【JR九州特集・D&S列車編Vol.3】キハ47形「指宿のたまて箱」

【JR九州特集・D&S列車編Vol.3】キハ47形「指宿のたまて箱」

マイミー

”開いた瞬間、南国の旅が始まる。
国鉄型キハ47が演じる竜宮伝説「指宿のたまて箱」”

鹿児島中央駅のホームに現れる、白と黒の奇妙な列車。
海側は、まぶしいほどの白。
山側は、漆黒の黒。

正面から見ると、その車体は真ん中から見事に二つへと分かれています。
まるで、時間を境に姿を変えてしまったかのように。

この列車の名は、特急”「指宿のたまて箱」”
愛称は「いぶたま」。

鹿児島中央駅と、砂むし温泉で知られる指宿駅を結ぶ、
JR九州のD&S列車です。

しかし、
この白黒の姿は、単に目立つためだけのデザインではありません。

モチーフとなったのは、誰もが知る浦島太郎の物語。

黒髪だった浦島太郎が、
玉手箱を開けた瞬間白髪の老人へと変わってしまう。

その“黒から白への変化”を、
車体そのものを使って表現しているのです。

そして駅に到着し、扉が開くと・・・
車体上部から、ふわりと白いミストが噴き出します。

玉手箱から立ち上る、あの白い煙。
乗客は列車に乗る前から、
竜宮伝説の世界へと誘われるのです。

「指宿のたまて箱」が運行を開始したのは、
2011年3月12日。
九州新幹線鹿児島ルートが全線開業した、
まさにその日でした。

新幹線によって近くなった鹿児島から、その先にある指宿へ。
新幹線の速さを、南薩摩の旅へとつなげる役割を託された列車だったのです。

それまで指宿枕崎線では、
特別快速「なのはなDX」が観光輸送を担っていました。
その役目を引き継ぎながら、単なる速達列車ではなく、乗ること自体を目的にした観光特急として誕生したのが「指宿のたまて箱」でした。

2026年3月には、運行開始から15周年を迎えています。
使用されているのは、国鉄時代に誕生したキハ47形。
キハ47 8060とキハ47 9079を中心とした編成で、多客期や車両検査時にはキハ140 2066が加わることもあります。

華やかな観光列車の姿をしていますが、
その中身に流れているのは、かつて全国の非電化路線を支えた国鉄型気動車の血。

重厚なエンジン音を響かせながら走る姿には、最新型の特急車両にはない、不器用なまでの力強さがあります。
古い車両を隠すのではなく、
その骨格を生かし、まったく新しい旅の舞台へと作り替える。

これもまた、JR九州のD&S列車らしい魅力なのです。
車内へ入ると、国鉄型の面影は一変します。

デザインを手掛けたのは、
JR九州の数々の観光列車を生み出してきた水戸岡鋭治氏。

1号車には、客船やヨットにも使われるチーク材。
2号車には、南九州産の杉材。

木の香りと温もりに包まれた車内には、一般的なリクライニングシートだけでなく、ボックス席やソファー席、子ども向けのキッズチェアまで用意されています。

なかでも、この列車の特等席といえるのが、海側の窓を向いたカウンター席。
列車の進行方向ではなく、錦江湾の方を向いて座る。
それだけで、車窓は“通り過ぎる景色”から、“向き合う景色”へと変わります。

鹿児島中央駅を出発した列車は、指宿枕崎線を南へ。
市街地を抜けると、やがて車窓いっぱいに錦江湾が広がります。

海の向こうには、鹿児島の象徴・桜島。
穏やかな海面。
南国らしい光。

湾岸に沿ってゆっくりと走る国鉄型気動車。
目的地までの時間は、わずか一時間足らず。

それでも「指宿のたまて箱」では、その短い時間の中に、列車旅の楽しさが凝縮されています。
速さを競う新幹線から乗り換え、今度は景色を見るために、あえてゆっくり走る。
この速度の変化こそ、指宿への旅の本当の始まりなのかもしれません。

終着の指宿には、砂むし温泉や開聞岳、そして浦島太郎伝説が残る長崎鼻があります。

列車を降りた先にも、物語は続いていく。

鹿児島中央駅で玉手箱を開け、
指宿という竜宮へ向かうための“物語の入口”なのです。
国鉄時代から走り続けてきたキハ47形が、白と黒の衣装をまとい、今日も錦江湾のほとりを走る。

古い車両だからこそ生まれる懐かしさ。
観光列車だからこそ味わえる非日常。

そして、扉が開いた瞬間に立ち上る、ひと筋の白い煙。
玉手箱の中に入っていたものは、年老いてしまう魔法ではなく、
忘れかけていた、列車で旅をするワクワクなのかもしれません。

(マイミー)

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