【さようなら415系鋼製車】113系出身、もうひとつの"415系"。
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基本番台となる0・300番台、
シートピッチ改善車の100・200番台、
ロングシート車グループを500・600番台、
つくば科学万博開催に向け輸送力増強目的で導入された
鋼製車史上最終増備となる中間車700番台、
そして、ステンレスの1500(1600)番台、
追加製造の1700番台1両を以て
近郊型電車"415系"。
と括ることになりますが。
この詳細の番台分けを大きく二分すると、
いわゆる"415系鋼製車"と
"ステンレス車"として会話を成立させることができます。
さて、
前者の"415系鋼製車"にあっては、
きたる明日、
2026年7月19日(日曜日)開催、
JR九州 小倉総合車両センターにおける
"FK-515編成 最後の見学会"を終えると、
車両は廃車解体へ、その生涯に幕を下ろします。
そのはなむけとしてお届けしたいのは。
415系鋼製車ファミリーにおける、
"113系出身の415系"。
■113系を出自とする、415系
番台区分は800番台。
JR西日本が1990年~1991年にかけて改造、
1991年に運用を開始しました。
改造は、
吹田・鷹取・松任工場が担当。
3両編成×11本、計33両が誕生しています。
■なぜ、113系が"交直流化"されたのか
きっかけは、1991年の七尾線電化。
地方交通線規格であった同線は、
駅の跨線橋や道路橋など、
車両の屋根と構造物の間隔が狭い"低空頭区間"が多く、
交流電化では絶縁上の問題があることから、
"直流電化"が選択されました。
(直流1500V、交流は20,000V故)
しかし、接続する北陸本線
(金沢~津幡間)は交流電化。
金沢から七尾線へ直通する普通列車には、
交直流電車が必要となります。
JR西日本ではこの際、
コスト削減の観点を以て
新車製造ではなく、
ある"妙案"を採ることとなります。
目を付けたのは、特急「北近畿」用の485系です。
「北近畿」は直流区間しか走っていない。
ならば、485系から交流機器を撤去して183系化し、
浮いた交流機器を113系に載せてしまおう。
こうして生まれたのが、
"415系800番台"というわけです。
新製車両でなく
"余り物"の組み合わせで交直流電車を仕立てる。
なんとも国鉄~JR過渡期らしい、
知恵と工夫の結晶と申せましょう。
■能登を纏った塗装
登場時の塗装も個性的でした。
腰部は能登の大地を表す「アスコットグレー」、
上半分は、先頭車が能登の海の「バイオレットブルー」、
中間車が能登の火祭りの「ロイヤルピンク」。
その境目には、波打ち際とさざ波をイメージした
「オイスターホワイト」の帯。
3両で能登の風土を描く、
こだわりのあるカラーリングでしたが、
2010年以降はコスト削減のため、
輪島塗をイメージした赤一色へと塗り改められました。
同時期に実施された単一塗装化で
"濃黄色"に塗られた
岡山・広島・山口地区の113・115系を
"末期色(まっきいろ)"と揶揄する向きもありましたが、
この赤一色も"末期色"のひとつでした。
■30年、能登路を走り抜いて
急行「能登路」への充当も考慮し、
シートピッチを1,700mmまで拡大するなど、
種車の113系からアコモ改善を遂げた800番台。
413系や475系との併結にも対応し、
金沢~七尾間の輸送を、
およそ30年にわたって支え続けました。
521系100番台への置き換えにより、
2021年3月のダイヤ改正で営業運転を終了。
2023年8月、最後まで残った2編成の廃車をもって、
800番台は区分消滅しています。
415系鋼製車の終焉で
熱を帯びる九州。
これを機会と言っては何ですが。
113系として生まれ、
415系として能登に生きた、
"もうひとつの415系"のことも、
思い出し、取り上げたところです。
(Mr.DIMER編集長)

