【もしも富士急5000形が国鉄へ乗り入れていたら】115系に似た私鉄電車が、新宿まで走る世界線

【もしも富士急5000形が国鉄へ乗り入れていたら】115系に似た私鉄電車が、新宿まで走る世界線

マイミー

今回のお話は、あくまで「もしも」です。

富士急5000形に国鉄乗り入れ計画が存在した、という史実があるわけではありません。

ただ、実際の歴史を並べてみると、どうしても想像してみたくなる世界があります。
もし1975年、富士急5000形が中央本線へ乗り入れ、新宿まで走っていたら。

そんな世界線のお話です。
1975年。
富士急行に新しい電車、5000形が登場しました。
20m級の車体、高運転台、セミクロスシート、耐寒耐雪構造、そして急勾配に対応する抑速ブレーキ。
その姿を見ていると、どことなく国鉄115系を思い出します。

もちろん、5000形は115系そのものではありません。
主電動機も駆動方式も異なり、機器まで国鉄車をコピーした電車ではない。

それでも「山岳線区を走る近郊形電車」という性格には、115系と重なる部分がありました。
そして5000形が登場する直前まで、富士急には本当に「国鉄へ乗り入れる自社車両」が存在していました。

キハ58形58001・58002・58003。

国鉄の急行「アルプス」に併結され、急行「かわぐち」として大月から中央本線へ入り、新宿まで顔を出していた車両です。
つまり富士急にとって、自社車両が国鉄線を走ること自体は空想ではありませんでした。

ところが1975年3月。
急行「アルプス」の完全電車化によって、富士急キハ58形は活躍の場を失います。

そして同年4月、3両は廃車。

その一方で、ほぼ同じ時期に登場したのが5000形でした。
ここから先は、完全に「もしも」の世界です。

もし富士急が、
「キハ58で続けてきた新宿直通を、今度は電車で続けよう」

と考えていたら。

その役目を5000形が担っていたら。

大月駅。

国鉄115系が並ぶホームへ、富士急5000形が入ってくる。

だが入線するのは、富士急行ホームではなく国鉄線ホーム。

鳥沢、猿橋、相模湖、高尾、八王子。

そして新宿まで走っていく。

考えてみると、あまり違和感を感じないのは私だけでしょうか。
富士急線は大月から富士山麓へ向かって勾配を登る山岳路線。

5000形には、その線形に対応するため抑速ブレーキが備えられていました。
一方の115系も、勾配線区や寒冷地での使用を前提に登場した近郊形電車です。

だから5000形と115系が似て見えるのは、単に顔や車体の雰囲気だけではありません。
置かれた環境が似ている以上、求められる電車の性格も自然と似てきます。

では、もし本当に5000形を国鉄線へ入れるとしたら。
もちろん、そのまま走らせればいいわけではありません。
国鉄線用のATSや列車無線、運転取扱いへの対応、乗務員訓練、故障時の救援方法など、様々な条件をクリアする必要があります。

さらに115系と連結して走らせようとすれば、制御方式の違いまで問題になる。

そこまで考えると、現実的なのは国鉄車との併結ではなく、5000形だけの編成で新宿まで走る形だったでしょう。

そして直通需要が定着していたなら。
史実では2両だけだった5000形も、4両、6両と増備されていたかもしれない。

河口湖を出た富士急5000形が、そのまま新宿へ向かう。

国鉄時代から、富士急の自社電車が中央本線へ直接乗り入れる光景が日常になっていたかもしれません。

もちろん、これは史実ではありません。

5000形が国鉄乗り入れを目的に設計されたとする根拠もありません。

ただ実際に、新宿まで走った富士急キハ58が存在した。
そして、その時代が終わった1975年に、115系を思わせる5000形が登場した。

その二つの史実を一本の線で結んでみると、こんな「もしも」が浮かんできます。

キハ58から5000形へ。

史実では渡されることのなかった、新宿直通のバトン。
もし1975年、そのバトンが5000形へ渡されていたなら。
115系と肩を並べて中央本線を走る富士急5000形。

そんな昭和の鉄道風景も、案外似合っていたのではないでしょうか。

(マイミー)

【もしも富士急5000形が国鉄へ乗り入れていたら】115系に似た私鉄電車が、新宿まで走る世界線

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