【新品ほどダサい?】なぜベテラン鉄道員の制帽は“潰れている”のか
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鉄道員の制服。
その中でも、
特に個性が出るモノ。
「制帽」です。
若い駅員さんは、
帽子の山がピシッと立っている。
ところがベテランになると、
なぜか潰れている人が多い。
前を少し落としたり、
クラウンを低くしたり、
人によっては完全に“自分の形”。
「あれ、わざとやってるの?」
ハイ。
わざとです。
勿論のこと、鉄道会社が
「制帽を潰して被れ」
なんて教えているわけではありません。
本来は制服の一部。
決められた形のものを、
きちんと着用するのが基本です。
では、なぜ。
特にベテラン鉄道員や、
昔の写真に写る鉄道員たちは、
あんな“くたびれた制帽”を被っているのでしょう。
まず一つは、
「とにかく毎日使うから。」
被る。
脱ぐ。
しまう。
また被る。
駅員も乗務員も、
勤務場所によっては一日に何度も着脱します。
何年も使えば、
新品のカチッとした帽子も、
少しずつ柔らかくなる。
使えば使うほど形は変わる。
でもそれだけじゃない。
昔の鉄道写真を眺めていると、
同じ制服、同じ制帽なのに、
深く被る人。
浅く乗せる人。
前を低くする人。
山を寝かせたように見える人。
明らかに、
被ったときの“表情”が違います。
そこに長年の使用が加わり、
制帽が本人の頭に馴染んでいく。
新品の帽子より、
少し潰れた帽子の方が、
妙にベテランっぽく見える。
だから今回、
「新品ほどダサい?」
なんてタイトルにしました。
とかくいう私は、
ぺちゃんこに潰す派でした。
もちろん、
新品が本当にダサいわけじゃありません。
私は中古は嫌ですが、
サラの、あの綺麗すぎる形も苦手でした。
でも昔の鉄道員には、
新品のパリッとした制帽より、
何年も使い込んだ制帽の方が
サマになって見える。
革靴や革ジャンを
“育てる”のと、
少し似たような感覚です。
そして、
もう一つ大きいのが、
“先輩から受け継がれる文化”。
鉄道の現場って、
マニュアルだけで出来上がる世界じゃありません。
立ち方。
声の出し方。
ホームでの所作。
制服の着こなし。
新人は、
先輩の背中を見て覚えていきます。
制帽も同じ。
「あの先輩みたいに被ると格好いい。」
「ベテランは、ああいう形にしている。」
誰かに正式に教わるわけではない。
でも、
毎日同じ職場で見ているうちに、
自然と真似る。
そして今度は、
その後輩がベテランになり、
次の世代がまたそれを見る。
そうやって“潰した制帽”も、
現場文化の一つとして
受け継がれていった部分があるのでしょう。
ただし。
「昔は制帽を潰すのが正式な流行だった」
と言うわけではありません。
使い込まれた制帽。
本人なりの被り方。
そして、
先輩から後輩へ受け継がれる現場トレンド。
それらが重なって、
あの独特の“鉄道員らしい制帽”が
出来上がっていった。
と見るのが一番近いと思います。
しかも制帽は、
ただのファッションでもありません。
鉄道では昔から、
帽章や帯、金線などで
職制を見分ける役割がありました。
駅長。
助役。
一般の駅務掛。
頭を見れば、
その人の立場まで分かる。
それくらい、
制帽は「鉄道員の顔」だったんです。
ところが。
今、その文化は
大きく変わり始めています。
JR東日本は2020年、
接客制服を全面リニューアル。
駅社員、車掌、運転士を
同じ制服体系に統一し、
制帽も男女とも、
「官帽型」
「チロリアン(ハイバック)型」
から選べるようになりました。
さらにJR西日本では2024年から、
熱中症対策として、
駅係員や運転士、車掌が
必要に応じて制帽を省略できるようになっています。
相模鉄道でも制帽省略や、
夏季のポロシャツ制服を導入。
つまり現在のトレンドは、
「制帽をどう格好よく被るか」
ではなく、
「仕事をしやすくするため、
そもそも制帽を必須にしない」
方向なんです。
かつては、鉄道員=制服+制帽。
ホームに立つ駅員も、
列車から顔を出す車掌も、
頭には制帽。
そしてその被り方には本人のクセだけではなく、
“どんな先輩を見て育ったか”
まで滲んでいた。
そう考えると、
昔のベテラン鉄道員が被っていた
あの“潰れた制帽”。
単なる型崩れではなく、
毎日ホームに立ち、
何千回、何万回と列車を送り出し、
先輩から受け継いだ所作や美意識まで
少しずつ染み込んだ結果、
自然と出来上がった形だったのかもしれません。
新品では出せない。
マニュアルでも作れない。
その人にしか出せない、
独特のシルエット。
昔の鉄道写真を見るときは、
車両だけじゃなく、
ぜひ鉄道員の“頭”も
見てみてください。
制帽一つにも、
ちゃんと時代と、
現場の文化が出ています。
(マイミー)

