【憧れのブルトレ Vol.9・最終回】「カシオペア」、寝台客車の到達点(1999年)

【憧れのブルトレ Vol.9・最終回】「カシオペア」、寝台客車の到達点(1999年)

編集長

<夢空間から10年。平成の「走るホテル」が辿り着いた答え>

"憧れのブルトレ"に、
果たしてカシオペアを仲間入りさせるべきか、
悩みました。

ブルトレとは、
20系に始まる14系、24系の系譜上にある、
青い寝台客車。
なんとなく、そう認識していたためです。

しかし改めて振り返ると、
形式や車体色こそ異なれど、
カシオペアは機関車が牽く寝台客車として、
20系以来の"走るホテル"思想を受け継いでいます。

北斗星、そして夢空間の延長線上に誕生した、
客車寝台特急の一つの到達点。

全9回にわたってお届けした
【憧れのブルトレ】シリーズ。

本連載の最終回を飾るにふさわしい列車であると
考えました。

■北斗星の、その先へ
1999年7月16日。
上野~札幌間に、
寝台特急「カシオペア」が登場しました。

JR東日本が掲げたのは、
「新しい夜行列車の旅の提案」。

北斗星を越えるサービスを目指し、
カシオペア専用のE26系客車を新造。
12両一編成のみの、特別な列車でした。

銀色のステンレス車体に、
黄・橙・赤・紫・青の帯。
従来のブルートレインとは明らかに異なる姿です。

最大の特徴は、
日本初の"オールA個室寝台"。

客室は88室、定員176名。
すべてが2人用個室で、
各室にトイレと洗面台を設置しました。

7室の「カシオペアスイート」をはじめ、
「カシオペアデラックス」
「カシオペアツイン」
「カシオペアコンパート」。

3号車にはダイニングカー、
12号車にはラウンジカーを連結。

20系が「走るホテル」なら、
カシオペアはホテルそのものを
線路の上に載せたような列車だったと申せましょう。

■一編成しかない、という贅沢
運行開始当初は、
上野発、札幌発とも週3回を基本として運転。

毎日走るわけではなく、
乗りたい時に必ず乗れる列車でもない。
展望室タイプのスイートは、一列車に僅か1室です。

かつてのブルートレインが、
帰省や仕事を支える交通手段であったのに対し、
カシオペアは、
"乗ること"そのものが旅の目的となりました。

寝台列車が移動手段から"体験"へ変わったことを、
最も明確に示した列車ではないでしょうか。

■機関車が替わる、客車列車の旅
上野~青森間はEF81形、後にEF510形。
青森~函館間はED79形。
函館~札幌間はDD51形の重連。

行程に合わせて機関車を交換し、
北を目指しました。

機関車が連結される音。
発車時、後方へ一両ずつ伝わる衝動。
客車の軽快なジョイント音。

最新鋭でありながら、
客車列車の旅情を最後まで残したこと。
そこにも、カシオペアの特別さがありました。

■二度迎えた終幕
2016年3月。
北海道新幹線開業に伴い、
上野~札幌間の寝台特急としての運行を終了。

同年6月からは
「カシオペアクルーズ」
「カシオペア紀行」として復活し、
東日本各地を走り続けます。

そして2025年6月30日。
E26系は営業運転を終了しました。

1号車スロネフE26形は、
大宮駅西口の「(仮称)桜木PPJ」へ
移設、展示される予定です。

■憧れの、その先へ
青い客車ではない。
14系でも、24系でもない。

それでも、
この連載で辿ってきたのは、
単なる"青い客車の歴史"ではありません。

寝台列車が時代の変化に対し、
どのような答えを出してきたのか。
その歩みです。

時間をかけ、夜を車内で過ごし、
食事をし、語らい、眠り、朝を迎える。

カシオペアは、
移動の遅さを"旅の豊かさ"へと変えました。

青い客車に始まった憧れは、
濃緑色となり、
最後には銀色の星となりました。

列車は姿を消しても、
憧れまで終着駅へ着くことはありません。

みなさまは、
どのブルートレインに
憧れられましたでしょうか。

(Mr.DIMER編集長)

―【憧れのブルトレ】完―

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