Mr.DIMER Journal

【特集、去り行く東海顔 vol.13】やさしい顔・怒った顔"113系"

【特集、去り行く東海顔 vol.13】やさしい顔・怒った顔"113系"

"東海顔拡大期"に当たる、 修学旅行専用155系、159系、 交直両用近郊型電車401系登場の先、111系デビューを境に、 それまでの低運転台型から、高運転台型へ、 今日の東海顔完成系として漸く(ようやく)定着してきた頃、 新たな変化、形態差が現れるようになります。 ■シールドビーム車の登場と台頭 1963年の113系登場から程なく、 1972年頃、 大型の白熱灯を経て、より遠くを照らし視認性を向上させたシールドビームが誕生。 後にデカ目、と愛称される原形ライト車と比較すると、前照灯の大きさが全く異なり、表情が変化しました。 従来の白熱灯装備車もシールドビームによる視認性・整備性が高いことから、後に改造工事を施されることになります。 原形車とシールドビーム車では、タイフォンの位置も違うため、 新製当初からシールドビームであるか、 改造を経てのソレになったかどうかは一目で見分けが付く訳です。 ■踏切事故による前面強化 前照灯の形状変更は、外見変化に大きなインパクトを与えましたが、 この後に起きる事故を契機として更なる変化が生まれることとなります。 小見出しの通り、 1992年のこと。 JR東日本 成田線大菅踏切で発生した大型ダンプカーとの衝突事故により、運転士が死亡。 大惨事となってしまいました。 これを受けてJR東日本は、 鉄道踏切事故対策の強化を図る上で、 前面強化対策、 また、 車両同士が衝突した際、台枠を超えて先頭車が客室へと食い込まないよう溯上対策を行います。 前面強化対策は、 厚みのある鉄板で正面窓下を覆うように貼り付け。...

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【特集、去り行く東海顔 vol.13】やさしい顔・怒った顔"113系"

"東海顔拡大期"に当たる、 修学旅行専用155系、159系、 交直両用近郊型電車401系登場の先、111系デビューを境に、 それまでの低運転台型から、高運転台型へ、 今日の東海顔完成系として漸く(ようやく)定着してきた頃、 新たな変化、形態差が現れるようになります。 ■シールドビーム車の登場と台頭 1963年の113系登場から程なく、 1972年頃、 大型の白熱灯を経て、より遠くを照らし視認性を向上させたシールドビームが誕生。 後にデカ目、と愛称される原形ライト車と比較すると、前照灯の大きさが全く異なり、表情が変化しました。 従来の白熱灯装備車もシールドビームによる視認性・整備性が高いことから、後に改造工事を施されることになります。 原形車とシールドビーム車では、タイフォンの位置も違うため、 新製当初からシールドビームであるか、 改造を経てのソレになったかどうかは一目で見分けが付く訳です。 ■踏切事故による前面強化 前照灯の形状変更は、外見変化に大きなインパクトを与えましたが、 この後に起きる事故を契機として更なる変化が生まれることとなります。 小見出しの通り、 1992年のこと。 JR東日本 成田線大菅踏切で発生した大型ダンプカーとの衝突事故により、運転士が死亡。 大惨事となってしまいました。 これを受けてJR東日本は、 鉄道踏切事故対策の強化を図る上で、 前面強化対策、 また、 車両同士が衝突した際、台枠を超えて先頭車が客室へと食い込まないよう溯上対策を行います。 前面強化対策は、 厚みのある鉄板で正面窓下を覆うように貼り付け。...

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【特集、去り行く東海顔 vol.12】現存する東海顔を整理します

