたどったのか。
その背景を、探っていきたいと思います。
(マイミー)

