【惜別。500系新幹線電車 Vol.1】プロローグ「世界最速への挑戦状」

【惜別。500系新幹線電車 Vol.1】プロローグ「世界最速への挑戦状」

編集長

<すべては"空"との戦いから始まった>

2027年1月、定期運転終了。

500系のラストランまで、
残された時間はあとわずか。

本連載では全10回にわたり、
この稀代の名車の生涯を辿ってまいります。

第1回は、500系誕生"前夜"の物語です。

■山陽新幹線の危機感
1987年、国鉄分割民営化。

山陽新幹線を引き継いだJR西日本には、
東海道新幹線を持つJR東海とは異なる、
切実な事情がありました。

大阪~福岡間は、
飛行機との真っ向勝負の区間。

東海道ほど鉄道のシェアは高くなく、
航空機に対抗するには、
"速度向上"がどうしても不可欠だったのです。

新大阪~博多間を2時間半で。

そのために掲げられた目標が、
当時の営業運転では世界の頂、
"350km/h運転"でした。

■WIN350、走る
1990年、JR西日本は
新幹線高速化プロジェクトを立ち上げます。

そして1992年4月に落成したのが、
高速試験電車、500系900番台。

愛称は「WIN350」。

"West Japan Railway's Innovation
for the operation at 350km/h"
(350km/h運転のためのJR西日本の革新的技術開発)
の頭文字です。

社名に"WIN"(勝利)を重ねたこの愛称に、
航空機に、そして東海道に負けまいとする
西の意地を感じずにはいられません。

6両編成・オール電動車。
車体高はわずか3,300mmと、
300系より35cmも低く、
高さより幅の方が広い、
異様なまでに"平たい"車体。

両端の先頭車は互いに異なる形状とされ、
まさに"走る実験室"でした。

そして1992年8月8日。

小郡~新下関間において、
当時国内最高速となる、
350.4km/hを記録します。

■350の夢、300の現実
しかし、話はそう単純には進みません。

350km/hで走った時、
パンタグラフから発生する風切り音が、
環境基準(75デシベル以下)を
超えてしまうことが判明したのです。

騒音、微気圧波、曲線通過時の遠心力…。

"速く走る"ことと、
"静かに、安全に走る"こと。

その狭間で目標速度は320km/hへ改められ、
さらに1995年の阪神・淡路大震災を経て、
非常制動距離の厳守という観点から、
最終的に300km/hへと落ち着きました。

"350km/hの夢"は、叶わなかった。

けれど、WIN350が4年間の試験で積み上げたデータは、
翼型パンタグラフ、低騒音技術、車体形状…
そのすべてが、
1996年に登場する量産先行車W1編成、
すなわち"500系"へと注ぎ込まれていきます。

WIN350自身は、
量産車の登場を見届けるように、
1996年5月31日付で廃車。

博多方先頭車の500-901は、
今も米原の鉄道総合技術研究所に保存され、
静かに"挑戦の日々"を伝えています。

次回、Vol.2は、
「あの顔」の誕生秘話。

15mのロングノーズは、
いかにして生まれたのか。

カワセミ、フクロウ、
そしてドイツ人デザイナー。

500系のデザインを巡る物語です。
どうぞお楽しみに。

(Mr.DIMER編集長)

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