【特集、去り行く東海顔 vol.12】現存する東海顔を整理します

1958年に誕生した153系に始まり、 国鉄型車両において一大ファミリーを築き上げた東海形(東海顔)一家。 本連載も数えること12回、 執筆の原動力となったのは、 この東海顔車両が刻一刻と完全引退へと向かっている、という事実に向き合い、 まだ、現役だからこそ残せるより正確な情報を発信していきたい、とした考えに基づいたものです。 さて、本連載を執筆するにあたり、鮮やかなカラー写真、資料に触れる内、 にわかに、「東海顔車両が未だバリエーション豊かに全国を走り回っているのでは?」 という錯覚に陥ってしまいました。 しかし、実際のところ、東海顔を持つのは、 形式数も車両数も風前の灯... 改めて、本連載の読者様。 読んで楽しんで頂くのは、本心からありがたいのですが ぜひこの機会に、一度実際に走る列車に乗りに行ってもらえないか? そういう思いで、 本回は、 現存する東海顔編としてお届けするという考えに至りました。 是非ご検討下さい。 〈北海道地区〉 ・711系を最後に消滅(北海道地区は最初で最後の東海顔) 〈東日本地区〉 ・115系を最後に消滅(2022年3月、新潟地区) ・しなの鉄道115系残存 〈東海地区〉 ・床下グレーが特徴の113系・115系を最後に消滅(2007年) 〈西日本地区〉 ・福知山地区 113系 ・岡山地区、下関地区の115系 ・あいの風とやま鉄道 413系 ・えちごトキめき鉄道 413系・455系...

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【特集、去り行く東海顔 vol.12】現存する東海顔を整理します

1958年に誕生した153系に始まり、 国鉄型車両において一大ファミリーを築き上げた東海形(東海顔)一家。 本連載も数えること12回、 執筆の原動力となったのは、 この東海顔車両が刻一刻と完全引退へと向かっている、という事実に向き合い、 まだ、現役だからこそ残せるより正確な情報を発信していきたい、とした考えに基づいたものです。 さて、本連載を執筆するにあたり、鮮やかなカラー写真、資料に触れる内、 にわかに、「東海顔車両が未だバリエーション豊かに全国を走り回っているのでは?」 という錯覚に陥ってしまいました。 しかし、実際のところ、東海顔を持つのは、 形式数も車両数も風前の灯... 改めて、本連載の読者様。 読んで楽しんで頂くのは、本心からありがたいのですが ぜひこの機会に、一度実際に走る列車に乗りに行ってもらえないか? そういう思いで、 本回は、 現存する東海顔編としてお届けするという考えに至りました。 是非ご検討下さい。 〈北海道地区〉 ・711系を最後に消滅(北海道地区は最初で最後の東海顔) 〈東日本地区〉 ・115系を最後に消滅(2022年3月、新潟地区) ・しなの鉄道115系残存 〈東海地区〉 ・床下グレーが特徴の113系・115系を最後に消滅(2007年) 〈西日本地区〉 ・福知山地区 113系 ・岡山地区、下関地区の115系 ・あいの風とやま鉄道 413系 ・えちごトキめき鉄道 413系・455系...

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【特集、去り行く東海顔 vol.11】"たった2両のみ"製造、473系

【特集、去り行く東海顔 vol.11】"たった2両のみ"製造、473系

1962年、金沢地区向け交流60Hz対応、 交直両用急行型電車として誕生した471系の 出力強化版として、1965年に登場した473系。 同車の東北本線急行電車、常磐線準急列車向け50Hzバージョン"453系"は、 電動車21ユニット42両の製造がなされた一方で、 473系に至っては程なく、 抑速ブレーキ搭載の 475系電車へ製造が移行したため、 1ユニット2両のみの製造に留まりました。 しかも、21年後の1986年には、近郊型車両への改造により消滅した、 少数派かつ、短命な形式だったと申せましょう。 本日のサムネイルは、413系 B11編成。 473系とどう関係するのか?というお話ですが、 これは、1986年に行われた413系への改造により組成された"第2の人(車)生"の姿。 急行型車両の晩年は、格下げ運用や、近郊型車両への改造により、 新たな活躍の場を与えられ、 ほかの車両と同様の処置を受けましたが、 473系を種車とした413系に限り、100番台を名乗っていました。 B11編成は、クハ455-702と、 この希少な473系から改造された413系100番台の組み合わせで、 趣味深い車両の一つだったと言えます。 当該編成は、 2022年9月に廃車回送されました。

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【特集、去り行く東海顔 vol.11】"たった2両のみ"製造、473系

