Mr.DIMER Journal

【10時打ちが消えていく日】MARSが生んだ一秒の職人技

【10時打ちが消えていく日】MARSが生んだ一秒の職人技

「10時打ち」かつて、みどりの窓口では当たり前のように聞かれたこの言葉。 数々の人気列車の指定席を求め、多くの人が発売日の朝、駅へ向かいました。 その期待を背負っていたのが、駅員たちの「10時打ち」。時報と同時にMARS端末へ入力し、コンマ数秒を争って指定席を確保する。 その姿は、まさに職人でした。 しかし、その文化は今、大きな転換点を迎えています。昨今、JR各社ではみどりの窓口の統廃合や、ネット予約サービスの拡充が進み、「10時打ち」に対応する窓口そのものが減少しています。 一部では、発売開始時刻の手動操作を受け付けない運用や、駅ごとの対応見直しも進み、「10時打ち」を前提とした指定席購入は、以前より難しくなりました。時代は、確実に変わり始めていますね。 この文化が生まれた背景を少しフォーカスしてみます。 1960年。国鉄は世界初の本格的なコンピュータ座席予約システム、 「MARS(Magnetic-electronic Automatic Reservation System)」を実用化しました。 それまで電話や台帳で管理していた指定席を、コンピュータが一括して管理する。これは当時、世界でも前例のない挑戦でした。 1964年、東海道新幹線が開業すると、その膨大な指定席販売を支えたのもMARSでした。日本は新幹線だけではなく、「きっぷを売る技術」でも世界の最先端を走っていたとも言えます。 そして誕生したのが、「午前10時一斉発売」という仕組み。人気列車では、全国の駅から同時にMARSへアクセスが集中します。 一秒早ければ受付されない。 一秒遅ければ満席。 だから駅員たちは時計を見つめ、時報を聞き、正確無比なタイミングで操作する技術を磨き続けました。 「10時打ちが上手い駅がある。」 「この駅員さんなら取ってくれる。」 そんな言葉が全国で語られたのは、MARSという世界最先端のシステムと、それを使いこなした鉄道人の技術が生み出した文化だったのです。 もちろん、インターネット予約は便利です。 24時間申し込める。駅へ行く必要もない。時代の流れとして、それは自然な進化でしょう。 ですが、その便利さの裏側で、一つの鉄道文化が静かに姿を消しつつあります。みどりの窓口の縮小、省力化。「10時打ち」は、単なる指定席の取り方ではありませんでした。旅立つ誰かのために、一秒を極めた駅員たちの技術。 その技術があったからこそ、「取れましたよ。」という一言に、お客様は笑顔になれたのです。私もその1人でした。 新幹線が世界へ誇る日本の技術なら、MARSは世界へ誇る日本の知恵。そして10時打ちは、世界へ誇る日本の職人技でした。 便利になることは、決して悪いことではありません。でも、その便利さの陰で消えていく技術や文化にも、少しだけ思いを馳せてみませんか。ぜひ皆さんの思い出教えてください。 (マイミー)

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【10時打ちが消えていく日】MARSが生んだ一秒の職人技

