【JR九州特集・D&S列車編 Vol.1】キハ71系「ゆふいんの森Ⅰ世」
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優雅な“森”の名の奥には、国鉄型の鼓動がある。
キハ71系「ゆふいんの森Ⅰ世」
九州を走る、個性豊かな観光列車たち。
いまやJR九州といえば、単なる移動手段では終わらない、独創的な列車を次々と生み出す鉄道会社として知られています。
JR九州では、こうした観光列車を「D&S列車」と呼んでいます。
「D」は、特別なデザインを意味するDesign。
「S」は、沿線地域に伝わる歴史や文化、物語を意味するStory。
つまりD&S列車とは、
“デザインと物語のある列車”
なのです。
しかし、その壮大な物語にも始まりがありました。
まだ「D&S列車」という言葉が広く使われるより、はるか前。
国鉄が分割民営化されJR九州が発足してから、わずか2年。
九州の鉄道そのものを変える一編成の列車が、
久大本線に姿を現します。
1989年3月11日。
特急「ゆふいんの森」。
現在、JR九州から“九州初のD&S列車”と位置付けられている、キハ71系「ゆふいんの森Ⅰ世」の誕生です。
「列車は、目的地へ向かうためだけのものだった」
かつて列車に求められたものは、速さと輸送力でした。
決められた時刻に発車し、できるだけ速く、多くの乗客を目的地まで運ぶ。
特急列車であれば、普通列車より速く、急行列車より快適に走ることが、その価値だったのです。
しかし「ゆふいんの森」は、そこへまったく違う考え方を持ち込みました。
目的地へ到着してから、観光が始まるのではない。
列車の扉をくぐった、その瞬間から旅を始める。
掲げられたテーマは、
「列車に乗った時からゆふいん」
でした。
博多駅から由布院駅までは、およそ2時間あまり。
それまでなら、目的地へ向かうための“移動時間”と考えられていた時間です。
しかし「ゆふいんの森」は、その時間さえも観光へ変えました。
深いメタリックグリーンの車体。
金色の帯。
ヨーロッパの列車を思わせる、優雅で流麗な姿。
木の温もりを感じさせる車内。
高い位置に設けられた客室から眺める、久大本線の山々と渓谷。
列車そのものが、由布院という目的地の世界観をまとっていたのです。
速さだけではない。
新しさだけでもない。
”乗客の記憶に、どれだけ深く残るか”
「ゆふいんの森」は、列車の価値そのものを変えようとしていました。
「D&S列車の歴史は、この“森”から始まった」
1987年4月、国鉄分割民営化によってJR九州が発足しました。
新しく生まれた会社にとって、
九州新幹線はまだ遠い未来の話。
受け継いだ車両の多くは国鉄型であり、
路線網も設備も、国鉄時代から続くものでした。
では、新しいJR九州らしさを、どこで表現するのか。
そこで同社が打ち出したのが、
列車そのものに地域の個性を持たせるという発想でした。
九州には、温泉がある。
山がある。
海がある。
神話がある。
歴史がある。
そして、それぞれの路線沿線に、
そこでしか出会えない物語がある。
列車を、ただ地域へ乗客を運ぶ道具として使うのではない。
”列車そのものを、地域の魅力を伝える舞台にする”
現在のD&S列車へつながる思想は、
「ゆふいんの森」によって初めて明確な形を与えられました。
特別な外観や内装だけではない。
車窓、接客、食、沿線の文化まで含めて、一つの旅として演出する。
JR九州が現在掲げるD&S列車も、移動の便利さだけでなく、乗ることそのものが忘れられない体験になる列車として展開されています。
いまでは、全国各地を観光列車が走っています。
しかし、その考え方がまだ当たり前ではなかった1989年。
「ゆふいんの森」は、すでに列車を“目的地”へ変えようとしていたのです。
「新型観光特急に見えて、その正体は国鉄型」
「ゆふいんの森Ⅰ世」として走るキハ71系。
曲線を多用した車体。
大きな前面窓。
高い位置に並ぶ側面窓。
その姿を見て、国鉄型車両を想像する人は、
まずいないでしょう。
しかし、キハ71系は完全な新造車ではありません。
そのルーツは、国鉄時代に急行列車として全国を走ったキハ58形とキハ65形にあります。
先頭車のキハ71形は、キハ65形。
中間車のキハ70形は、キハ58形を種車としています。
ただし、元の車体へ塗装や内装を加えただけの改造ではありません。
キハ58形・キハ65形から台車やエンジン、変速機などの走行機器を流用し、その上に、ほぼ新しい車体を載せました。
1989年の登場時は3両編成。
人気の高まりを受け、1990年には中間車1両が増備され、現在につながる4両編成となりました。
つまりキハ71系は、
「国鉄型気動車の足回りに、観光特急という新しい身体を与えた車両」なのです。
元のキハ58形やキハ65形の面影は、外観にはほとんど残されていません。
けれど、その優雅な車体を支えてきたのは、かつて全国の急行列車を走らせた国鉄型の技術でした。
新しい時代の列車でありながら、その奥では国鉄型の鼓動が鳴っている。
これこそ、キハ71系最大の魅力でしょう。
見どころ①
「森をまとったメタリックグリーン」
キハ71系を見た瞬間、まず目を奪われるのが、
深いメタリックグリーンの車体です。
単なる緑色ではありません。
光の当たり方によって、明るく輝くこともあれば、深い森のような落ち着いた表情を見せることもある。
そこへ細い金色の帯が加わり、観光列車でありながら、派手すぎない上品さを生み出しています。
「ゆふいんの森」という列車名を、ただ車体へ書いたのではない。
”列車そのものを、森のような存在にした。”
