Mr.DIMER Journal
【列車種別】"速達っぽさ順"に並べ替えてみましょう
普通、快速、急行、特急。 "上記の種別が一般な種別です。"と言ったら多分怒られる気が致します。 普通じゃなくて各駅停車だろ、準急もあるだろ、などです。 (まさか、L特急も。という方はもういないだろうと思うのですが 笑) その通り。 列車種別は、国鉄、JRをはじめとして私鉄各社でさまざまな形態のものが存在します。 ダイヤ改正を機に誕生する新種別、はたまた、消えゆく種別もあり、鉄道会社、地域ごとの特性が出てこれもまた鉄道趣味の造詣を深める一要素と申せましょう。 さて、上述の通り、鉄道路線における種別は多岐に渡っております。 無論、一鉄道会社自社線内線において複雑な種別系統の運用は、混乱と利便性の低下をきたす故、整理されての今日と推察しますが、 ここで、「あらゆる鉄道会社の種別を集めたらどれが1番速いのか」と漠然とした妄想を抱くに至りました。 あらかじめお断りしておきますと、路線も速度も違うのに単に種別だけでは比較のしようがない、と叱られる危険性を察知し、今回ここは"言葉のイメージ"で速さをランキングしてみませんか。 という趣旨でございます。 ちなみに当編集部では以下のように種別を書き出し並べ替えてみました。 注釈にあるように如何とも判断し難い要素があるのは一興と捉えていただけますと幸いです。 ▼編集部の見解-----------------1位 快特(快速特急) →やはり京急エアポート快特のイメージ。 2位 特急(特別急行) →格式を感じる、長距離列車のイメージ。 3位 特快(特別快速) →略しなければ急行より格下に感じるが。 これは意見が分かれそう。どの列車をイメージするか次第。 4位 新快速 →130キロで爆走するイメージ。 5位 快急(快速急行) →急行より速そう。 6位 急行 →不動の種別。私鉄の雄であり、国鉄の名門列車のイメージ。 7位 区間急行 →郊外始発時は遅いが段々と都心へと近づくに連れ本領発揮。 8位 準急(準急行) →急行化される前の国鉄列車、大手私鉄の主力級種別イメージ。 9位 区間準急 →停車駅多そうなイメージ。 10位 快速 →美しく爽やかな日本語(快適な速さ) 11位 準快速 →通過駅が隔駅になりがち。すごく遅いイメージ。 12位 区快(区間快速) →停車駅表示の●が連続してそう。 13位 普通 →ワナは、ごく稀に通過する駅があること。 14位 各駅停車 →安心と信頼の鈍行。 順位付けられず… 直行 →速そうですが、特急や快特の上位でもなさそう…とは云え、急行より遅くもなさそう…と言うことでランク外紹介としました。...
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普通、快速、急行、特急。 "上記の種別が一般な種別です。"と言ったら多分怒られる気が致します。 普通じゃなくて各駅停車だろ、準急もあるだろ、などです。 (まさか、L特急も。という方はもういないだろうと思うのですが 笑) その通り。 列車種別は、国鉄、JRをはじめとして私鉄各社でさまざまな形態のものが存在します。 ダイヤ改正を機に誕生する新種別、はたまた、消えゆく種別もあり、鉄道会社、地域ごとの特性が出てこれもまた鉄道趣味の造詣を深める一要素と申せましょう。 さて、上述の通り、鉄道路線における種別は多岐に渡っております。 無論、一鉄道会社自社線内線において複雑な種別系統の運用は、混乱と利便性の低下をきたす故、整理されての今日と推察しますが、 ここで、「あらゆる鉄道会社の種別を集めたらどれが1番速いのか」と漠然とした妄想を抱くに至りました。 あらかじめお断りしておきますと、路線も速度も違うのに単に種別だけでは比較のしようがない、と叱られる危険性を察知し、今回ここは"言葉のイメージ"で速さをランキングしてみませんか。 という趣旨でございます。 ちなみに当編集部では以下のように種別を書き出し並べ替えてみました。 注釈にあるように如何とも判断し難い要素があるのは一興と捉えていただけますと幸いです。 ▼編集部の見解-----------------1位 快特(快速特急) →やはり京急エアポート快特のイメージ。 2位 特急(特別急行) →格式を感じる、長距離列車のイメージ。 3位 特快(特別快速) →略しなければ急行より格下に感じるが。 これは意見が分かれそう。どの列車をイメージするか次第。 4位 新快速 →130キロで爆走するイメージ。 5位 快急(快速急行) →急行より速そう。 6位 急行 →不動の種別。私鉄の雄であり、国鉄の名門列車のイメージ。 7位 区間急行 →郊外始発時は遅いが段々と都心へと近づくに連れ本領発揮。 8位 準急(準急行) →急行化される前の国鉄列車、大手私鉄の主力級種別イメージ。 9位 区間準急 →停車駅多そうなイメージ。 10位 快速 →美しく爽やかな日本語(快適な速さ) 11位 準快速 →通過駅が隔駅になりがち。すごく遅いイメージ。 12位 区快(区間快速) →停車駅表示の●が連続してそう。 13位 普通 →ワナは、ごく稀に通過する駅があること。 14位 各駅停車 →安心と信頼の鈍行。 順位付けられず… 直行 →速そうですが、特急や快特の上位でもなさそう…とは云え、急行より遅くもなさそう…と言うことでランク外紹介としました。...