「10時打ち」かつて、みどりの窓口では当たり前のように聞かれたこの言葉。 数々の人気列車の指定席を求め、多くの人が発売日の朝、駅へ向かいました。 その期待を背負っていたのが、駅員たちの「10時打ち」。時報と同時にMARS端末へ入力し、コンマ数秒を争って指定席を確保する。 その姿は、まさに職人でした。 しかし、その文化は今、大きな転換点を迎えています。昨今、JR各社ではみどりの窓口の統廃合や、ネット予約サービスの拡充が進み、「10時打ち」に対応する窓口そのものが減少しています。 一部では、発売開始時刻の手動操作を受け付けない運用や、駅ごとの対応見直しも進み、「10時打ち」を前提とした指定席購入は、以前より難しくなりました。時代は、確実に変わり始めていますね。 この文化が生まれた背景を少しフォーカスしてみます。 1960年。国鉄は世界初の本格的なコンピュータ座席予約システム、 「MARS(Magnetic-electronic Automatic Reservation System)」を実用化しました。 それまで電話や台帳で管理していた指定席を、コンピュータが一括して管理する。これは当時、世界でも前例のない挑戦でした。 1964年、東海道新幹線が開業すると、その膨大な指定席販売を支えたのもMARSでした。日本は新幹線だけではなく、「きっぷを売る技術」でも世界の最先端を走っていたとも言えます。 そして誕生したのが、「午前10時一斉発売」という仕組み。人気列車では、全国の駅から同時にMARSへアクセスが集中します。 一秒早ければ受付されない。 一秒遅ければ満席。 だから駅員たちは時計を見つめ、時報を聞き、正確無比なタイミングで操作する技術を磨き続けました。 「10時打ちが上手い駅がある。」 「この駅員さんなら取ってくれる。」 そんな言葉が全国で語られたのは、MARSという世界最先端のシステムと、それを使いこなした鉄道人の技術が生み出した文化だったのです。 もちろん、インターネット予約は便利です。 24時間申し込める。駅へ行く必要もない。時代の流れとして、それは自然な進化でしょう。 ですが、その便利さの裏側で、一つの鉄道文化が静かに姿を消しつつあります。みどりの窓口の縮小、省力化。「10時打ち」は、単なる指定席の取り方ではありませんでした。旅立つ誰かのために、一秒を極めた駅員たちの技術。 その技術があったからこそ、「取れましたよ。」という一言に、お客様は笑顔になれたのです。私もその1人でした。 新幹線が世界へ誇る日本の技術なら、MARSは世界へ誇る日本の知恵。そして10時打ちは、世界へ誇る日本の職人技でした。 便利になることは、決して悪いことではありません。でも、その便利さの陰で消えていく技術や文化にも、少しだけ思いを馳せてみませんか。ぜひ皆さんの思い出教えてください。 (マイミー)

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【“エイリアン顔”】六兄弟<後編>

【“エイリアン顔”】六兄弟<後編>

■成田空港へ降り立ったE259系2009年。 成田エクスプレスの2代目車両として、E259系が登場します。初代253系から受け継いだ、赤・白・黒の強烈な配色。大きく黒く覆われた運転台窓。そして、頬のような位置に埋め込まれた前照灯。 都市部を走る洗練された特急でありながら、その正面には、どこか感情の読めない不思議な表情があります。2023年からは、シルバーを取り入れた新デザインへ変更。赤を強調した顔から銀色の顔へ変わったことで、エイリアン感はさらに増したようにも見えます。 まさに、“アーバン・エイリアン”。 