【もしも2050年、国鉄型電気機関車を復活させるなら】SLが蘇るなら、ELだって蘇っていいじゃないか
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SLは、一度火を落としても、何十年という時間を経て再び走ることがあります。
だったら、電気機関車だって、もう一度走ったっていいじゃないか。
と、思うわけです。
2050年。もし国鉄型電気機関車を一両だけ復活させるなら、皆さんは何が来ると思いますか?
もちろん簡単な話ではありません。
むしろ電気機関車だからこそ、厄介な部分もあります。
EF64 1001と1053を見れば、その現実はよく分かります。2024年まで営業列車を牽いていた2両は、その後長野へ送られ、2026年に相次いで解体されました。
つい最近まで本線を走っていた機関車でさえ、
「いつか残せばいい」と思っているうちに消えてしまう。
だから2050年になってから「そろそろ国鉄型ELを復活させよう」では遅いのです。
その意味で、私は残してほしいと思うのがEF64 37です。
1971年製。国鉄時代から中央本線の勾配区間を走り続けたEF64 0番代の生き残りで、現役を退いた今も車体は残っています。
直流電気機関車なので、交流機や交直流機に比べればシステムは比較的単純です。
とはいえ、25年後にそのままパンタグラフを上げれば走るという話ではありません。
主電動機、主制御器、抵抗器、空気機器、配線、軸受、輪軸、台車。絶縁のやり直しや部品の新製も必要になるでしょう。
それでも私は、全部を最新機器に置き換えてしまっては意味がないと思っています。
床下にVVVFを積み、最新のモーターで走らせれば動かすこと自体は簡単になるかもしれません。
しかし、それではEF64の姿をした別の機関車です。
マスコンを入れる。カム軸が回る。抵抗を一段ずつ抜き、直流直巻電動機が唸る。EF64なら発電ブレーキも生きていてほしい。
そこまで残ってこそ、EF64なのです。
そしてもう一両。
EF58 61。
1953年製のお召列車牽引機で、現在は鉄道博物館に保存されています。
2050年には97歳。
こちらはEF64 37とは少し意味が違います。技術的に復活できるかだけではなく、日本の鉄道史でも特別な61号機を再び走らせてよいのか、という保存哲学の問題まで出てきます。
それでも、もし2050年にパンタグラフが上がり、空気圧が立ち上がり、数百メートルでも自分の力で走ったとしたら。
それは単なるイベントではありません。
本物の主回路に電気が流れ、本物の主電動機で動く。鉄道技術そのものを「動く状態」で残すことになります。
本線を高速で走る必要はない。保存線でもいい。年に数回でもいい。
ただし本線へ戻すなら、さらに厳しい。
2050年の保安装置、列車無線、ブレーキ性能、輪軸や台車の強度、パンタグラフと架線設備との適合。
「モーターが回る」と「営業線を走れる」は全く別の話です。
だから現実的には、SLと同じように走行区間や最高速度を限定し、専用の検修体制と予備品を持つ「動く鉄道遺産」として残す形になるのでしょう。
そして、もう一つ避けて通れないのが費用です。
一両だけのために主電動機を分解し、絶縁をやり直し、制御器の接点や古い配線を更新し、使えない部品は図面から起こして新製する。さらに保安装置を積み、検査を通し、維持する人材まで確保する。
数千万円で済むとは考えにくく、状態や走行条件によっては億単位のプロジェクトになっても不思議ではありません。
だからこそ、一企業だけの趣味では難しい。鉄道会社、博物館、メーカー、保存団体、そしてファンまで巻き込んで「鉄道遺産を残す事業」として考えなければ成立しないでしょう。
それでもSLは残されました。
効率だけなら、新しい車両を走らせた方が圧倒的に合理的です。それでも蒸気機関車を残したのは、そこに技術史としての価値があるからです。
だったら、抵抗制御や直流直巻電動機、発電ブレーキという「電化時代の技術」だって、同じように動く姿で残していいはずです。
そして一番重要なのは、2050年に復活させたいなら、2050年から始めてはいけないということです。
車両を残す。図面を残す。主電動機や制御器、予備品、治具を残す。そして何より「どう直していたのか」を知る人の経験を残す。
EF64 1001も1053も、もういません。
今残っている車両だって、永遠に残る保証はありません。
2050年。
EF64 37のパンタグラフが再び上がり、コンプレッサーとブロワーが唸り、マスコンを入れた瞬間に国鉄色の車体がゆっくり動き出す。
あるいは97歳になったEF58 61が、もう一度自分の力でレールの上を進む。
そんな未来があったって、いいじゃないですか。
SLが蘇るなら、ELだって蘇っていい。
その可能性を信じたいなと夢見てます。
(マイミー)

