鉄道員としての生き方

鉄道員としての生き方

マイミー

本日は元乗務員としての視点から。
以前も記事にした事がありましたが、
昨今、乗務員の休憩時間について世間で大きな議論が起きています。

「乗務員に休憩を取らせるため、列車を運休する。」
そんな言葉がニュースになる時代になりました。

私が鉄道員だった頃は、そんな発想すらありませんでした。

誤通過、オーバーラン、早発。

どんなに小さなミスでも責任問題。
事故が起きれば乗務員の責任。

ダイヤが乱れれば休憩なんて消え去るのが当たり前でした。

低賃金、重労働。

昔は乗務中トイレに行くことすらためらう空気があり、
オムツを履く運転士もいた程。

発熱しても「這ってでも出勤しろ」。

乗務員問わず勤務に穴を開ければ「欠場」と呼ばれ、
区内では白い目で見られ、評価にも響く。
周りの非番の人間や、休みの人間が駆り出される。

寝坊など論外。

まるで犯罪者のような扱いを受けることさえありました。

だからこそ、会社が「休憩を確保できないなら運休する」という判断を本当に下すのであれば、それは乗務員にとって大きな前進だと思います。

“心の余裕が、安全に直結する"

AI技術が進歩し、自動運転が現実味を帯びる今。
いつか「運転士」という職業そのものが姿を変える日が来るのかもしれません。

それでも、今この瞬間も全国のどこかで、
時間を守り、人の命を守り、
人々の大切な財産を守るために、
緊張感の中でハンドルを握り続けている鉄道員がいます。

列車が何事もなく目的地へ到着する。
それは「当たり前」ではありません。

その当たり前は、誰かの責任感と努力、そして見えない犠牲の上に成り立っています。

だから私は、今も現場で戦い続けるすべての鉄道員へ。
心からの敬意と、感謝を送りたいと思います。

(マイミー)

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