都会のホームへ音もなく滑り込むその姿には、独特の怖さと美しさが共存しています。 ■異形のDNAをより昇華させたE657系そして2012年。E657系が、常磐線へ投入されます。E259系の基本構造や新技術を取り入れながら、常磐線特急に必要な交直流性能を与えられた車両です。白梅をイメージした、赤みのある白い車体。黒く切り取られた高運転台。 その下には、左右へ大きく離して配置された前照灯。正面から見れば、巨大な黒い頭部から、細い目でこちらを見下ろしているようにも見えます。 しかし、E657系の顔は単なる奇抜なデザインではありません。 踏切事故などから乗務員を守る高運転台。衝突時の安全性を考慮した前頭構造。視認性や整備性まで考えられた灯具類。異形に見えるその顔は、安全性と機能性を追求した結果でもあるのです。 ■中央本線へ帰還した最新型、E353系そして2017年。 異形のDNAは、再びその始まりの地ともいえる中央本線へ帰ってきます。E351系の後継車両として登場したE353系です。大きく黒く覆われた運転台窓。鋭く吊り上がった前照灯。前方へ突き出した、立体的で力強いフロントマスク。 E351系のような丸みを帯びた“生物感”は薄れ、代わりに直線と鋭角を組み合わせた、機械的な顔へと進化しました。例えるなら、E351系が未知の惑星から飛来した生命体なら、E353系はその技術を解析して造られた最新鋭の戦闘型エイリアン。 白を基調とした車体に、あずさバイオレットの帯。シンプルでありながら、正面から迫ってくる姿には明らかな威圧感があります。E351系で採用された制御付き自然振り子方式に代わり、E353系では空気ばね式車体傾斜装置を採用。異形の姿だけでなく、中央本線の曲線を高速で駆け抜けるという使命も、しっかりと受け継いでいます。 E351系からE353系へ。顔つきは大きく変わりました。しかし、高い位置にある黒い運転台窓と、低い位置から睨みつけるような前照灯は健在。E353系は、途絶えたはずの“中央本線エイリアン”の血統を、約20年の時を越えて受け継いだ存在なのです。 ■似ている。しかし同じ血統ではないこの6形式は、すべてが同じ設計を直接受け継いだ兄弟車ではありません。デザインを担当した企業も、車体構造も、使用目的も異なります。 それでも高い位置にある、黒い運転台窓。滑らかに張り出した前頭部。低い位置から、こちらを睨むように光る前照灯。この3つが組み合わさることで、JR東日本独特の“エイリアン顔”が生まれたように思えてなりません。 それは、単なる時代の流行だったのか。それとも、安全性と速度を追求した先に自然と生まれた形だったのか。 答えは分かりません。 ただ一つ言えるのは、国鉄形特急の面影を断ち切り、JR東日本が自らの時代を切り拓こうとした象徴の一つが、この異形のフロントマスクだったということではないでしょうか。 255系が最初に地球へ降り立った1993年から、すでに30年以上。 E351系は姿を消し、255系も臨時運用はあるものの定期運用を退きました。 それでも、E655系、E259系、E657系、E353系は今なお、それぞれの使命を背負って走り続けています。 美しいのか。 怖いのか。 それとも、格好いいのか。 見る人によって、その表情は変わる。しかし、一度見たら決して忘れられない。 もちろん、こんな呼び方をしているのは私だけかもしれません。それでも、この6形式を並べてしまったら、もうそうとしか見えない。 255系、E351系、E655系、E259系、E657系、E353系。 JR東日本が生み出した、異形の特急車両たち。 私は彼らを、勝手にこう呼びたい。...

