Mr.DIMER Journal

【寝台特急じゃない】急行「はまなす」・最後の定期急行が残したもの

【寝台特急じゃない】急行「はまなす」・最後の定期急行が残したもの

夜の青森駅。ホームに滑り込んでくる、青い14系客車。行先は札幌。 急行「はまなす」。 寝台車をつないで、青函トンネルを越えて、翌朝には北海道。 やっていることだけ見れば、ほとんど“寝台特急”です。 それなのに、最後まで「急行」。 私は、そこがこの列車の一番好きなところです。 「青函トンネルと一緒に生まれた」 「はまなす」が走り始めたのは、1988年3月13日。青函トンネルが開業した、まさにその日でした。 それまで、本州と北海道の夜をつないでいたのは青函連絡船。その役割を鉄路で引き継ぐように、青森~札幌間に夜行急行「はまなす」が誕生します。青森を夜に出て、 函館、長万部、東室蘭、苫小牧。 そして朝には札幌。逆方向も同じです。 今思えば、「夜に乗って、朝には北海道」なんて、とんでもなく贅沢な移動だったと思います。 「寝台もある。座席もある。」 「はまなす」は、いわゆる豪華寝台列車ではありません。基本は14系座席車。そこにB寝台車がつながり、 さらに、横になって眠れるカーペットカー。リクライニングシートのドリームカー。 そして普通の自由席。寝たい人は寝台。少し快適に行きたい人は指定席。安く渡りたい人は自由席。 なんというか、夜行列車に必要なものを全部ひとつの列車へ詰め込んだような編成でした。こういうの、私は妙に好きなんですよね。 豪華さではなく、“ちゃんと旅客列車として便利”。そこに徹している感じがする。 繁忙期には増結され、長い編成で北海道の夜を走っていました。 「なぜ寝台特急じゃないのか」 これが面白い。 寝台車がついている。長距離を走る。夜を越える。 なのに、寝台特急ではない。 最後まで、 “急行はまなす”。 そもそも、寝台車を連結しているから寝台特急になるわけではありません。 「はまなす」は、あくまで座席車主体の夜行急行。寝台も選べる。 それが、この列車の立ち位置でした。「北斗星」や「カシオペア」が、旅そのものを楽しむ列車だったとすれば、「はまなす」は、もっと生活に近い。 もっと実用的。 夜に乗って、朝には目的地へ着く。...

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【寝台特急じゃない】急行「はまなす」・最後の定期急行が残したもの

夜の青森駅。ホームに滑り込んでくる、青い14系客車。行先は札幌。 急行「はまなす」。 寝台車をつないで、青函トンネルを越えて、翌朝には北海道。 やっていることだけ見れば、ほとんど“寝台特急”です。 それなのに、最後まで「急行」。 私は、そこがこの列車の一番好きなところです。 「青函トンネルと一緒に生まれた」 「はまなす」が走り始めたのは、1988年3月13日。青函トンネルが開業した、まさにその日でした。 それまで、本州と北海道の夜をつないでいたのは青函連絡船。その役割を鉄路で引き継ぐように、青森~札幌間に夜行急行「はまなす」が誕生します。青森を夜に出て、 函館、長万部、東室蘭、苫小牧。 そして朝には札幌。逆方向も同じです。 今思えば、「夜に乗って、朝には北海道」なんて、とんでもなく贅沢な移動だったと思います。 「寝台もある。座席もある。」 「はまなす」は、いわゆる豪華寝台列車ではありません。基本は14系座席車。そこにB寝台車がつながり、 さらに、横になって眠れるカーペットカー。リクライニングシートのドリームカー。 そして普通の自由席。寝たい人は寝台。少し快適に行きたい人は指定席。安く渡りたい人は自由席。 なんというか、夜行列車に必要なものを全部ひとつの列車へ詰め込んだような編成でした。こういうの、私は妙に好きなんですよね。 豪華さではなく、“ちゃんと旅客列車として便利”。そこに徹している感じがする。 繁忙期には増結され、長い編成で北海道の夜を走っていました。 「なぜ寝台特急じゃないのか」 これが面白い。 寝台車がついている。長距離を走る。夜を越える。 なのに、寝台特急ではない。 最後まで、 “急行はまなす”。 そもそも、寝台車を連結しているから寝台特急になるわけではありません。 「はまなす」は、あくまで座席車主体の夜行急行。寝台も選べる。 それが、この列車の立ち位置でした。「北斗星」や「カシオペア」が、旅そのものを楽しむ列車だったとすれば、「はまなす」は、もっと生活に近い。 もっと実用的。 夜に乗って、朝には目的地へ着く。...

