【逝っとけダイヤ】京急、ダイヤが乱れてからが本番です。信号テコと爆速増結の裏側
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「え?この電車、行先変わった?」
ダイヤが大きく乱れた京急。
途中駅で折り返す。
行先が変わる。
運転区間まで変わる。
そして、動かせる区間はできるだけ動かす。
そんな独特の運転整理を、鉄道ファンはいつしか
「逝っとけダイヤ」
と呼ぶようになりました。
もちろん、これは京急の正式名称ではありません。
ただ、この言葉だけを見ると、
「京急って豪快だなぁ」
で終わってしまう。
でも、その裏側を追っていくと見えてくるのは、むしろ逆。
京急は昔から、
「どうすれば安全を確保しながら、列車を止めずに済むのか」
を徹底的に考えてきた会社なのです。
時は1966年。
京急は浦賀駅に、日本初となるプログラム式列車運行制御装置「PTC」を導入。
1968年には運転司令所を設置し、ATSの使用も始めました。
つまり京急は、「機械より人」
だけを貫いてきた会社ではありません。
むしろ早い時期から、
運行管理や保安装置の機械化を進めていました。
それでも一部の重要拠点では、
人間による信号扱いを長く残した。
その象徴が、金沢文庫です。
車庫を併設し、列車の入出庫、増結、解結が頻繁に行われる京急屈指の運転拠点。
2016年の取材では、金沢文庫での信号テコ操作は1日約7000回と紹介されました。
では、なぜそこまで人の手を残したのか。
京急側が説明した理由は明快です。
事故や輸送障害が発生した場合、
「人間の柔軟な対応の方が、早期に正常運行へ戻せる」
という考え方でした。
さらに、異常時だけ突然手動に戻してもダメ。
日常から扱っていなければ、
いざという時に十分な対応はできない。
つまり、普段の仕事そのものが、異常時にも使える技能を維持する場になっていたわけです。
そして金沢文庫には、もうひとつ京急らしい光景があります。
「増結・解結」です。
8両編成がホームに入る。
そこへ4両編成が近づく。
連結。
確認。
そして12両になった列車は、
何事もなかったように再び走り出す。
これが、とにかく速い。
現在の平日ダイヤでも、金沢文庫で4両を増結する列車が設定されており、列車によっては到着から発車まで2〜3分程度。
初めて見ると、
「いや、もう行くんかい!」となります。
でも、もちろん勢いでやっているわけではありません。
増結・解結を担う「運転主任」は、
長期間運転士を経験した高い技能を持つ社員。
京急自身も、増結・解結、入換、信号扱いなどを担う存在として紹介しています。
さらに車両には電気連結器など、短時間で連結作業を行うための設備もある。
人が速い。
車両も応える。
駅設備も、その運転を前提に整えられている。
つまり京急の“爆速増結”は、
職人芸だけではなく、システムとして速い。
そして、この日常がダイヤ乱れの時にも生きてくる。
平常時から列車を増結し、
切り離し、
入換え、
信号を扱い、
高密度のダイヤを捌く。
輸送障害が発生すれば、
影響のない区間ではできる限り運転を継続。
必要に応じて折り返し区間や行先を変更し、
運輸司令と現場が連携しながら列車を整理していく。
鉄道ファンが「逝っとけダイヤ」と呼ぶ光景は、
こうした運転整理の結果として現れるものです。
ただし、ここで大事なのが安全。
人が信号テコを握っているからといって、安全まで人間の勘に任せているわけではありません。
1968年に「ATS」を導入。
そして2009年には全線で「C-ATS」の運用を開始しました。
停止信号だけでなく、曲線、分岐器、線路終端などでも速度を照査。
さらに信号扱いを支援する運行管理支援システムも導入されています。
そして、このやり方も永遠に同じではありません。
京急は近年、運行管理支援システムの導入や信号自動制御化の拡大を進めています。
人の技能を大切にしてきた京急も、設備や働き方の変化に合わせて次の形へ移ろうとしている。
だからこそ今、信号テコを握る人と、数分で編成をつなぐ現場の姿は、京急が長年築いてきた運転文化を知るうえで貴重な光景でもあります。
ここが京急の面白いところです。
人か。
機械か。
ではなく、機械で安全を支え、
その上で人間の判断力と技術を生かす。
平常時には数分で増結・解結をこなし、
ダイヤが崩れれば、動かせる区間で列車を組み直す。
“逝っとけダイヤ”。
名前だけ聞けば乱暴です。
でも、その裏にあるのは乱暴さではありません。
毎日の信号扱い。
毎日の増結。
毎日の解結。
そして積み重ねられた経験。
ダイヤが乱れてからが本番。
いや。
乱れた時に動けるよう、平常時からずっと本番だった。
それが京急なのです。
(マイミー)