1962年、金沢地区向け交流60Hz対応、 交直両用急行型電車として誕生した471系の 出力強化版として、1965年に登場した473系。 同車の東北本線急行電車、常磐線準急列車向け50Hzバージョン"453系"は、 電動車21ユニット42両の製造がなされた一方で、 473系に至っては程なく、 抑速ブレーキ搭載の 475系電車へ製造が移行したため、 1ユニット2両のみの製造に留まりました。 しかも、21年後の1986年には、近郊型車両への改造により消滅した、 少数派かつ、短命な形式だったと申せましょう。 本日のサムネイルは、413系 B11編成。 473系とどう関係するのか?というお話ですが、 これは、1986年に行われた413系への改造により組成された"第2の人(車)生"の姿。 急行型車両の晩年は、格下げ運用や、近郊型車両への改造により、 新たな活躍の場を与えられ、 ほかの車両と同様の処置を受けましたが、 473系を種車とした413系に限り、100番台を名乗っていました。 B11編成は、クハ455-702と、 この希少な473系から改造された413系100番台の組み合わせで、 趣味深い車両の一つだったと言えます。 当該編成は、 2022年9月に廃車回送されました。

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【特集、去り行く東海顔 vol.10】交直両用の急行型電車…451/471系

【特集、去り行く東海顔 vol.10】交直両用の急行型電車…451/471系

451・471・453・473・455・475、そして、457.... 余程これら系列に興味のない限り混乱を来しそうですが、 国鉄時代の名列車群を支えた急行型電車たちです。 商用周波数、走行線区特性に応じた装備等により 複雑になりがちな "交直両用形式"ですが、 401系ら"近郊型電車系列"の場合、 抑速ブレーキを装備していないのに対し、 "急行型電車系列"では、 抑速ブレーキ搭載車までもがラインナップに入る為、 より派生形式が多く、複雑さが深まります。 さて、本日は 153系をベースとした"交直両用版"急行型電車の祖、 451/471系(シリーズ)のご紹介。 ■東海形をベースとした交直両用急行型の登場 1950年代半ば以降の国鉄地方路線においては、 初期コストを低減できる交流電化が推進されました。 これに伴い、 在来の機関車牽引による客車や気動車を用いた急行列車を 電車化すべく、 また、 交流電化区間と、首都圏の直流電化区間に乗り入れることのできる、 "交直両用の急行型電車"が誕生することとなります。 東海形(東海顔)の元祖、 153系直流急行型電車の内装と外装をベースとしている様は、 まさに、153系直流急行型電車の "交直両用版"と申せましょう。 ■交直両用急行型電車ファミリー 同系列の基礎となる451/471系は、 先に登場した、101系、111系、153系の例に漏れず、...

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【特集、去り行く東海顔 vol.10】交直両用の急行型電車…451/471系

451・471・453・473・455・475、そして、457.... 余程これら系列に興味のない限り混乱を来しそうですが、 国鉄時代の名列車群を支えた急行型電車たちです。 商用周波数、走行線区特性に応じた装備等により 複雑になりがちな "交直両用形式"ですが、 401系ら"近郊型電車系列"の場合、 抑速ブレーキを装備していないのに対し、 "急行型電車系列"では、 抑速ブレーキ搭載車までもがラインナップに入る為、 より派生形式が多く、複雑さが深まります。 さて、本日は 153系をベースとした"交直両用版"急行型電車の祖、 451/471系(シリーズ)のご紹介。 ■東海形をベースとした交直両用急行型の登場 1950年代半ば以降の国鉄地方路線においては、 初期コストを低減できる交流電化が推進されました。 これに伴い、 在来の機関車牽引による客車や気動車を用いた急行列車を 電車化すべく、 また、 交流電化区間と、首都圏の直流電化区間に乗り入れることのできる、 "交直両用の急行型電車"が誕生することとなります。 東海形(東海顔)の元祖、 153系直流急行型電車の内装と外装をベースとしている様は、 まさに、153系直流急行型電車の "交直両用版"と申せましょう。 ■交直両用急行型電車ファミリー 同系列の基礎となる451/471系は、 先に登場した、101系、111系、153系の例に漏れず、...