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【“エイリアン顔”】六兄弟<後編>

■成田空港へ降り立ったE259系2009年。 成田エクスプレスの2代目車両として、E259系が登場します。初代253系から受け継いだ、赤・白・黒の強烈な配色。大きく黒く覆われた運転台窓。そして、頬のような位置に埋め込まれた前照灯。 都市部を走る洗練された特急でありながら、その正面には、どこか感情の読めない不思議な表情があります。2023年からは、シルバーを取り入れた新デザインへ変更。赤を強調した顔から銀色の顔へ変わったことで、エイリアン感はさらに増したようにも見えます。 まさに、“アーバン・エイリアン”。 都会のホームへ音もなく滑り込むその姿には、独特の怖さと美しさが共存しています。 ■異形のDNAをより昇華させたE657系そして2012年。E657系が、常磐線へ投入されます。E259系の基本構造や新技術を取り入れながら、常磐線特急に必要な交直流性能を与えられた車両です。白梅をイメージした、赤みのある白い車体。黒く切り取られた高運転台。 その下には、左右へ大きく離して配置された前照灯。正面から見れば、巨大な黒い頭部から、細い目でこちらを見下ろしているようにも見えます。 しかし、E657系の顔は単なる奇抜なデザインではありません。 踏切事故などから乗務員を守る高運転台。衝突時の安全性を考慮した前頭構造。視認性や整備性まで考えられた灯具類。異形に見えるその顔は、安全性と機能性を追求した結果でもあるのです。 ■中央本線へ帰還した最新型、E353系そして2017年。 異形のDNAは、再びその始まりの地ともいえる中央本線へ帰ってきます。E351系の後継車両として登場したE353系です。大きく黒く覆われた運転台窓。鋭く吊り上がった前照灯。前方へ突き出した、立体的で力強いフロントマスク。 E351系のような丸みを帯びた“生物感”は薄れ、代わりに直線と鋭角を組み合わせた、機械的な顔へと進化しました。例えるなら、E351系が未知の惑星から飛来した生命体なら、E353系はその技術を解析して造られた最新鋭の戦闘型エイリアン。 白を基調とした車体に、あずさバイオレットの帯。シンプルでありながら、正面から迫ってくる姿には明らかな威圧感があります。E351系で採用された制御付き自然振り子方式に代わり、E353系では空気ばね式車体傾斜装置を採用。異形の姿だけでなく、中央本線の曲線を高速で駆け抜けるという使命も、しっかりと受け継いでいます。 E351系からE353系へ。顔つきは大きく変わりました。しかし、高い位置にある黒い運転台窓と、低い位置から睨みつけるような前照灯は健在。E353系は、途絶えたはずの“中央本線エイリアン”の血統を、約20年の時を越えて受け継いだ存在なのです。 ■似ている。しかし同じ血統ではないこの6形式は、すべてが同じ設計を直接受け継いだ兄弟車ではありません。デザインを担当した企業も、車体構造も、使用目的も異なります。 それでも高い位置にある、黒い運転台窓。滑らかに張り出した前頭部。低い位置から、こちらを睨むように光る前照灯。この3つが組み合わさることで、JR東日本独特の“エイリアン顔”が生まれたように思えてなりません。 それは、単なる時代の流行だったのか。それとも、安全性と速度を追求した先に自然と生まれた形だったのか。 答えは分かりません。 ただ一つ言えるのは、国鉄形特急の面影を断ち切り、JR東日本が自らの時代を切り拓こうとした象徴の一つが、この異形のフロントマスクだったということではないでしょうか。 255系が最初に地球へ降り立った1993年から、すでに30年以上。 E351系は姿を消し、255系も臨時運用はあるものの定期運用を退きました。 それでも、E655系、E259系、E657系、E353系は今なお、それぞれの使命を背負って走り続けています。 美しいのか。 怖いのか。 それとも、格好いいのか。 見る人によって、その表情は変わる。しかし、一度見たら決して忘れられない。 もちろん、こんな呼び方をしているのは私だけかもしれません。それでも、この6形式を並べてしまったら、もうそうとしか見えない。 255系、E351系、E655系、E259系、E657系、E353系。 JR東日本が生み出した、異形の特急車両たち。 私は彼らを、勝手にこう呼びたい。...

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【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)

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【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)

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【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...

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【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...

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【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

横須賀・総武快速線に、E235系1000番台が投入されて数年。 車内は静かで、乗り心地も良い、優れた車両です。 もっとも、こと走行音に関しては、「やかましい」と感じる向きも、少なくないのではないでしょうか。 トンネルの多い横須賀線区間で、モーターを甲高く唸らせ、力強く加減速する様は、かつての近郊型電車のゆったりとした走りとは、明らかに趣を異にします。 この"体感"の背景を、歯車比という数字からひも解いて参りましょう。 歯車比とは、モーターの回転を車輪へ伝える際の、減速比のこと。 一般に、この数値が大きいほど、低速域での加速力に優れる反面、高速域ではモーターが高回転を強いられる傾向にあります。 平たく申せば、数字が大きいほど"加速重視・高速では忙しない"設計と言えます。 では、横須賀・総武快速線を歴代走ってきた車両と、同時期の山手線車両の歯車比を、並べてみましょう。 ・103系(山手線/通勤型)……1:6.07・113系(横須賀総武/近郊型)…1:4.82・E217系(近郊型後継)………1:6.06・E235系(1000番台)………1:7.07 まず注目すべきは、113系。 横須賀・総武快速線を長らく担った近郊型113系の歯車比は、1:4.82。 これは、同時期に山手線を走っていた通勤型103系の1:6.07よりも、小さい値です。 すなわち113系は、高速走行に適した設計。長距離を、高い速度で流す。近郊型らしい味付けと申せましょう。 対して、現代のE235系は1:7.07。 歴代の中で、飛び抜けて大きい数値です。 無論、E235系はVVVFインバータ制御を採用した現代車両であり、抵抗制御の103系・113系とは制御方式が根本から異なります。 故に、歯車比のみをもって単純に優劣を論じることは、できません。 できませんが、かつての近郊型113系の1:4.82と、現代のE235系の1:7.07。 この数値の隔たりは、両者の走行特性が大きく異なることを示していると捉えてよいかと思われます。 低い歯車比で、高速域を伸びやかに走った、かつての近郊型。 高い歯車比で、加減速を機敏にこなす、現代の通勤・近郊兼用車。 同じ"横須賀・総武快速線を走る車両"でも、その設計思想は、時代とともに変化した。 E235系の"やかましさ"の一因は、この歯車比の変遷と、横須賀・総武快速線の地下区間で反響するモーター、走行音の印象に表れているのかもしれません。 (Mr.DIMER編集長)