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【死生有命】サハとして産まれるか、モハとして産まれるか。
首都圏向けに華々しくデビューした大量配備の一大形式であっても、晩年は地方路線を短編成で細々と活躍する運命になりがちな鉄道車両。 こと、モハとして産まれるか、サハとして産まれるか、 これだけで、形式として、ではなく、イチ車両としての寿命を左右する要素ではないでしょうか。 例えば首都圏におけるデビュー当時の113系は、 クハ+モハ+モハ+サロ+サロ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ といった、グリーン車2両を組み込んだ、圧巻の11両編成。 6M5Tゆえ、このうち、サロ2両とサハ1両、計3両の付随車が含まれていることになります。 さて、ここで"モハ"と"サハ"の違いを、おさらいしておきましょう。 "モハ"は、モーターを積んだ電動車。自らの力で走る、いわば動力源。 対して"サハ"は、モーターを持たない付随車。モハなど動力を持つ車両と共に仕事をします。 平時、編成を組んでいる限りは、両者に貴賤などありません。 ところが、地方路線に転属するにあたっては、短編成化工事が施工されることとなりますから、サハは幾分か不要となる。 なにせ、短い編成でまず必要なのは、"走れる"モハ。そして、先頭に立つ"クハ"。 最短編成の3両ともなれば、とうとうサハは1両もいらなくなります。(4両編成先頭車が2両ともクハの場合は、中間車はダブル"モハ"になりますし)※クモハの存在など、形式による 極め付けは、2両編成まで短縮されると、モハが先頭車化改造される例(3両編成でも)もあり、モハは"クモハ"へと出世し、なおも生き永らえる。 要するところ、そもそも最短編成なり、最短ユニットで製造、運用されていた形式と異なり、とりわけ、大量製造・長編成で運用された形式において"サハ"の運命はそうなりがちなのかと。(もっとも"サハ"そのものの製造両数も僅少ですが) サロ・サシなど、転用改造や他形式編入など様々の"可能性"はあるものの比較的・わかりやすく言えば。 サハの運命はモハより短い、と言えるかと思います。 (Mr.DIMER編集長)
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首都圏向けに華々しくデビューした大量配備の一大形式であっても、晩年は地方路線を短編成で細々と活躍する運命になりがちな鉄道車両。 こと、モハとして産まれるか、サハとして産まれるか、 これだけで、形式として、ではなく、イチ車両としての寿命を左右する要素ではないでしょうか。 例えば首都圏におけるデビュー当時の113系は、 クハ+モハ+モハ+サロ+サロ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ といった、グリーン車2両を組み込んだ、圧巻の11両編成。 6M5Tゆえ、このうち、サロ2両とサハ1両、計3両の付随車が含まれていることになります。 さて、ここで"モハ"と"サハ"の違いを、おさらいしておきましょう。 "モハ"は、モーターを積んだ電動車。自らの力で走る、いわば動力源。 対して"サハ"は、モーターを持たない付随車。モハなど動力を持つ車両と共に仕事をします。 平時、編成を組んでいる限りは、両者に貴賤などありません。 ところが、地方路線に転属するにあたっては、短編成化工事が施工されることとなりますから、サハは幾分か不要となる。 なにせ、短い編成でまず必要なのは、"走れる"モハ。そして、先頭に立つ"クハ"。 最短編成の3両ともなれば、とうとうサハは1両もいらなくなります。(4両編成先頭車が2両ともクハの場合は、中間車はダブル"モハ"になりますし)※クモハの存在など、形式による 極め付けは、2両編成まで短縮されると、モハが先頭車化改造される例(3両編成でも)もあり、モハは"クモハ"へと出世し、なおも生き永らえる。 要するところ、そもそも最短編成なり、最短ユニットで製造、運用されていた形式と異なり、とりわけ、大量製造・長編成で運用された形式において"サハ"の運命はそうなりがちなのかと。(もっとも"サハ"そのものの製造両数も僅少ですが) サロ・サシなど、転用改造や他形式編入など様々の"可能性"はあるものの比較的・わかりやすく言えば。 サハの運命はモハより短い、と言えるかと思います。 (Mr.DIMER編集長)