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【憧れのブルトレ Vol.9・最終回】「カシオペア」、寝台客車の到達点(1999年)

【憧れのブルトレ Vol.9・最終回】「カシオペア」、寝台客車の到達点(1999年)

<夢空間から10年。平成の「走るホテル」が辿り着いた答え> "憧れのブルトレ"に、果たしてカシオペアを仲間入りさせるべきか、悩みました。 ブルトレとは、20系に始まる14系、24系の系譜上にある、青い寝台客車。なんとなく、そう認識していたためです。 しかし改めて振り返ると、形式や車体色こそ異なれど、カシオペアは機関車が牽く寝台客車として、20系以来の"走るホテル"思想を受け継いでいます。 北斗星、そして夢空間の延長線上に誕生した、客車寝台特急の一つの到達点。 全9回にわたってお届けした【憧れのブルトレ】シリーズ。 本連載の最終回を飾るにふさわしい列車であると考えました。 ■北斗星の、その先へ1999年7月16日。上野~札幌間に、寝台特急「カシオペア」が登場しました。 JR東日本が掲げたのは、「新しい夜行列車の旅の提案」。 北斗星を越えるサービスを目指し、カシオペア専用のE26系客車を新造。12両一編成のみの、特別な列車でした。 銀色のステンレス車体に、黄・橙・赤・紫・青の帯。従来のブルートレインとは明らかに異なる姿です。 最大の特徴は、日本初の"オールA個室寝台"。 客室は88室、定員176名。すべてが2人用個室で、各室にトイレと洗面台を設置しました。 7室の「カシオペアスイート」をはじめ、「カシオペアデラックス」「カシオペアツイン」「カシオペアコンパート」。 3号車にはダイニングカー、12号車にはラウンジカーを連結。 20系が「走るホテル」なら、カシオペアはホテルそのものを線路の上に載せたような列車だったと申せましょう。 ■一編成しかない、という贅沢運行開始当初は、上野発、札幌発とも週3回を基本として運転。 毎日走るわけではなく、乗りたい時に必ず乗れる列車でもない。展望室タイプのスイートは、一列車に僅か1室です。 かつてのブルートレインが、帰省や仕事を支える交通手段であったのに対し、カシオペアは、"乗ること"そのものが旅の目的となりました。 寝台列車が移動手段から"体験"へ変わったことを、最も明確に示した列車ではないでしょうか。 ■機関車が替わる、客車列車の旅上野~青森間はEF81形、後にEF510形。青森~函館間はED79形。函館~札幌間はDD51形の重連。 行程に合わせて機関車を交換し、北を目指しました。 機関車が連結される音。発車時、後方へ一両ずつ伝わる衝動。客車の軽快なジョイント音。 最新鋭でありながら、客車列車の旅情を最後まで残したこと。そこにも、カシオペアの特別さがありました。 ■二度迎えた終幕2016年3月。北海道新幹線開業に伴い、上野~札幌間の寝台特急としての運行を終了。 同年6月からは「カシオペアクルーズ」「カシオペア紀行」として復活し、東日本各地を走り続けます。 そして2025年6月30日。E26系は営業運転を終了しました。 1号車スロネフE26形は、大宮駅西口の「(仮称)桜木PPJ」へ移設、展示される予定です。 ■憧れの、その先へ青い客車ではない。14系でも、24系でもない。 それでも、この連載で辿ってきたのは、単なる"青い客車の歴史"ではありません。...