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【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

横須賀・総武快速線に、E235系1000番台が投入されて数年。 車内は静かで、乗り心地も良い、優れた車両です。 もっとも、こと走行音に関しては、「やかましい」と感じる向きも、少なくないのではないでしょうか。 トンネルの多い横須賀線区間で、モーターを甲高く唸らせ、力強く加減速する様は、かつての近郊型電車のゆったりとした走りとは、明らかに趣を異にします。 この"体感"の背景を、歯車比という数字からひも解いて参りましょう。 歯車比とは、モーターの回転を車輪へ伝える際の、減速比のこと。 一般に、この数値が大きいほど、低速域での加速力に優れる反面、高速域ではモーターが高回転を強いられる傾向にあります。 平たく申せば、数字が大きいほど"加速重視・高速では忙しない"設計と言えます。 では、横須賀・総武快速線を歴代走ってきた車両と、同時期の山手線車両の歯車比を、並べてみましょう。 ・103系(山手線/通勤型)……1:6.07・113系(横須賀総武/近郊型)…1:4.82・E217系(近郊型後継)………1:6.06・E235系(1000番台)………1:7.07 まず注目すべきは、113系。 横須賀・総武快速線を長らく担った近郊型113系の歯車比は、1:4.82。 これは、同時期に山手線を走っていた通勤型103系の1:6.07よりも、小さい値です。 すなわち113系は、高速走行に適した設計。長距離を、高い速度で流す。近郊型らしい味付けと申せましょう。 対して、現代のE235系は1:7.07。 歴代の中で、飛び抜けて大きい数値です。 無論、E235系はVVVFインバータ制御を採用した現代車両であり、抵抗制御の103系・113系とは制御方式が根本から異なります。 故に、歯車比のみをもって単純に優劣を論じることは、できません。 できませんが、かつての近郊型113系の1:4.82と、現代のE235系の1:7.07。 この数値の隔たりは、両者の走行特性が大きく異なることを示していると捉えてよいかと思われます。 低い歯車比で、高速域を伸びやかに走った、かつての近郊型。 高い歯車比で、加減速を機敏にこなす、現代の通勤・近郊兼用車。 同じ"横須賀・総武快速線を走る車両"でも、その設計思想は、時代とともに変化した。 E235系の"やかましさ"の一因は、この歯車比の変遷と、横須賀・総武快速線の地下区間で反響するモーター、走行音の印象に表れているのかもしれません。 (Mr.DIMER編集長)

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【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