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【鉄道界の】写ルンです
今月(2026年7月)、発売40年を迎えた、富士フイルムのレンズ付きフィルム「写ルンです」。 初代の発売は、1986年7月1日。「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に」をコンセプトに、"フィルムにレンズを付ける"という逆転の発想から生まれ、累計販売数は17億本以上。 まさに一世を風靡したヒット商品です。 デジタルカメラの台頭で一時は存在感が薄れたものの、近年はあのアナログな撮影体験がZ世代を中心に再評価され、この8月以降には、実に20年ぶりの新商品として、防水モデルと黒白フィルムモデルが発売されるとのこと。 さて、鉄道界にあっては。 この使い捨てカメラになぞらえ、 "価格半分、重量半分、寿命半分" というコンセプトで登場した209系電車を、「走ルンです」と揶揄(親しみを込めて)したのが始まりでした。 ■"寿命半分"の衝撃209系の登場は1993年。京浜東北線の103系置き換えを目的に、前年の試作車901系を経てデビューしています。 軽量ステンレス車体にVVVFインバータ制御。製造コストは従来車の半分、車体重量もおよそ半分。 そして何より衝撃的だったのが、設計寿命を約13年と割り切った"寿命半分"の思想です。 "電車(鉄道車両)とは数十年使うもの"という価値観が基準の当時にあって、 長持ちさせるための過剰な頑丈さを排し、安く、軽く造り、時代に合わなくなれば潔く更新する。 という設計思想は、まさに革命でした。 薄い車体に、簡素な内装。当時、「安っぽい」と辛辣な評価が少なくなかったことも、正直に記しておくところです。 ■ところが、永く"走ルン"です。デビューから33年が経過した2026年現在、209系は、いまだ走っています。 京浜東北線を退いた後、2009年からは房総地区へ転用。機器更新を受けながら、内房線・外房線・総武本線などで活躍を続けています。 2021年には伊豆急行へ譲渡された車両が「3000系」として運用を開始。 "寿命半分"を標榜した車両が、半世紀選手であった先輩たちに迫る車齢を重ねつつあります。 ■"使い捨て"は誤解だったここで面白いのが、本家・写ルンですとの共通点。 写ルンですは"使い捨てカメラ"と呼ばれ続けましたが、実際には使用済み本体を回収し、部品を再利用する、リサイクルシステムの先駆けでした。 一方の209系も、"使い捨て電車"と揶揄されながら、その実態は、リサイクルを前提として設計し、車体・機器を無駄なく使い切る思想の持ち主。 両者とも、"使い捨て"という呼び名とは裏腹に、「モノを賢く使い切る」ことへ真摯に向き合った先駆者であったと申せましょう。 名で誤解され、実で見直される。似た者同士の40年、33年です。 ■「走ルンです」が遺したもの209系の設計思想は、E231系、E233系、E235系へと受け継がれ、今日のJR東日本一般形車両すべての礎となりました。 言うなれば、現在の首都圏を走る電車たちは、みな「走ルンです」の系譜に連なる子孫たち。 40年を迎えてなお愛される写ルンですと、33年を経てなお走り続ける走ルンです。 "半分"のはずだった寿命をとうに使い果たしてなお現役の姿を見るに、あの揶揄はもはや、賛辞へと転じたのではないか。 と、思うところです。 (Mr.DIMER編集長)...