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【特集、去り行く東海顔 vol.9】わずか半年?"まぼろしの"スカ色。

【特集、去り行く東海顔 vol.9】わずか半年?"まぼろしの"スカ色。

「横須賀線」を走る車両に、 "クリーム"&"青"へと塗り分けた塗装を「横須賀色」と呼び、 愛称がほぼ通称となった「スカ色」になるわけですが、 私たちの認識する(113系や115系の)スカ色が 登場の最初期だけ、 "湘南色塗分け"の"スカ色"だったことをご存じでしょうか。 本日は、愛すべきMr.DIMER読者の方から頂いたコメントに関連する記事をお届けします。 「幻のスカ色」。 ■The 国鉄色の二大巨塔、湘南色&スカ色 113系(111系)を代表する"国鉄色"といえば、 "湘南色"と上述の"スカ色"ですが、 双方カラーリングは、「塗分け位置」が微妙に異なることを、鉄道ファン界隈であれば、既知の事実であろうかと思います。 湘南色で言う所の"緑の部分の幅"が広く、"オレンジの部分"に当たるクリーム色の幅が、 湘南色のそれと比べて狭く、青色の部分の占有率が増え、重厚感のある見た目です。 長年、"スカ色"として親しまれたカラーリングであり、 最も、鉄道ファンにとっては、この塗分けそのものが"スカ色"でしかないわけですが、 このスカ色が、当時の"新性能電車"に展開されたのは、1965年4月の113系が始まり。 この際、本日のサムネイルのように、 湘南色塗分けの、スカ色が誕生したのです。 最も、この「湘南色塗分けの"スカ色"」は、同年秋口ごろから、現在までに親しまれたスカ色へと変化していくわけです。 ■なぜ塗分けは変更された? この、スカ色の塗分けルールが変更された肝心の理由ですが、 文献を調べられておらず、予測を述べるまでとなり恐縮次第ですが、 写真で比べてもらえれば何となく納得いただけるかも、 湘南色塗分けのスカ色は、膨張色になるクリームの占める部分が広く、さわやかな反面、ぼやっとした印象。 対して、のちの塗分けは、青色が主張しており、"きりっと引き締まった"印象と言えなくもありません。 当時の国鉄当局も、こういった見た目の部分を考慮して、塗分けを変更したのやも、知れません。

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【特集、去り行く東海顔 vol.9】わずか半年?"まぼろしの"スカ色。

「横須賀線」を走る車両に、 "クリーム"&"青"へと塗り分けた塗装を「横須賀色」と呼び、 愛称がほぼ通称となった「スカ色」になるわけですが、 私たちの認識する(113系や115系の)スカ色が 登場の最初期だけ、 "湘南色塗分け"の"スカ色"だったことをご存じでしょうか。 本日は、愛すべきMr.DIMER読者の方から頂いたコメントに関連する記事をお届けします。 「幻のスカ色」。 ■The 国鉄色の二大巨塔、湘南色&スカ色 113系(111系)を代表する"国鉄色"といえば、 "湘南色"と上述の"スカ色"ですが、 双方カラーリングは、「塗分け位置」が微妙に異なることを、鉄道ファン界隈であれば、既知の事実であろうかと思います。 湘南色で言う所の"緑の部分の幅"が広く、"オレンジの部分"に当たるクリーム色の幅が、 湘南色のそれと比べて狭く、青色の部分の占有率が増え、重厚感のある見た目です。 長年、"スカ色"として親しまれたカラーリングであり、 最も、鉄道ファンにとっては、この塗分けそのものが"スカ色"でしかないわけですが、 このスカ色が、当時の"新性能電車"に展開されたのは、1965年4月の113系が始まり。 この際、本日のサムネイルのように、 湘南色塗分けの、スカ色が誕生したのです。 最も、この「湘南色塗分けの"スカ色"」は、同年秋口ごろから、現在までに親しまれたスカ色へと変化していくわけです。 ■なぜ塗分けは変更された? この、スカ色の塗分けルールが変更された肝心の理由ですが、 文献を調べられておらず、予測を述べるまでとなり恐縮次第ですが、 写真で比べてもらえれば何となく納得いただけるかも、 湘南色塗分けのスカ色は、膨張色になるクリームの占める部分が広く、さわやかな反面、ぼやっとした印象。 対して、のちの塗分けは、青色が主張しており、"きりっと引き締まった"印象と言えなくもありません。 当時の国鉄当局も、こういった見た目の部分を考慮して、塗分けを変更したのやも、知れません。

