【なぜここまで重装備だった】碓氷峠専用機EF63、66.7‰への国鉄の答え

【なぜここまで重装備だった】碓氷峠専用機EF63、66.7‰への国鉄の答え

マイミー

【なぜここまで重装備だった】碓氷峠専用機EF63、66.7‰への国鉄の答え

1963年9月30日。
碓氷峠から、70年間使われたアプト式が消えました。

線路中央のラックレールと機関車の歯車を噛み合わせて登る方式から、普通の鉄道と同じ、車輪とレールの粘着力だけで走る方式へ。

しかし、最大66.7‰という勾配まで消えたわけではありません。
むしろ国鉄はここから、もっと難しい問題に向き合います。

どうやって登るか。

そして、それ以上にどうやって確実に止めるか。
その答えとして生まれたのが、碓氷峠専用機EF63でした。

EF63の試作1号機が登場したのは1962年。
翌1963年の粘着新線開業に合わせ、本格運用が始まります。

アプト式なら、
機関車の歯車とラックレールが機械的に噛み合う。
しかし粘着運転では、それがありません。
頼れるのは鉄の車輪と鉄のレール、その接触面だけです。

雨、油、落葉、空転、滑走。

平坦線なら小さな問題でも、66.7‰では列車の安全そのものに直結します。

だからEF63は、単に「力の強い機関車」では足りませんでした。
登れなければ困る。
しかし、下りで止まれなければもっと危ない。

EF63は原則2両一組。
そして進行方向に関係なく、常に横川側へ連結されました。

軽井沢へ向かう列車では最後尾から押し上げ、
横川へ下る列車では先頭に立って列車を受け止める。
ここに、この機関車の性格が表れています。

EF63には強力な"発電ブレーキ"が搭載されました。
主電動機を発電機として使い、その抵抗で速度を抑える。

さらに、レールへ電磁石を吸着させ制動力を得る電磁吸着ブレーキ、速度上昇を監視する過速度検知装置など、碓氷峠だからこそ必要になった特殊装備が積み込まれました。
ひとつの装置が駄目でも、次がある。

「止まらなかったら終わり」。

66.7‰を粘着運転で走るには、
それほどの備えが必要だったのです。

車体重量も108t。
普通なら重い車両は線路への負担になります。
しかし碓氷峠では、その重さも武器でした。
車輪をレールへ強く押し付け、粘着力を確保する。
重量さえ性能の一部だったのです。

しかもEF63は、
勾配上で停車した列車が動き出すことまで警戒していました。

転動防止ブレーキ、空転・滑走への対策、そして非常時の制動。

「走る」「止める」「止まり続ける」。
平坦線では別々に考えられることまで、碓氷峠ではすべてがひとつの安全設計として結び付いていました。

ところが…

ここまで安全装備を重ねたEF63でも、66.7‰の恐ろしさを完全に封じ込めることはできませんでした。

1975年10月28日。
軽井沢から横川へ下っていたEF63形2両とEF62形2両の回送列車が、下り勾配で速度を抑えられなくなり暴走。
列車は上り線第1トンネル付近で脱線し、4両すべてが大破しました。

営業列車ではなかったため乗客はおらず、
死者も出ませんでした。
しかし、「峠の番人」と呼ばれるほどの装備を持つEF63ですら、一度条件が崩れれば止められない。

この事故は、
66.7‰を粘着運転で下ることの厳しさを突き付けました。
事故後、安全対策はさらに強化されます。

大破したEF63 5号機・9号機は廃車となり、その補充として翌1976年に24号機・25号機が新製されました。
事故は、EF63そのものの歴史にも直接刻み込まれることになります。

EF63が重装備だったのは、
設計者が慎重すぎたからではありません。
実際に、それだけの装備を必要とする峠だったのです。

そして特殊なのは、ブレーキだけではありません。
軽井沢側には、自動連結器と密着連結器の双方に対応する双頭連結器を装備。

客車、貨車、気動車、電車。
碓氷峠を越える様々な車両と連結するためでした。

さらに後年、169系、189系、489系などとは、EF63がただ後ろから押すだけではない「協調運転」が行われます。

電車側の主電動機も働かせ、
EF63と列車が一体となって峠へ挑む。

横川―軽井沢間、わずか11.2km。
その区間のためだけに108tの車体を持ち、何重ものブレーキを備え、特殊な連結器まで装備した。

他の線区でも使える万能機ではない。
碓氷峠を越えるためだけに造られた機関車。
それがEF63でした。

アプト式を捨てても、66.7‰は消えない。
ならば、機関車の方を峠に合わせる。

EF63とは、国鉄が碓氷峠に対して出した答えだったのです。
そして次に国鉄は、機関車だけではなく「電車そのもの」に手を入れます。

次回は、
169系、189系、489系へと受け継がれた「協調運転」。

なぜ碓氷峠を越える電車には、
特別な仕組みが必要だったのか。

その中身を更に深く追っていきます。

(マイミー)

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