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今月(2026年7月)、発売40年を迎えた、富士フイルムのレンズ付きフィルム「写ルンです」。 初代の発売は、1986年7月1日。「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に」をコンセプトに、"フィルムにレンズを付ける"という逆転の発想から生まれ、累計販売数は17億本以上。 まさに一世を風靡したヒット商品です。 デジタルカメラの台頭で一時は存在感が薄れたものの、近年はあのアナログな撮影体験がZ世代を中心に再評価され、この8月以降には、実に20年ぶりの新商品として、防水モデルと黒白フィルムモデルが発売されるとのこと。 さて、鉄道界にあっては。 この使い捨てカメラになぞらえ、 "価格半分、重量半分、寿命半分" というコンセプトで登場した209系電車を、「走ルンです」と揶揄(親しみを込めて)したのが始まりでした。 ■"寿命半分"の衝撃209系の登場は1993年。京浜東北線の103系置き換えを目的に、前年の試作車901系を経てデビューしています。 軽量ステンレス車体にVVVFインバータ制御。製造コストは従来車の半分、車体重量もおよそ半分。 そして何より衝撃的だったのが、設計寿命を約13年と割り切った"寿命半分"の思想です。 "電車(鉄道車両)とは数十年使うもの"という価値観が基準の当時にあって、 長持ちさせるための過剰な頑丈さを排し、安く、軽く造り、時代に合わなくなれば潔く更新する。 という設計思想は、まさに革命でした。 薄い車体に、簡素な内装。当時、「安っぽい」と辛辣な評価が少なくなかったことも、正直に記しておくところです。 ■ところが、永く"走ルン"です。デビューから33年が経過した2026年現在、209系は、いまだ走っています。 京浜東北線を退いた後、2009年からは房総地区へ転用。機器更新を受けながら、内房線・外房線・総武本線などで活躍を続けています。 2021年には伊豆急行へ譲渡された車両が「3000系」として運用を開始。 "寿命半分"を標榜した車両が、半世紀選手であった先輩たちに迫る車齢を重ねつつあります。 ■"使い捨て"は誤解だったここで面白いのが、本家・写ルンですとの共通点。 写ルンですは"使い捨てカメラ"と呼ばれ続けましたが、実際には使用済み本体を回収し、部品を再利用する、リサイクルシステムの先駆けでした。 一方の209系も、"使い捨て電車"と揶揄されながら、その実態は、リサイクルを前提として設計し、車体・機器を無駄なく使い切る思想の持ち主。 両者とも、"使い捨て"という呼び名とは裏腹に、「モノを賢く使い切る」ことへ真摯に向き合った先駆者であったと申せましょう。 名で誤解され、実で見直される。似た者同士の40年、33年です。 ■「走ルンです」が遺したもの209系の設計思想は、E231系、E233系、E235系へと受け継がれ、今日のJR東日本一般形車両すべての礎となりました。 言うなれば、現在の首都圏を走る電車たちは、みな「走ルンです」の系譜に連なる子孫たち。 40年を迎えてなお愛される写ルンですと、33年を経てなお走り続ける走ルンです。 "半分"のはずだった寿命をとうに使い果たしてなお現役の姿を見るに、あの揶揄はもはや、賛辞へと転じたのではないか。 と、思うところです。 (Mr.DIMER編集長)...