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【憧れのブルトレ Vol.9・最終回】「カシオペア」、寝台客車の到達点(1999年)

<夢空間から10年。平成の「走るホテル」が辿り着いた答え> "憧れのブルトレ"に、果たしてカシオペアを仲間入りさせるべきか、悩みました。 ブルトレとは、20系に始まる14系、24系の系譜上にある、青い寝台客車。なんとなく、そう認識していたためです。 しかし改めて振り返ると、形式や車体色こそ異なれど、カシオペアは機関車が牽く寝台客車として、20系以来の"走るホテル"思想を受け継いでいます。 北斗星、そして夢空間の延長線上に誕生した、客車寝台特急の一つの到達点。 全9回にわたってお届けした【憧れのブルトレ】シリーズ。 本連載の最終回を飾るにふさわしい列車であると考えました。 ■北斗星の、その先へ1999年7月16日。上野~札幌間に、寝台特急「カシオペア」が登場しました。 JR東日本が掲げたのは、「新しい夜行列車の旅の提案」。 北斗星を越えるサービスを目指し、カシオペア専用のE26系客車を新造。12両一編成のみの、特別な列車でした。 銀色のステンレス車体に、黄・橙・赤・紫・青の帯。従来のブルートレインとは明らかに異なる姿です。 最大の特徴は、日本初の"オールA個室寝台"。 客室は88室、定員176名。すべてが2人用個室で、各室にトイレと洗面台を設置しました。 7室の「カシオペアスイート」をはじめ、「カシオペアデラックス」「カシオペアツイン」「カシオペアコンパート」。 3号車にはダイニングカー、12号車にはラウンジカーを連結。 20系が「走るホテル」なら、カシオペアはホテルそのものを線路の上に載せたような列車だったと申せましょう。 ■一編成しかない、という贅沢運行開始当初は、上野発、札幌発とも週3回を基本として運転。 毎日走るわけではなく、乗りたい時に必ず乗れる列車でもない。展望室タイプのスイートは、一列車に僅か1室です。 かつてのブルートレインが、帰省や仕事を支える交通手段であったのに対し、カシオペアは、"乗ること"そのものが旅の目的となりました。 寝台列車が移動手段から"体験"へ変わったことを、最も明確に示した列車ではないでしょうか。 ■機関車が替わる、客車列車の旅上野~青森間はEF81形、後にEF510形。青森~函館間はED79形。函館~札幌間はDD51形の重連。 行程に合わせて機関車を交換し、北を目指しました。 機関車が連結される音。発車時、後方へ一両ずつ伝わる衝動。客車の軽快なジョイント音。 最新鋭でありながら、客車列車の旅情を最後まで残したこと。そこにも、カシオペアの特別さがありました。 ■二度迎えた終幕2016年3月。北海道新幹線開業に伴い、上野~札幌間の寝台特急としての運行を終了。 同年6月からは「カシオペアクルーズ」「カシオペア紀行」として復活し、東日本各地を走り続けます。 そして2025年6月30日。E26系は営業運転を終了しました。 1号車スロネフE26形は、大宮駅西口の「(仮称)桜木PPJ」へ移設、展示される予定です。 ■憧れの、その先へ青い客車ではない。14系でも、24系でもない。 それでも、この連載で辿ってきたのは、単なる"青い客車の歴史"ではありません。...

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【憧れのブルトレ Vol.8】JR発足後唯一の24系「夢空間」。次世代寝台列車の模索(1989年)

【憧れのブルトレ Vol.8】JR発足後唯一の24系「夢空間」。次世代寝台列車の模索(1989年)

