【ついに解体へ】KTR001形・タンゴエクスプローラー・丹後の“夢”を背負った特急の36年
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2026年9月。
西舞鶴で、ひとつの時代が終わろうとしています。
KTR001形。
かつて「タンゴエクスプローラー」として、京阪神と丹後を結んだ豪華気動車です。
まずKTR011で解体作業が始まり、床下機器やスカートなどが撤去。
続いて中間車KTR012でも、車内設備の撤去作業が確認されました。
残るKTR013については、現時点で車体解体開始を明確に確認できる情報はありません。
ただ、“最後の3両”として残ってきた第2編成そのものに、ついに解体の手が入ったことになります。
この車両、単なる昔の特急ではありません。
「第三セクターだって、こんな列車を造れる。」
そんな平成初期の勢いを、そのまま形にしたような車両でした。
時は1990年。
国鉄宮津線が北近畿タンゴ鉄道へ転換されるのに合わせ、KTR001形が登場します。
流線形の先頭部。
大きな窓。
そして客室の床を高くしたハイデッカー構造。
第三セクターの車両としては、かなり思い切った“本格派の特急車”でした。
車体には、丹後と京阪神を結ぶ「夢の橋=虹」、さらに丹後地方に伝わる七夕伝説をイメージしたシンボルマークまで描かれています。
つまりこの列車は最初から単なる移動手段ではなく、
「丹後へ人を呼ぶための顔」
として生まれたわけです。
1990年4月。
特急「タンゴエクスプローラー」として運転開始。
当初は京都から西舞鶴、網野、久美浜方面へ直通しました。
ところが、最初は1編成しかありません。
では検査に入ったらどうするのか。
なんとJR西日本のキハ181系が代走。
あの国鉄特急形が“タンゴエクスプローラーの代役”を務めるという、今考えるとかなり濃い時代です。
1992年には第2編成が増備。
さらに1999年からは新大阪発着となり、
福知山線経由で丹後へ。
大都市圏から第三セクター線へ、
そのまま豪華気動車が乗り込んでいく。
これこそ、この車両最大の見せ場でした。
しかし時代は変わります。
2005年のJR福知山線脱線事故後、安全設備への対応などから一時JR線への乗り入れができなくなり、KTR8000形「タンゴディスカバリー」が代役を務めました。
その後復帰したものの、2011年3月。
北近畿地区の特急体系再編によって「タンゴエクスプローラー」の列車名は消滅。
約21年続いた京阪神直通の歴史に幕を下ろします。
その後も線内列車などで使われましたが、
2013年以降は定期運用から離脱。
そして皮肉だったのが、
登場時には最大の売りだった”ハイデッカー構造”です。
眺望の良さを追求した構造は、
バリアフリー化が求められる時代には大きな弱点になりました。
3両固定編成という構成も、
利用状況に応じて短編成化したい地方鉄道には扱いづらい。
時代の最先端として生まれた設計が、
時代の変化によって足かせになっていったわけです。
第1編成のKTR001~003は長期間留置された末、2022年に解体。
それでも第2編成のKTR011~013は残りました。
2020年には登場30周年企画が行われ、2023年にはKTR800形による「TANGO EXPLORERオマージュトレイン」まで登場。
本物が走らなくなっても、その名前は丹後に残り続けました。
だからこそ、「もしかすると保存されるのでは」
そう期待した人もいたはずです。
しかし2026年9月。
KTR011に続き、KTR012でも解体作業が進行。
“最後のタンゴエクスプローラー”にも、
いよいよ終幕が近づいてきました。
国鉄の路線が第三セクターへ移り、
地方鉄道が夢を背負って豪華特急を造り、
その列車が京都や新大阪まで駆け抜けた時代。
タンゴエクスプローラーは、
まさにそんな平成初期の鉄道そのものだったのかもしれません。
36年前。
丹後の未来を背負って走り出した“探検者”。
その長い旅は今、静かに終点へ向かっています。
(マイミー)