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【お尋ね】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系について
もし、国鉄時代に計画された、常磐快速線の土浦延伸が実現していた場合。 交直両用でかつ、4ドア通勤型タイプの車両が導入される計画だったと聞きます。 最も、国鉄民営化によるJR発足後の1995年、"交直両用通勤型電車"と言う初の区分で誕生したE501系によって、これを実現することになったわけですが。 "もしも、国鉄時代に交直両用通勤型電車が登場していたら、 どのような車両で、どのような塗装になっていたのか" これを検討しようとすると、およそ、車体は103系がベースとなることは容易に想定できるものの…塗装は一体どうなっていたのか。思案するわけです。 いわゆる、"常磐線中距離電車"は、取手を越えて、土浦・水戸方面へ直通する列車、 常磐線快速電車は、取手までの"通勤電車"ですから、塗装が分かれているのは、誤乗防止・案内性の観点から当然、しかし、取手を越えて、土浦・水戸方面へ直通する&通勤電車となれば、どのような塗装が最適だったのか。 やはり、"白電"でしょうか。 E501系がエメラルドグリーン帯を巻き、そして、E531系が白電・415系1500番台譲りの青帯を巻いたように。 "常磐線中距離電車"の一つとしてカラーリングも括られていたのでしょうか。 詳しい諸先輩方、是非、教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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もし、国鉄時代に計画された、常磐快速線の土浦延伸が実現していた場合。 交直両用でかつ、4ドア通勤型タイプの車両が導入される計画だったと聞きます。 最も、国鉄民営化によるJR発足後の1995年、"交直両用通勤型電車"と言う初の区分で誕生したE501系によって、これを実現することになったわけですが。 "もしも、国鉄時代に交直両用通勤型電車が登場していたら、 どのような車両で、どのような塗装になっていたのか" これを検討しようとすると、およそ、車体は103系がベースとなることは容易に想定できるものの…塗装は一体どうなっていたのか。思案するわけです。 いわゆる、"常磐線中距離電車"は、取手を越えて、土浦・水戸方面へ直通する列車、 常磐線快速電車は、取手までの"通勤電車"ですから、塗装が分かれているのは、誤乗防止・案内性の観点から当然、しかし、取手を越えて、土浦・水戸方面へ直通する&通勤電車となれば、どのような塗装が最適だったのか。 やはり、"白電"でしょうか。 E501系がエメラルドグリーン帯を巻き、そして、E531系が白電・415系1500番台譲りの青帯を巻いたように。 "常磐線中距離電車"の一つとしてカラーリングも括られていたのでしょうか。 詳しい諸先輩方、是非、教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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【教えて下さい】非冷房が当たり前の時代
いわゆるベンチレータだけが整然と並ぶ屋根上よりは。 すっきりとした屋根上に集中式クーラーキセが中央に鎮座している方が馴染みがあると感じてしまい、最早、それの方が馴染む、という世代が増えてきている時代かと推察します。 私個人の感想で恐縮ですが、私鉄車であれば分散式クーラーキセが4~5つほど並ぶ、国鉄車ならベンチレータの千鳥配置と集中クーラーキセが中央に鎮座するスタイルが最も安心する世代です。 さて、本日のお話は教えて下さい、非冷房の時代。 夏たるものが季節ではなく災害の時期とも言えそうな灼熱の今日この頃、 私が小学生の頃に学んだのはあなた達が40歳になる頃には夏の外気温は40度になりますよ。と。 40歳どころか、物凄い速さで温暖化は進んでいるように感じます。 最も50年前の夏は25度も無かった、とは父の証言。 今と比べるわけには参りませんが、かつての日本の夏。は非冷房でも乗り切れたのか。それとも"やっぱり暑かった"のか。 みなさま、ぜひ教えて下さい。 ----------------------------------------暦の上において、一年で最も暑い時期は7月23日頃の「大暑」と言われます。とは言え、大暑どころか…「猛暑」なのが昨今の気象事情。熱中症にご注意下さい。---------------------------------------- (Mr.DIMER編集長)
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いわゆるベンチレータだけが整然と並ぶ屋根上よりは。 すっきりとした屋根上に集中式クーラーキセが中央に鎮座している方が馴染みがあると感じてしまい、最早、それの方が馴染む、という世代が増えてきている時代かと推察します。 私個人の感想で恐縮ですが、私鉄車であれば分散式クーラーキセが4~5つほど並ぶ、国鉄車ならベンチレータの千鳥配置と集中クーラーキセが中央に鎮座するスタイルが最も安心する世代です。 さて、本日のお話は教えて下さい、非冷房の時代。 夏たるものが季節ではなく災害の時期とも言えそうな灼熱の今日この頃、 私が小学生の頃に学んだのはあなた達が40歳になる頃には夏の外気温は40度になりますよ。と。 40歳どころか、物凄い速さで温暖化は進んでいるように感じます。 最も50年前の夏は25度も無かった、とは父の証言。 今と比べるわけには参りませんが、かつての日本の夏。は非冷房でも乗り切れたのか。それとも"やっぱり暑かった"のか。 みなさま、ぜひ教えて下さい。 ----------------------------------------暦の上において、一年で最も暑い時期は7月23日頃の「大暑」と言われます。とは言え、大暑どころか…「猛暑」なのが昨今の気象事情。熱中症にご注意下さい。---------------------------------------- (Mr.DIMER編集長)
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【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!