<"車両の形をした建築物"として生まれた、3両の夢> 前回(Vol.7)は、寝台列車の"カジュアル化"の先駆けたる、レガートシート車をご紹介しました。 今回はその対極、"豪華"の極みを模索した3両の客車、「夢空間」を取り上げます。 ■博覧会でデビューした異色の経歴夢空間が誕生したのは、1989年(平成元年)。 次世代寝台車両の方向性を探るため、JR東日本が製造した、わずか3両の豪華客車です。 特筆すべきは、そのデビューの舞台が、"線路の上"ではなかったこと。 同年開催の横浜博覧会(YES'89)の最寄り駅桜木町駅前の自社展示ブース「夢空間'89」にて、"車両の形をした建築物"として展示されたのが、夢空間のお披露目でした。 誕生前年の1988年に来日した、「オリエント・エクスプレス '88」の設計思想を参考に、内装・外部塗色とも、1両ごとに独自の意匠が凝らされています。 ■百貨店がデザインした客車夢空間を語る上で外せないのが、その異色のデザイン、製造体制。 ・デラックススリーパー(オロネ25 901) 製造:日本車輌製造/内装:髙島屋 2人用個室「エクセレントスイート」1室、 「スーペリアツイン」2室。 全室にバスルーム付き。定員はわずか6名。 ・ラウンジカー(オハフ25 901) 製造:富士重工業/内装:松屋 バーラウンジに、自動演奏装置付きピアノを設備。 ・ダイニングカー(オシ25 901) 製造:東急車輛製造/内装:東急百貨店 最後尾に連結される展望室付きの食堂車。 車両メーカーと百貨店がタッグを組み、1両ずつ異なる世界観を作り込む。"走るホテル"ならぬ、"走るおもてなし空間"の創造に業界の垣根を越えて手を携えた歴史です。 ■JR発足後、最初で最後の24系夢空間は自車に電源装置を持たないため、単独では走れず、24系や14系客車と併結して運行されました。 このため、車体構造・台車・サービス電源などの仕様は24系客車に合わせられており、形式もまた、24系。 つまり1989年に登場した夢空間の3両は、"JR発足後かつ、平成時代に新造された最初で最後の24系客車"ということになります。 他方、3両それぞれに"900番台"が区分されたのは、"24系"と言いつつ中身はまったくの別モノ、"新世代の車両であることへの意欲"を示した証左でしょう。 ■夢空間が遺したもの展示終了後は、「夢空間北斗星」をはじめとする団体専用列車や臨時列車で活躍。 1992年の年末には、テレビ番組の企画で九州へ乗り入れた実績も。 2008年3月をもって営業運転を終了しましたが、その設計手法は、後の「カシオペア」ことE26系客車へと確かに受け継がれました。 ■そして2026年、夢空間は今も現役 引退から18年。夢空間は現在、3両すべてが解体を免れ、今なお"現役"で活躍しています。 デラックススリーパーは、東京・木場のレストラン「アタゴール」として、長らく親しまれています。 そしてラウンジカーとダイニングカーの2両にも、つい先日、新たな動きがありました。 埼玉・ららぽーと新三郷での展示を経て、今年(2026年)、東京都清瀬市の清瀬市立中央公園へと移設。 この4月末より、レストランとして営業を開始したばかりです。...

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【憧れのブルトレ Vol.8】JR発足後唯一の24系「夢空間」。次世代寝台列車の模索(1989年)

