【もしも】117系・関東に来ていたら“東の新快速”は生まれていたのか?

【もしも】117系・関東に来ていたら“東の新快速”は生まれていたのか?

マイミー

昨日の185系の記事では、
「特急にも普通にもなる、国鉄が生んだ万能電車」
として、その少し変わった立ち位置をご紹介しました。

そこで記事を書きながら、ふとマイミーは思ったのです。

「じゃあ、同じ時代に関西で活躍していた117系が、もし関東に来ていたらどうなっていたんだろう?」

今回は、そんな昨日の記事から思いついたもしも話。

もちろん史実では、117系が関東圏で営業運転に就いた事実はありません。
もし117系が関西だけでなく、関東にも投入されていたら?
185系、113系、そして117系。
東京駅にこの3形式が並ぶ世界は、
果たしてあり得たのでしょうか。

ということで今回は、昨日の185系から少し話を広げて、
“もしもシリーズ”。

ここから先は史実を土台にしつつ、
かなりの部分を私の独断と偏見で考えていきます。

「いや、それはないだろ」というツッコミも大歓迎。

それではもし、117系が関東に本格投入されていた世界を覗いてみましょう。

「117系が“東”に来ていたら」

1979年、京阪神の新快速用として登場した117系。
片側2扉、転換クロスシート、空気ばね台車。
主電動機は「MT54D」、最高速度110km/h。

阪急や京阪と真正面から「豪華な料金不要特急同士で真正面から殴り合う」ために生まれた、国鉄近郊形としてはかなり異色の存在でした。
そんな117系ですが、実は東京と完全に無縁だったわけではありません。

1986年、東急車輛で製造された117系100番台6両編成が公式試運転で横須賀線を走り、品川まで入線しています。
つまり117系は、ほんの一瞬だけですが“東の線路”を走っているのです。

ここでマイミーは考えます。

もし、このまま関東向けの117系まで造られていたら?

「最有力はやっぱり東海道線?」

これはもう、独断と偏見で言えば”東海道線一択”です。
東京―横浜―大船―藤沢―平塚―小田原。
長距離利用が多く、113系が大量に走っていた幹線。
ここに117系を快速専用で投入する。
普通列車とは完全に役割を分け、
東京―横浜―大船―藤沢―平塚―小田原。

そんな停車駅で走る“湘南快速”。
これ、かなり似合ったと思うんです。

しかも塗装は関西と同じクリーム+ぶどう色ではなく、

「湘南色の117系」
転換クロスシートに腰掛け、MT54を唸らせて湘南へ向かう。
後の快速アクティーを、国鉄時代に先取りしたような存在です。
個人的には、かなり見てみたかった世界です。

「でも2扉は絶対に揉める」

ただし、ここで現実に戻ります。
117系最大の弱点。

”2扉”

これは首都圏ではかなり厳しい。

朝の横浜、川崎、品川。
そこに2扉転換クロスの117系が突っ込んできたら、
乗降時間はかなり延びたはずです。
なので、マイミーの妄想関東仕様では、

3扉化。
ロングシート併設。
さらに10両基本+5両付属。
……いやもう、それ117系じゃないやん。
となるわけですが、首都圏に本気で入れるなら、
そこまで変えないと厳しかったでしょう。

「そして昨日の主役、185系」

ここで再び登場するのが、
昨日の記事の主役だった”185系”です。

185系は1981年登場。
特急にも普通列車にも使えるという、これまた国鉄らしい万能型でした。

関西の117系は、
「快速を豪華にする車両」。

関東の185系は、
「特急と普通を一両でこなす車両」。
同じ時代に造られながら、役割はまったく違います。

もし関東版117系が存在していたら、

特急は185系。
快速は117系。
普通は113系。

そんな三層構造が成立していたかもしれません。
昨日185系を取り上げたからこそ、
この並びは余計に想像したくなるところです。
個人的には、かなり国鉄らしくて好きです。

「“東の新快速”は成功したのか」

ここからは完全にマイミーの独断です。

私は、「条件付きなら成功したと思っています。」

ただし、関西と同じ使い方ではダメ。
朝夕ラッシュには極力入れず、日中の中距離快速に特化。
小田原、熱海方面への速達列車として使う。
そうすれば117系の転換クロスシートも活きます。

そしてもし、そこから快速アクティーの思想がもっと早く育っていたら、首都圏の中距離電車は、今とは少し違う歴史を歩んでいたかもしれません。

東京駅に並ぶ113系と185系。
その横で、“東の新快速”として発車を待つ117系。

昨日の185系から、今日の117系へ。
こうして並べてみると、同じ国鉄末期でも、

「関東と関西では、求められた電車の答えがこんなにも違った」
というのも面白いところです。

もちろん、すべては「もしも」の話。
そしてかなりの部分が、マイミーの独断と偏見です。

でも国鉄という会社は時々、
「本当にそれやるの?」
と思うような車両を本当に造ってきました。

だからこそ。

”関東に117系がいた世界も、案外あり得なくはなかった。”

そんな妄想を膨らませながら国鉄車両を眺めるのも、鉄道趣味の楽しさのひとつな気がします。

(マイミー)

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