"一昔前"。 の定量的評価が、"何年の刻"なのか、については人それぞれかと思います。 西鉄における、オキサイドイエローにボンレッドのストライプを纏ったいわゆる"黄色い電車"と言えば、"貝塚線の電車!"。と答えが返ってくることでしょう。 時代をさかのぼります、1973年。 西鉄における"黄色い電車"とはかつて西鉄大牟田線 福岡〜大牟田間を60分で結んだ大牟田線・筑紫路のエース、2000形の専用色でした。 それまでベージュとあずき色の"旧西鉄標準色"を纏う車両ばかりの中に投入されたオキサイドイエローの新車。 鮮烈な印象を残したに違いありません。 そして、宮地岳線(旧:貝塚線)における"黄色い電車の歴史"は大牟田線から移籍した313形が始まり。 1977年のこと、2000形の"オキサイドイエロー"誕生の4年後です。 "本線"の、"西鉄特急新時代"を象徴する塗装。これを支線車両に纏わせたのはそれまで大牟田線の中古車ばかりで構成されてきた宮地岳線のイメージアップを図ったものと捉えています。 1977年の2年前、1975年、大牟田線向け通勤形電車として誕生する5000形が、同じボンレッドの帯を巻くもののアイスグリーンを基本とした塗装で600形他一般形電車に波及させていった史実を見るに、宮地岳線こそ"アイスグリーン"にしても良かったところ。上述した"イメージアップ作戦"の証左かと思います。 大牟田線において、アイスグリーンの車両が普及していく中、2000形の"オキサイドイエロー"は更に眩しく、輝く存在へと昇華されていったように感じています。 2000形が引退したのは2010年。実に16年の年月が過ぎてしまいました。 "にしてつの黄色い電車"、と言えばすっかり、「あぁ、香椎の2両編成ね〜。」と言う会話が定着しました。 認識は変化するもの。されど...これだけは言わせてほしい。 "貝塚線を走る黄色い電車は。 西鉄貝塚線色ではなく、西鉄宮地岳線色でもなく! 「西鉄特急色」であることを。" 是非、みなさまの認識は変化するもの。されど...これは言っておきたい。 教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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"一昔前"。 の定量的評価が、"何年の刻"なのか、については人それぞれかと思います。 西鉄における、オキサイドイエローにボンレッドのストライプを纏ったいわゆる"黄色い電車"と言えば、"貝塚線の電車!"。と答えが返ってくることでしょう。 時代をさかのぼります、1973年。 西鉄における"黄色い電車"とはかつて西鉄大牟田線 福岡〜大牟田間を60分で結んだ大牟田線・筑紫路のエース、2000形の専用色でした。 それまでベージュとあずき色の"旧西鉄標準色"を纏う車両ばかりの中に投入されたオキサイドイエローの新車。 鮮烈な印象を残したに違いありません。 そして、宮地岳線(旧:貝塚線)における"黄色い電車の歴史"は大牟田線から移籍した313形が始まり。 1977年のこと、2000形の"オキサイドイエロー"誕生の4年後です。 "本線"の、"西鉄特急新時代"を象徴する塗装。これを支線車両に纏わせたのはそれまで大牟田線の中古車ばかりで構成されてきた宮地岳線のイメージアップを図ったものと捉えています。 1977年の2年前、1975年、大牟田線向け通勤形電車として誕生する5000形が、同じボンレッドの帯を巻くもののアイスグリーンを基本とした塗装で600形他一般形電車に波及させていった史実を見るに、宮地岳線こそ"アイスグリーン"にしても良かったところ。上述した"イメージアップ作戦"の証左かと思います。 大牟田線において、アイスグリーンの車両が普及していく中、2000形の"オキサイドイエロー"は更に眩しく、輝く存在へと昇華されていったように感じています。 2000形が引退したのは2010年。実に16年の年月が過ぎてしまいました。 "にしてつの黄色い電車"、と言えばすっかり、「あぁ、香椎の2両編成ね〜。」と言う会話が定着しました。 認識は変化するもの。されど...これだけは言わせてほしい。 "貝塚線を走る黄色い電車は。 西鉄貝塚線色ではなく、西鉄宮地岳線色でもなく! 「西鉄特急色」であることを。" 是非、みなさまの認識は変化するもの。されど...これは言っておきたい。 教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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