<"車両の形をした建築物"として生まれた、3両の夢> 前回(Vol.7)は、寝台列車の"カジュアル化"の先駆けたる、レガートシート車をご紹介しました。 今回はその対極、"豪華"の極みを模索した3両の客車、「夢空間」を取り上げます。 ■博覧会でデビューした異色の経歴夢空間が誕生したのは、1989年(平成元年)。 次世代寝台車両の方向性を探るため、JR東日本が製造した、わずか3両の豪華客車です。 特筆すべきは、そのデビューの舞台が、"線路の上"ではなかったこと。 同年開催の横浜博覧会(YES'89)の最寄り駅桜木町駅前の自社展示ブース「夢空間'89」にて、"車両の形をした建築物"として展示されたのが、夢空間のお披露目でした。 誕生前年の1988年に来日した、「オリエント・エクスプレス '88」の設計思想を参考に、内装・外部塗色とも、1両ごとに独自の意匠が凝らされています。 ■百貨店がデザインした客車夢空間を語る上で外せないのが、その異色のデザイン、製造体制。 ・デラックススリーパー(オロネ25 901) 製造:日本車輌製造/内装:髙島屋 2人用個室「エクセレントスイート」1室、 「スーペリアツイン」2室。 全室にバスルーム付き。定員はわずか6名。 ・ラウンジカー(オハフ25 901) 製造:富士重工業/内装:松屋 バーラウンジに、自動演奏装置付きピアノを設備。 ・ダイニングカー(オシ25 901) 製造:東急車輛製造/内装:東急百貨店 最後尾に連結される展望室付きの食堂車。 車両メーカーと百貨店がタッグを組み、1両ずつ異なる世界観を作り込む。"走るホテル"ならぬ、"走るおもてなし空間"の創造に業界の垣根を越えて手を携えた歴史です。 ■JR発足後、最初で最後の24系夢空間は自車に電源装置を持たないため、単独では走れず、24系や14系客車と併結して運行されました。 このため、車体構造・台車・サービス電源などの仕様は24系客車に合わせられており、形式もまた、24系。 つまり1989年に登場した夢空間の3両は、"JR発足後かつ、平成時代に新造された最初で最後の24系客車"ということになります。 他方、3両それぞれに"900番台"が区分されたのは、"24系"と言いつつ中身はまったくの別モノ、"新世代の車両であることへの意欲"を示した証左でしょう。 ■夢空間が遺したもの展示終了後は、「夢空間北斗星」をはじめとする団体専用列車や臨時列車で活躍。 1992年の年末には、テレビ番組の企画で九州へ乗り入れた実績も。 2008年3月をもって営業運転を終了しましたが、その設計手法は、後の「カシオペア」ことE26系客車へと確かに受け継がれました。 ■そして2026年、夢空間は今も現役 引退から18年。夢空間は現在、3両すべてが解体を免れ、今なお"現役"で活躍しています。 デラックススリーパーは、東京・木場のレストラン「アタゴール」として、長らく親しまれています。 そしてラウンジカーとダイニングカーの2両にも、つい先日、新たな動きがありました。 埼玉・ららぽーと新三郷での展示を経て、今年(2026年)、東京都清瀬市の清瀬市立中央公園へと移設。 この4月末より、レストランとして営業を開始したばかりです。...

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【憧れのブルトレ Vol.7】工夫が光る、レガートシート車の登場(1990年)

【憧れのブルトレ Vol.7】工夫が光る、レガートシート車の登場(1990年)

<各社、寝台列車に対する考え方が多様化していった時期> レガートシート車と言えば、寝台特急「あかつき」に組み込まれた普通車指定席の、それ単体で見れば、ブルートレインと言うより、"ムーンライト"、または夜行バス的な要素を持った"寝台列車カジュアル化"の先駆けとも言えますが。 1988年の北斗星や、その後のトワイライトエクスプレスと言ったいわゆる"豪華寝台列車"は1989年に登場、他方、"あかつき"においてレガートシート車を組み込んで運行開始したのが1990年ということを鑑みると、"寝台列車そのものの在り方"について議論が交わされていた年代にあって、一方的に"高付加価値を提供する寝台列車"へとトレンドが集約されていったのではなく一移動手段として、"寝台特急"に持たせる役割に"多様性"が、言い換えるならば"工夫"がなされていった年代と申せましょう。 京阪神~九州間夜行特急の祖にして、最後まで残ったブルートレイン、"あかつき"。 伝統や歴史を頑なに守り続ける"こだわり"より、時代の変化に合わせて、進化し続ける姿勢が"あかつき"の寿命を全うさせたのかもしれません。 最も、国鉄(それを継承するJR)にあって、"寝台特急"は、歴代優等列車群の中でも、格式高く伝統的な列車とも言え、そういった狭間にあって伝統と革新を調和させつつ未来への足掛かりとして"その一歩"を踏み出したのは。 "国鉄からJRに変わったこと"そのものを象徴する出来事の"ひとつ"だったと捉えています。 (Mr.DIMER編集長)

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【憧れのブルトレ Vol.7】工夫が光る、レガートシート車の登場(1990年)

