【なぜ電車だけでは越えられなかった】169系・189系・489系へ受け継がれた「協調運転」、碓氷峠最後の答え

【なぜ電車だけでは越えられなかった】169系・189系・489系へ受け継がれた「協調運転」、碓氷峠最後の答え

マイミー

前回、EF63という碓氷峠専用機関車が、なぜあれほど特殊な装備を必要としたのかを追いました。
そして、今回が碓氷峠編の最終回。
最後に追うのは、EF63と電車が一体となって峠を越えた、この特殊な仕組み。
「協調運転」です。

では実際、横川でEF63を連結すると、
電車には何が起きていたのか。

ここを見ていくと、「協調運転」が単に機関車と電車が一緒に力を出すだけの仕組みではなかったことが分かります。
まず横川でEF63重連を連結。
密着連結器だけでなく、協調運転用のジャンパ連結器も接続されます。

そして電車側で「横軽協調スイッチ」を投入する。
ここから、普段の169系や189系、489系とは違う状態に入ります。

まず行われるのが、空気ばねの”パンク”です。

台車の空気ばねから空気を抜き、
車体をストッパゴムで支える状態にする。
乗り心地のためにある空気ばねを、わざわざ殺して峠へ入るのです。

理由は66.7‰での「座屈」。

EF63が最後尾から強大な力で押すと、
編成には大きな圧縮力が掛かります。
空気ばねが柔らかいままだと車体が浮き上がる方向へ力が逃げ、脱線につながる恐れがある。
そこで空気ばねをパンクさせ、車体と台車の動きを抑えます。

さらに非常ブレーキ回路にも細工が入ります。
通常の非常ブレーキが一気に作用すると、急勾配上では編成内に大きな衝撃が生じます。
そこで協調運転時には非常ブレーキの作用を絞り、急激な制動による連結器や車両への衝撃、浮き上がりを抑える仕組みが用意されていました。

ここで一つ大事なのは、空気ばねをパンクさせる処置自体は「協調運転」の機能そのものではなく、碓氷峠を安全に通過するための「横軽対策」だったことです。

協調運転に対応しない115系や185系200番台などにも横軽対策は施されました。
しかし、EF63と力行・抑速まで一体で制御し、12両編成を可能にしたのが169系、489系、189系でした。

さらに編成の組み方まで峠仕様です。
押し上げ時の座屈を抑えるため、重量のある電動車ユニットを峠の下側、つまり横川側に配置する。

そのため信越線用の一部電車は、他線区の同系列とは電動車ユニットの向きまで異なっていました。
つまり「横軽を越えられる電車」は、制御回路だけが特殊だったわけではありません。

足回りも、ブレーキも、編成の組み方も、66.7‰に合わせ込まれていたのです。

そして、ここからが本当の「協調」です。
電車側の運転士は、
通常のマスコンやブレーキ操作を行いません。
力行も、抑速も、EF63側から指令されます。

EF63の機関士がノッチを進めれば、
EF63だけでなく電車側の主電動機も力を出す。
峠を下るときは、EF63の発電ブレーキに合わせて電車側も抑速ブレーキを働かせる。

つまり12両の電車とEF63重連が、
別々に走っていたのではありません。
電気的につながれた、一つの巨大な「動力・制動システム」になっていたのです。

これによって、
それまで最大8両だった電車は12両まで編成を延ばせました。
増えた4両分の負担を、電車自身の動力にも分担させる。
だから169系が必要だった。
そして同じ考え方が489系、189系へ受け継がれます。

しかも横川から軽井沢へ登る列車では、EF63は最後尾。
列車を操作する機関士は最後尾にいるため、前方の信号を見ることができません。
そこで先頭の電車運転士が前方の信号や進路を監視し、その情報をEF63の機関士へ伝える。

「前を見ている人」と「列車を動かしている人」が別の場所にいる。

これも横軽ならではでした。
169系、489系、189系。
この3系列が特別だった理由は、単に「EF63と連結できた」からではありません。

横川に着くと空気ばねを落とし、制動回路を峠仕様に切り替え、ジャンパ線でEF63とつながり、自らの主電動機までEF63の指令下に入る。
普段の電車が、横川で「碓氷峠を越えるための車両」へ変わっていたのです。

1893年、ラックレールと歯車で始まった碓氷峠。
やがて電化され、新線が造られ、アプト式を捨て、EF63が生まれた。
そして最後には、機関車だけではなく電車の足回り、制動、制御まで峠に合わせた。

1997年9月30日、横川―軽井沢間は104年の歴史に幕を下ろします。

地形を変えられないなら、鉄道の方を変える。

169系、489系、189系、そしてEF63による「協調運転」は、その104年間の試行錯誤が最後に辿り着いた、一つの完成形だったのです。

(マイミー)

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