かつて中央東線の国鉄特急色を一気に塗り替えた、斬新なデザイン。武田菱を纏った特急E257系。 2001年のE257系の登場は、183系・189系が長年築き上げてきた「あずさ・かいじ」のイメージを一新する、大きな転換点でした。 しかし時代は流れ、E353系の登場によって中央東線の主役は交代。E351系は引退し、スーパーあずさは廃止。E257系もあずさ・かいじから、また新たな道を歩むことになります。 中央を走る0番台は2000番台・2500番台へ。房総を走る500番台は5000番台・5500番台へ改造。 0番台から生まれた2000番台、500番台から生まれた2500番台は、機器更新と車内改造を受け、「あずさ」「かいじ」を離れて今度は奇しくも185系を置換。 東海道特急「踊り子」の顔になりました。 新生時に183系・189系を送り出し、そのまた20年後には185系を送り出す。これもまたすごい数奇な運命。 一方、5000番台は定期運用を持たず、団体列車や臨時列車として東日本の直流区間を縦横無尽に走り続けています。もちろん、臨時「あずさ」「かいじ」として、今でも中央東線へ帰ってくる姿を見ることもできます。 500番台から改造された5500番台も、房総地区や富士急行線直通列車などで現役として活躍中です。 正直、当時の私はE257系が東海道を「踊り子」として走る日が来るなんて、想像もしていませんでした。 理由は単純です。半室グリーン車(サロハ)だったから。 ドル箱東海道特急で半室グリーンはあまりにも役不足だろうと思っていたのですが、2000番台への改造では、まさかのサロハを普通のグリーン車(サロ)へ改造。 「そこまでやるのか!」 と驚いたことを今でも覚えています。その一方で、5000番台は種車の面影を色濃く残したまま機器更新を実施。サロハも健在で、中央線特急時代の雰囲気を今に伝えています。 そして東海道線では、2000番台と2500番台を連結した14両編成の「踊り子」が堂々と駆け抜ける姿も見られるようになりました。 あの迫力は、やはり特急らしくていいですね。 個人的には、前照灯は更新後のLEDよりも、登場時のHIDヘッドライトの方がE257系らしさを感じますが、それもまた時代の流れなのでしょう。 中央東線の象徴だった武田菱は姿を消しました。 それでも、全国各地で新たな役割を担いながら走り続けるE257系を見ると、この形式のポテンシャルの高さを改めて感じます。 E257系には、これからも末永く、日本の特急列車として走り続けてほしい。 私のJR車で好きな車種のひとつです。ちなみに私がE257系の1番好きな所はパンタが黄色のアクセントが付いてる所です。 (マイミー)

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【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

かつて中央東線の国鉄特急色を一気に塗り替えた、斬新なデザイン。武田菱を纏った特急E257系。 2001年のE257系の登場は、183系・189系が長年築き上げてきた「あずさ・かいじ」のイメージを一新する、大きな転換点でした。 しかし時代は流れ、E353系の登場によって中央東線の主役は交代。E351系は引退し、スーパーあずさは廃止。E257系もあずさ・かいじから、また新たな道を歩むことになります。 中央を走る0番台は2000番台・2500番台へ。房総を走る500番台は5000番台・5500番台へ改造。 0番台から生まれた2000番台、500番台から生まれた2500番台は、機器更新と車内改造を受け、「あずさ」「かいじ」を離れて今度は奇しくも185系を置換。 東海道特急「踊り子」の顔になりました。 新生時に183系・189系を送り出し、そのまた20年後には185系を送り出す。これもまたすごい数奇な運命。 一方、5000番台は定期運用を持たず、団体列車や臨時列車として東日本の直流区間を縦横無尽に走り続けています。もちろん、臨時「あずさ」「かいじ」として、今でも中央東線へ帰ってくる姿を見ることもできます。 500番台から改造された5500番台も、房総地区や富士急行線直通列車などで現役として活躍中です。 正直、当時の私はE257系が東海道を「踊り子」として走る日が来るなんて、想像もしていませんでした。 理由は単純です。半室グリーン車(サロハ)だったから。 ドル箱東海道特急で半室グリーンはあまりにも役不足だろうと思っていたのですが、2000番台への改造では、まさかのサロハを普通のグリーン車(サロ)へ改造。 「そこまでやるのか!」 と驚いたことを今でも覚えています。その一方で、5000番台は種車の面影を色濃く残したまま機器更新を実施。サロハも健在で、中央線特急時代の雰囲気を今に伝えています。 そして東海道線では、2000番台と2500番台を連結した14両編成の「踊り子」が堂々と駆け抜ける姿も見られるようになりました。 あの迫力は、やはり特急らしくていいですね。 個人的には、前照灯は更新後のLEDよりも、登場時のHIDヘッドライトの方がE257系らしさを感じますが、それもまた時代の流れなのでしょう。 中央東線の象徴だった武田菱は姿を消しました。 それでも、全国各地で新たな役割を担いながら走り続けるE257系を見ると、この形式のポテンシャルの高さを改めて感じます。 E257系には、これからも末永く、日本の特急列車として走り続けてほしい。 私のJR車で好きな車種のひとつです。ちなみに私がE257系の1番好きな所はパンタが黄色のアクセントが付いてる所です。 (マイミー)

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