<各社、寝台列車に対する考え方が多様化していった時期> レガートシート車と言えば、寝台特急「あかつき」に組み込まれた普通車指定席の、それ単体で見れば、ブルートレインと言うより、"ムーンライト"、または夜行バス的な要素を持った"寝台列車カジュアル化"の先駆けとも言えますが。 1988年の北斗星や、その後のトワイライトエクスプレスと言ったいわゆる"豪華寝台列車"は1989年に登場、他方、"あかつき"においてレガートシート車を組み込んで運行開始したのが1990年ということを鑑みると、"寝台列車そのものの在り方"について議論が交わされていた年代にあって、一方的に"高付加価値を提供する寝台列車"へとトレンドが集約されていったのではなく一移動手段として、"寝台特急"に持たせる役割に"多様性"が、言い換えるならば"工夫"がなされていった年代と申せましょう。 京阪神~九州間夜行特急の祖にして、最後まで残ったブルートレイン、"あかつき"。 伝統や歴史を頑なに守り続ける"こだわり"より、時代の変化に合わせて、進化し続ける姿勢が"あかつき"の寿命を全うさせたのかもしれません。 最も、国鉄(それを継承するJR)にあって、"寝台特急"は、歴代優等列車群の中でも、格式高く伝統的な列車とも言え、そういった狭間にあって伝統と革新を調和させつつ未来への足掛かりとして"その一歩"を踏み出したのは。 "国鉄からJRに変わったこと"そのものを象徴する出来事の"ひとつ"だったと捉えています。 (Mr.DIMER編集長)

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【憧れのブルトレ Vol.6】"ブルーじゃない!ブルートレイン"、TwilightExpressの登場(1989年)

【憧れのブルトレ Vol.6】"ブルーじゃない!ブルートレイン"、TwilightExpres...

<ブルーでなくなった、濃緑の豪華寝台特急現る> トワイライトエクスプレス(TwilightExpress)と聞けば、 "瑞風"の方を思い浮かべる方が多数派になってしまったかもしれません。 今(2026年)からおよそ10年前、 2016年に完全引退した"トワイライトエクスプレス"は、 24系25形客車を種車とした、列車専用の装備・外装を備え、 文字通り"豪華寝台列車"の一翼を担った客車特急です。 ■北斗星を越えた?西日本の"ブルートレイン" 始まりは、旅行会社によるツアー商品に組み込まれる形態で、 団体専用列車として誕生した、"トワイライトエクスプレス"。 旅行商品の一種であったため、 一般に向けた特急券や寝台券が発売されることはありませんでしたが、 1989年7月の登場、その僅か5か月後には、 臨時列車として一般販売を開始しています。 全行程1,495.7km。(下り行程、上り行程は1,508.5km) 国鉄分割民営化後の、 JRとしては、日本一の営業キロ、 大阪~札幌間をおよそ22時間で結ぶ "JR史上最長距離を走る列車"でもありました。 ■惜しまれつつ引退 豪華寝台特急の一つとして、人気を博したトワイライトエクスプレス。 しかし、種車となった24系25形客車自体の老朽化ほか、 北海道新幹線開業に伴う青函トンネルの電圧変更で事実上通行不可、 また、新幹線並行在来線の第三セクター化により、 要設備改修、様々の手続き事項が複雑化したことも 廃止の理由に挙げられ、 遂に2015年春の3月12日、最終列車の運行をもって運転を終了しました。 ■「特別なトワイライトエクスプレス」 臨時列車として2015年3月まで運転された "トワイライトエクスプレス"ですが、...

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<ブルーでなくなった、濃緑の豪華寝台特急現る> トワイライトエクスプレス(TwilightExpress)と聞けば、 "瑞風"の方を思い浮かべる方が多数派になってしまったかもしれません。 今(2026年)からおよそ10年前、 2016年に完全引退した"トワイライトエクスプレス"は、 24系25形客車を種車とした、列車専用の装備・外装を備え、 文字通り"豪華寝台列車"の一翼を担った客車特急です。 ■北斗星を越えた?西日本の"ブルートレイン" 始まりは、旅行会社によるツアー商品に組み込まれる形態で、 団体専用列車として誕生した、"トワイライトエクスプレス"。 旅行商品の一種であったため、 一般に向けた特急券や寝台券が発売されることはありませんでしたが、 1989年7月の登場、その僅か5か月後には、 臨時列車として一般販売を開始しています。 全行程1,495.7km。(下り行程、上り行程は1,508.5km) 国鉄分割民営化後の、 JRとしては、日本一の営業キロ、 大阪~札幌間をおよそ22時間で結ぶ "JR史上最長距離を走る列車"でもありました。 ■惜しまれつつ引退 豪華寝台特急の一つとして、人気を博したトワイライトエクスプレス。 しかし、種車となった24系25形客車自体の老朽化ほか、 北海道新幹線開業に伴う青函トンネルの電圧変更で事実上通行不可、 また、新幹線並行在来線の第三セクター化により、 要設備改修、様々の手続き事項が複雑化したことも 廃止の理由に挙げられ、 遂に2015年春の3月12日、最終列車の運行をもって運転を終了しました。 ■「特別なトワイライトエクスプレス」 臨時列車として2015年3月まで運転された "トワイライトエクスプレス"ですが、...

