【国鉄名車列伝】キハ391系気動車・気動車の高速化を夢見た幻のガスタービン気動車
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1972年。
国鉄に、これまでの気動車とはまったく違う車両が誕生しました。
その名は「キハ391系気動車」
"ディーゼルエンジン"ではありません。
その心臓部に搭載されたのは、
ガスタービンエンジン。
航空機などにも使われるガスタービンを、鉄道車両の動力にしてしまおう。
今から半世紀以上も前。
国鉄は、本気でそんな未来を描いていました。
「非電化だから遅い」を変えたい。
当時の国鉄にとって、大きな課題のひとつだったのが、
非電化区間の高速化。
すでにキハ181系のような高出力の特急形気動車は登場していました。
しかし、ディーゼルエンジンは出力を大きくすれば、それだけ重量も増えていきます。
もっと軽く。
もっと大きな力を。
そこで国鉄が目を付けたのが、ガスタービンでした。
小型・軽量でありながら、大出力を得られる。
これなら非電化区間でも、電車に負けない高速運転ができるのではないか。
そんな期待を背負って誕生したのが、
キハ391系だったのです。
見た目からして、普通じゃない。
キハ391系は、一見すると3両編成のように見えます。
しかし実際には、3つの車体で1両を構成する連接構造。
中央の短い車体にガスタービンを搭載し、前後の車体を客室としました。
車体にはアルミ合金を採用。
さらに、曲線区間を高速で通過するための車体傾斜機構まで備えていました。
設計最高速度は、130km/h。
軽くして、
大きな力を与えて、
カーブも速く走る。
言ってしまえばキハ391系は、
国鉄が考えた“非電化高速鉄道の走る実験室”
だったのです。
そして、本当に走った。
キハ391系は、単なる展示用の試作車ではありません。
伯備線や山陰本線、田沢湖線などで実際に走行試験が行われました。
ガスタービンの性能。
高速走行時の特性。
そして車体傾斜。
国鉄は、この異色の気動車を使って、次世代の非電化特急を本気で模索していました。
もし、この技術が実用化されていたら。
全国の非電化幹線を、
ガスタービン特急が130km/hで駆け抜けていた。
そんな未来も、あったのかもしれません。
しかし時代がそれを許しませんでした。
1973年、オイルショック。
ガスタービンには、大きな弱点がありました。
燃費です。
小型・軽量で大出力。
その反面、特に部分負荷では燃料消費が大きい。
発車して、加速して、減速して、停車する。
それを繰り返す鉄道では、ガスタービンの長所を十分に生かしにくかったのです。
そこへ追い打ちをかけたのが、
第一次オイルショック。
燃料価格が高騰し、時代は一気に省エネルギーへ。
燃料を大量に消費するガスタービン気動車にとって、あまりにも悪いタイミングでした。
結局キハ391系が量産されることはありませんでした。
営業列車として乗客を運ぶこともありませんでした。
たった1両。
営業運転、ゼロ。
それだけを見れば、
「失敗した試作車」なのかもしれません。
でも本当に、そうでしょうか。
非電化でも、もっと速く走りたい。
車体をもっと軽くしたい。
カーブでも速度を落としたくない。
そのためなら、
航空機にも使われる技術だって鉄道へ持ってくる。
そこにあったのは、
「非電化だから仕方がない」という常識を壊そうとした、国鉄技術陣の挑戦でした。
ガスタービン特急が、日本の鉄道の主役になる未来は訪れませんでした。
それでも半世紀以上前の日本には確かに、
ガスタービンを唸らせながら、
まだ誰も見たことのない非電化特急の未来を追いかけた車両がいたのです。
キハ391系気動車。
それは、時代に選ばれなかった失敗作ではなく、
国鉄が本気で夢見た、“幻のガスタービン気動車”だったのかもしれません。
(マイミー)

