【電車の屋根に歴史あり】なぜパンタグラフは“菱形”を捨てたのか
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「電車は、架線から電気をもらって走る。」
当たり前の話です。
では、その電気をどうやって受け取っているのか。
その答えが、“パンタグラフ”。
けれど、このパンタグラフ。
電車が速くなるたび、新しい問題にぶつかり、
そのたびに姿を変えてきました。
今回は、“屋根の上から見た電車の歴史”を見ていきます。
「最初は”棒”だった」
日本の電気鉄道黎明期。
代表的な集電装置が「トロリポール」でした。
1890年の第3回内国勧業博覧会で走った電車に使われ、1895年開業の京都電気鉄道でも採用されました。
屋根から伸ばした棒の先端を架線に当てて電気を取る。
単純な仕組みですが、速度が上がると架線から外れやすく、終点ではポールの向きを変える必要もありました。
もっと速く。
もっと安定して走りたい。
そこで登場したのがパンタグラフです。
「日本のパンタグラフ史は、いきなり試練から始まった」
1914年。
東京駅開業に合わせ、東京―横浜間で電車運転を始める際、鉄道省線にアメリカGE製の菱形パンタグラフが採用されました。
ところが営業開始前日の開通式典で、走行中にパンタグラフが架線から外れるトラブルが発生します。
ただし、「外国製パンタグラフが悪かった」という単純な話ではありません。
当時の記録では、車体の動揺、架線構造、パンタグラフ側の問題が重なったとされています。
電車運転はいったん中断。蒸気列車で代行しながら道床、路盤、架線などを改修。
翌1915年5月、電車運転が再開されました。
パンタグラフ側も、架線と接するローラーを板状のものへ変更するなど改良されています。
“失敗して、原因を調べ、改良して走らせる。”
そんな鉄道技術らしいスタートだったのです。
「そして国産パンタグラフへ」
当初は輸入品に頼っていました。
しかし1921年、東洋電機製造が国産第1号となるA形パンタグラフを製作し、阪神急行電鉄へ21台を納入します。
その質量は約400kg。
そこから小型化、軽量化が進み、1923年にはC形が鉄道省に採用され「PS2形」となります。
輸入技術を日本の鉄道に合わせて作り変える。
ここから国産パンタグラフの系譜が始まりました。
「菱形パンタグラフの黄金時代」
戦時中には、資材不足を反映したPS13形も登場します。
そして戦後、鉄道が再び求めたものは“速さ”。
1957年、小田急SE車が狭軌鉄道の世界速度記録を樹立した性能試験では、東洋電機製PT42形が使われました。
その設計をベースに1958年、国鉄初の電車特急「こだま」に合わせて開発されたのが「PS16形」。
後に101系、103系、113系、115系など国鉄新性能電車を代表する存在となります。
国鉄型の屋根を見上げれば、大きな菱形がいる。
まさに昭和の電車を象徴する姿でした。
「新幹線が連れてきた強敵、“風”」
1964年、東海道新幹線開業。
200km/hを超える世界では、“空気”が敵になります。
走行風でパンタグラフに力が加わり、押し上げすぎれば架線に負担をかけ、追従できなければ離線する。
パンタグラフは、集電装置から“空力部品”へと変わっていきました。
「速さだけが敵ではなかった」
中央本線などには、断面の小さな古いトンネルがありました。
115系800番台などでは、パンタグラフ部分の屋根を低くして対応します。
しかし低屋根化は大仕事。
そこで1973年に登場したのが「PS23形」。
折り畳み高さを抑えた小形の菱形パンタグラフです。
車体を低屋根化せず、狭小トンネルへ対応できるようになりました。
一方、冷房化が進むと屋根上には機器が増え、「パンタグラフが場所を取る」という問題も出てきます。
そこで屋根上の占有面積を小さくできる「下枠交差形」も広く使われるようになりました。
「そして一本脚へ」
1990年代、日本でもシングルアーム式が本格的に登場します。
1996年にはJR東海383系にC-PS27形が採用。
軽く、小さく、高速域の空力・騒音対策にも有利でした。
さらに1997年登場の500系新幹線には、翼のような舟体を持つ独特の集電装置が採用されます。
300km/hで騒音と戦うために生まれた姿でした。
その後はシングルアーム式へ交換され、技術は次世代へ引き継がれます。
トロリポール。
菱形。
下枠交差形。
そしてシングルアーム。
100年以上、姿は変わり続けました。
それでも仕事は一つ。
“架線に触れ続けること。”
速くなれば風と戦い、
トンネルが狭ければ高さと戦い、
屋根が混めば場所を譲り、
さらに速くなれば騒音とも戦う。
電車が進化するたび、パンタグラフも進化してきました。
普段、何気なく見上げる屋根の上。
そこに載っているのは、ただの集電装置ではありません。
その形を見れば、その電車が生まれた時代と、鉄道が何と戦っていたのかが見えてくる。
パンタグラフ。
その細い骨組みには、日本の電車が100年以上かけて進化してきた歴史が詰まっているのです。
(マイミー)