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【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

<日本初の豪華寝台特急の冠、機関車も北斗星専用色> 青函トンネルの開業で、 北海道と本州が一つの線路で結ばれ、 東京(上野)~北海道(札幌)間を、乗り換えなしで結ぶようになった 寝台特急「北斗星」は、 1988年3月13日に登場しました。 移動手段としての寝台列車(夜行列車)というより、 ブルートレイン本来のコンセプト"走るホテル"をまさに体現した、 "ブルートレイン北斗星そのもの"を楽しむ目的の利用客も多く、 東北新幹線や航空路線が整備された中でも、 25年以上に亘って需要が衰えぬ人気列車だったと申せましょう。 ■豪華客車のオンパレード 牽引機すら、北斗星マークを付けた専用のEF81形(運行開始当初)からして、 その気合の入りように、北斗星に向けた期待を感じますが、 12両(1両は電源車)で組成される客車編成は、 辛うじて開放式B寝台車を備えるものの、編成中僅か3両。 その他は、 A寝台1人用個室「ロイヤル」、 A寝台2人用個室「ツインデラックス」、 B寝台1人用個室「ソロ」、 B寝台2人用個室「デュエット」、 ロビーカー、 食堂車「グランシャリオ」 と言った個性的かつ豪華な客車で構成され、 まさに冒頭の"走るホテル"もとい、"走るグランドホテル"と言っても 過言ではない陣容の編成でした。 大変な人気を誇った"北斗星"でしたが、 北海道新幹線開通に向けての青函トンネル等工事や試験走行の開始、 そしてなにより、北斗星客車、24系25形の老朽化を鑑みて、 2015年3月14日のダイヤ改正をもって廃止する方針が報道、...

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【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

<日本初の豪華寝台特急の冠、機関車も北斗星専用色> 青函トンネルの開業で、 北海道と本州が一つの線路で結ばれ、 東京(上野)~北海道(札幌)間を、乗り換えなしで結ぶようになった 寝台特急「北斗星」は、 1988年3月13日に登場しました。 移動手段としての寝台列車(夜行列車)というより、 ブルートレイン本来のコンセプト"走るホテル"をまさに体現した、 "ブルートレイン北斗星そのもの"を楽しむ目的の利用客も多く、 東北新幹線や航空路線が整備された中でも、 25年以上に亘って需要が衰えぬ人気列車だったと申せましょう。 ■豪華客車のオンパレード 牽引機すら、北斗星マークを付けた専用のEF81形(運行開始当初)からして、 その気合の入りように、北斗星に向けた期待を感じますが、 12両(1両は電源車)で組成される客車編成は、 辛うじて開放式B寝台車を備えるものの、編成中僅か3両。 その他は、 A寝台1人用個室「ロイヤル」、 A寝台2人用個室「ツインデラックス」、 B寝台1人用個室「ソロ」、 B寝台2人用個室「デュエット」、 ロビーカー、 食堂車「グランシャリオ」 と言った個性的かつ豪華な客車で構成され、 まさに冒頭の"走るホテル"もとい、"走るグランドホテル"と言っても 過言ではない陣容の編成でした。 大変な人気を誇った"北斗星"でしたが、 北海道新幹線開通に向けての青函トンネル等工事や試験走行の開始、 そしてなにより、北斗星客車、24系25形の老朽化を鑑みて、 2015年3月14日のダイヤ改正をもって廃止する方針が報道、...

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