【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説
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2024年12月15日をもって運行を終了し、
引退して久しい185系直流特急形電車。
登場は1981年。
東海道線で老朽化の進んでいた
153系の置き換え用としてデビューしました。
もっとも、この車両。
"特急形"と名乗りつつ、
その設備は、"これまでの特急"らしくない。
急行形のソレと同じ規格・寸法の
片側2扉、開口幅1,000mm。
座席は転換クロスシート、
シートピッチ910mm。
新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。
側窓は開閉可能な1段上昇窓、
歯車比は1:4.82、
メカニズムも…
近郊形電車と同一。
■"格上げ"のための車両
事の始まりは、
東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。
185系導入に伴う、
置換対象となる153系は、
その当時、
既に車齢19年超かつ、
走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、
経年と塩害による老朽化に瀕していました。
ただしこの際185系電車を
純然たる"急行形車両"として登場させると
153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、
使用用途が限られ、
より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。
この考えを基に、
置き換える車両数を抑えるため、
153系と同様、
東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として
当初は特急への格上げなど考慮せず、
急行「伊豆」の置き換えを命題として、
"普通列車にも使える2扉車"として
構想されたのです。
ところが。
車両の構想がまとまった頃、
営業部門から、
急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、
という意向が示されます。
かくして185系は、
"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、
国鉄初の試みを背負って
世に出ることとなりました。
■急行料金で良いのでは?
1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。
明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは
新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、
急行が全廃された結果、
利用者は特急を利用せざるを得ない。
実質的な値上げではないか、との声も
上がったと言われています。
そして1985年3月14日。
東北・上越新幹線の上野延伸により
「新幹線リレー号」が廃止され、
余剰となった200番台は、
上野発着の急行の特急格上げへ転用。
ここで登場したのが、
"新特急"という種別でした。
新特急谷川、新特急草津、
新特急あかぎ、新特急なすの。
短距離自由席特急料金を安く設定し、
お得感を演出しつつ、
車両設備は転換クロスシートのまま。
これでは急行料金で良いじゃないか、と
不評を買った側面もありました。
■もし、国鉄が儲かっていたら
さて、表題の件。
これら"格上げ"の連続は、
突き詰めれば国鉄の"増収施策"。
急行料金の急行列車を特急へ格上げし、
かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、
汎用的な車両を目指した。
その結果が、
"特急形なのに急行形設備"という
185系の姿であったと申せましょう。
では、もし国鉄が儲かっていたら。
急行を特急へ格上げする必要などなく、
185系は素直に、
165系列の後継たる急行形電車として
誕生していたのではないか。
その場合、形式は。
165系、167系、169系と続いた系譜。
次に来るべき番号、
それが"171系"。
事実、国鉄の新性能電車において、
17x台の形式は、
一度も使われることが
ありませんでした。
"171系"。
空席のまま終わったこの番号こそ、
本来185系が名乗るべきものだったのではないか。
と、妄想を膨らませている次第。
そして、
185系の晩年、
湘南色に塗られた姿は、
JR東日本にとって、
あくまでも"国鉄時代を再現した単なる一企画"
であったかもしれません。
ところが、
編集長的独断と偏見による見立てでは。
185系が
171系として誕生していた世界線における
"湘南色"(みなまで言わずとも157系準急色も)は、
"この車両が纏うべき、最も正統な国鉄色"
と言って過言でない。
そう考えているところです。
(Mr.DIMER編集長)

