【忘れ行く光景】古き良き委託駅

【忘れ行く光景】古き良き委託駅

マイミー

昭和から平成にかけて、
地方の鉄道には「委託駅」と呼ばれる、小さな有人駅が数多くありました。

私の記憶の中にも、
そんな駅の姿が今もはっきり残っています。
駅にいたのは、
鉄道会社を退職したOBや、地域で暮らす年配の方々。

駅によって形は違ったのでしょうが、
私が知っている駅では、
駅に住まいを移し暮らしながら、
始発から最終列車まで駅を守っていました。

「委託」や「嘱託」という言葉だけを聞けば、
どこか補助的な仕事のようにも見えます。

でも、実際にやっていたことは、
間違いなく鉄道員の仕事でした。

出札。
集札。
列車の通過監視。

そして何か異常があれば、
管理駅や指令と連絡を取り合う。

小さな駅でも、
列車が来れば人が動き、
駅員さんはその一つひとつを見届けていました。

私は、
その姿を特別なものだと思って見ていたわけではありません。

むしろ当時は、
それが「普通」でした。

朝になれば、
学生やサラリーマンが駅へやってくる。

駅のおじいちゃん、おばあちゃんは、
いつものように窓口に立ち、
いつものように人を送り出す。

夕方になれば、
学校帰りの学生や、
仕事を終えた人たちが列車から降りてくる。

そしてまた、
その人たちが無事に家へ帰っていく姿を見届ける。

毎日毎日、
その繰り返しでした。

晴れの日も、
雨の日も、
寒い冬の日も。

私の記憶では、
駅へ行けばいつもそこに人がいました。

だからこそ、
当時はそのありがたさに気づかなかったのだと思います。

駅に人がいる。
窓口が開いている。
列車が来れば、
ホームで誰かが見ている。

それが当たり前だったからです。
ところが、
いつの間にかその光景は消えていました。

デジタル化が進み、
券売機やICカードが普及し、
鉄道の世界も大きく変わりました。

同時に、
地方の小さな駅では無人化が進み、
かつて人がいた窓口にはシャッターが下り、
出札口の痕跡だけが残っている。

最近、
久しぶりに田舎へ帰ったとき、
その光景を目にしました。

駅舎は残っている。
ホームもある。
列車も来る。

けれど、
昔の駅とは何かが違う。

あれほど当たり前に人がいた場所が、
静まり返っている。

窓口だった場所を見た瞬間、
懐かしさと同時に、
何とも言えない寂しさがこみ上げてきました。
駅そのものは残っている。

でも、私の記憶にある「あの駅」は、
もうそこにはありませんでした。

考えてみれば、
あの人たちはただ切符を売っていただけではありません。

毎朝、
学生やサラリーマンを送り出し、
夕方には、
またその人たちが帰ってくるのを見守る。

誰がいつもの列車に乗るのか。
誰が今日は少し遅いのか。

そんな日々の積み重ねの中で、
駅と地域の人たちは自然につながっていたのだと思います。

鉄道会社から見れば、
一つの小さな駅だったのかもしれません。

けれど、
そこを使う人にとっては、
毎日の生活の入口であり、
帰ってくる場所でもありました。

そして、
その駅には必ず「人」がいた。

私はそのことを、
今になって強く感じます。
便利になることは、
もちろん悪いことではありません。

人手不足も、
利用者の減少も、
地方鉄道が置かれている厳しい状況もあります。

だから、
昔の姿に戻せばいい、
という単純な話ではないのでしょう。

それでも、
失われてから初めて分かるものがあります。

あの小さな窓口。
そこに座っていた、
おじいちゃんやおばあちゃん。

始発から終列車まで、
毎日駅を守ってくれていた姿。

私にとっては、
確かに存在した日常です。

おそらく、
地方で育った人には、
それぞれに似たような駅の記憶があるのではないでしょうか。

駅の名前も違う。
路線も違う。
そこにいた人も違う。

それでも、
思い出の中に浮かぶ光景は、
どこか似ているのかもしれません。

もしも、
あの頃に一度だけ戻れるのなら。

私はもう一度、
あの駅へ行ってみたいです。
何か特別なことをしたいわけではありません。

ただ、
いつものように窓口に人がいて、
いつものように列車が来て、
いつものように人が乗り、
人が降りる。

そんな、
当時は何でもなかった一日を、もう一度見てみたい。
今になって思います。

人と鉄道と地域が、
まだ今より少し近かった時代。
その日常を支えていた人たちが、
確かにいた。

もう戻らないからこそ、
記憶の中に残しておきたい。

古き良き委託駅。

私が実際に見て、
過ごしてきた、
忘れたくない日本の鉄道風景です。

(マイミー)

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