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【特集、去り行く東海顔 vol.8】直流近郊型電車の決定版"111系"

【特集、去り行く東海顔 vol.8】直流近郊型電車の決定版"111系"

橙と緑色の「湘南色」を纏い、 いわゆる"かぼちゃ電車"の愛称で親しまれた113系は正に、 国鉄直流近郊型電車の決定版でありつつ、また"東海顔家系"の中で最も量産された車両と言えますが、 本日の東海顔特集は、 113系登場の元となった"111系"のご紹介。 ■401系に続く近郊型電車の直流版 111系。 1962年、153系を基とする"東海顔"をベースとして、 401系で初採用された"片側両開き3ドア構造"を持つ、 今日の直流近郊型電車に続くまでの基本となる体系を構築した、 国鉄型車両を語る上で外すことのできない形式です。 国鉄新性能電車群の一つとして数えられ、 "新性能電車向け"に初めて採用された電動機、MT46系モーターを搭載しました。 ■113系へのバトンタッチ 電動車を含む111系としては、製造開始からまもない1964年に、 MT46の高出力版となるMT54モーターを搭載した113系へと発展するわけですが、 出力に直接関係のない制御車・中間車は引き続き111系の性能に不足がないため 113系にバトンタッチした後でも実質的に111系列が製造され続けました。 ■111系としての終の住処は四国 上述の通り、113系に紛れ111系は活躍し続けたわけですが、 それはあくまでも111系として、ではなく113系として認知。 「オール111系」 と言える体系は、電動車を含めて1962年から1964年初までに製造された車両で構成された編成を指しますが、 その111系としての最後は四国・瀬戸大橋線での活躍でした。 湘南色がよく似合う111系ですが、 白色の車体に水色のストライプが爽やかな四国色は 異色ながらも良く似合っていました。 ■後継6000系の登場へ 四国においての111系は、当時在籍した他の普通列車向け車両が、 「瀬戸大橋線入線不可」(設備面における安全保安上)...

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【特集、去り行く東海顔 vol.8】直流近郊型電車の決定版"111系"

橙と緑色の「湘南色」を纏い、 いわゆる"かぼちゃ電車"の愛称で親しまれた113系は正に、 国鉄直流近郊型電車の決定版でありつつ、また"東海顔家系"の中で最も量産された車両と言えますが、 本日の東海顔特集は、 113系登場の元となった"111系"のご紹介。 ■401系に続く近郊型電車の直流版 111系。 1962年、153系を基とする"東海顔"をベースとして、 401系で初採用された"片側両開き3ドア構造"を持つ、 今日の直流近郊型電車に続くまでの基本となる体系を構築した、 国鉄型車両を語る上で外すことのできない形式です。 国鉄新性能電車群の一つとして数えられ、 "新性能電車向け"に初めて採用された電動機、MT46系モーターを搭載しました。 ■113系へのバトンタッチ 電動車を含む111系としては、製造開始からまもない1964年に、 MT46の高出力版となるMT54モーターを搭載した113系へと発展するわけですが、 出力に直接関係のない制御車・中間車は引き続き111系の性能に不足がないため 113系にバトンタッチした後でも実質的に111系列が製造され続けました。 ■111系としての終の住処は四国 上述の通り、113系に紛れ111系は活躍し続けたわけですが、 それはあくまでも111系として、ではなく113系として認知。 「オール111系」 と言える体系は、電動車を含めて1962年から1964年初までに製造された車両で構成された編成を指しますが、 その111系としての最後は四国・瀬戸大橋線での活躍でした。 湘南色がよく似合う111系ですが、 白色の車体に水色のストライプが爽やかな四国色は 異色ながらも良く似合っていました。 ■後継6000系の登場へ 四国においての111系は、当時在籍した他の普通列車向け車両が、 「瀬戸大橋線入線不可」(設備面における安全保安上)...

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