ヨーロッパ調の流麗なデザインと、由布院の自然を思わせる色彩。
博多駅のホームに停車しているだけでも、そこだけ空気が違って見える。
乗客は、列車へ乗り込む前から、すでに「ゆふいんの森」の世界へ引き込まれているのです。
見どころ②
「高い視点から景色を楽しむハイデッカー」
キハ71系最大の構造上の特徴が、客室の床を高くしたハイデッカー構造です。
通常の車両より高い位置に客室があり、乗降口から階段を上って座席へ向かいます。
これによって、乗客の目線も通常の列車より高くなりました。
JR九州も、この構造について、由布院へ向かうまでの景色を存分に楽しむための工夫と紹介しています。
久大本線の魅力は、由布院だけではありません。
筑後平野を抜け、玖珠川に沿って山間部へ入り、渓谷や滝を眺めながら由布院を目指す。
その景色を、少し高い位置から楽しむ。
列車の窓を、ただ外を見るための設備ではなく、九州の風景を切り取る巨大な額縁へ変えたのです。
目的地だけではなく、目的地へ向かう途中の風景まで楽しませる。
ここにも、後のD&S列車へつながる思想が表れています。
見どころ③
「展望感あふれる前面と大型窓」
キハ71系の先頭部には、大きく回り込むような前面窓が設けられています。
丸みを帯びた車体と大きなガラスが一体となり、従来の国鉄型気動車とはまったく異なる表情を生み出しました。
鋭く速さを主張するのではない。
どこか穏やかで、優雅。
乗客を急かすのではなく、旅へ誘うような顔です。
側面にも大きな窓が並び、ハイデッカー構造と相まって、開放感のある車内を実現しています。
この大きな窓から見える景色もまた、「ゆふいんの森」を構成するデザインの一部。
列車の外観だけがデザインなのではありません。
車内から見える九州の自然まで含めて、一つの作品として完成しているのです。
見どころ④
「 木の温もりに包まれた車内」
「ゆふいんの森」の車内へ入ると、一般的な特急列車とは違う空気を感じます。
木の質感を生かした内装。
深い緑を基調とした座席。
落ち着きのある照明。
金属と樹脂で構成された機能的な鉄道車両というより、森の中にあるホテルやラウンジのような空間です。
JR九州は、木の質感と深緑の座席によって、レトロで高級感のある雰囲気をつくり、森の優しさに包まれるような空間を表現しています。
外から見ても「ゆふいんの森」。
中へ入っても「ゆふいんの森」。
車窓を見ても「ゆふいんの森」。
列車名、車体、内装、目的地のイメージが、すべて一つの世界観でつながっているのです。
見どころ⑤
「車内サービスまで列車の物語」
「ゆふいんの森」では、車内販売やビュッフェサービスも旅を構成する大切な要素です。
沿線の飲み物や菓子を楽しみ、車内で記念写真を撮り、客室乗務員による案内を聞く。
ただ座席へ座り、到着を待つのではありません。
乗客自身が、列車の中で過ごす時間を楽しむ。
JR九州の公式案内でも、ビュッフェで販売される沿線の飲み物や菓子、フォトサービスなどが「ゆふいんの森」の楽しみとして紹介されています。
これは、後に登場するD&S列車にも受け継がれていきます。
地域の品を車内で販売する。
沿線の見どころを案内する。
停車駅や地域と連携し、列車の外へ物語を広げる。
列車だけを豪華にするのではない。
”沿線そのものを、列車と一緒に旅してもらう。”
その原型が、「ゆふいんの森」にはすでに完成していました。
見どころ⑥
「車体の下に残る、国鉄急行形の面影」
キハ71系を見るとき、ぜひ注目してほしいのが床下です。
美しく造り直された車体の下には、種車となったキハ58形やキハ65形の系譜を受け継ぐ台車が残されています。
先頭車と中間車では種車が異なるため、台車の形状にも違いが見られます。
同じ緑色の編成として美しく統一されながら、足元を見れば、それぞれが別の国鉄型車両から生まれたことが分かる。
まるで、上半身は華やかなドレス姿でありながら、足元には国鉄時代に履き慣れた靴を残しているようです。
登場後の2003年には大規模なリニューアルが行われ、エンジンや変速機、車内設備などが更新されました。
車体は新しく造られた。
エンジンも交換された。
内装も時代に合わせて更新された。
それでも、この車両の始まりがキハ58形とキハ65形だったという事実は変わりません。
何をもって同じ車両と呼ぶのか。
キハ71系を見ていると、そんな不思議な問いさえ浮かんできます。
”古い車両を隠したのではない”
キハ71系は、古い国鉄型車両を、それらしく飾っただけの列車ではありません。
古い車体を塗り替え、豪華な座席を置いただけでもない。
国鉄型気動車が持っていた使える機器を生かしながら、車体も、空間も、役割も、まったく新しいものへ造り替えました。
急行列車として、
人々を効率よく運ぶために生まれたキハ58形とキハ65形。
その機器は、時代を越えて、旅そのものを楽しませる観光特急へ受け継がれたのです。
これは単なる節約ではありません。
”古い車両から、新しい価値を生み出すという挑戦でした。”
後にJR九州は、国鉄型車両を改造した数々のD&S列車を生み出していきます。
しかし、その先頭に立って道を切り拓いたのは、
間違いなく「ゆふいんの森」でした。
現在では「D&S列車」という呼び名で、
多くの個性的な列車が九州各地を走っています。
けれど、その原点をたどれば、一本の深緑色の列車へ行き着きます。
1989年3月11日。
列車を、ただの移動手段から“旅の目的”へ変えた日。
”キハ71系「ゆふいんの森Ⅰ世」”
後に九州全土へ広がっていく、
JR九州D&S列車の壮大な物語の序章です。
次回もお楽しみに。
(マイミー)

