【ちょび髭】を蓄えた"100系新幹線"のお話

【ちょび髭】を蓄えた"100系新幹線"のお話

編集長

「100系新幹線電車」と言えば、
"団子鼻"と称された愛らしい表情の先代と比べて、
先鋭的な「サメの鼻」、いわゆる"シャークノーズ"を持った
初代0系新幹線の後継車にふさわしい、
アヴァンギャルドな意匠の車両です。

国鉄末期となる1985年登場。

66編成、都合1,056両が製造され、
国鉄の経営状況、労使問題などから、
新型車両の開発がままならず、
「0系を0系で置き換える」と言う状況が長らく続いていた上での誕生、
20年振り。
まさに"待望の"ニュー新幹線として歓迎されました。

■ちょび髭を蓄えた100系先頭車?
ここで言う"ちょび髭"とは、
一部の先頭車"非常用連結器カバー下"
に設けられた"ルーバー"のこと。

先頭車が制御電動車化された3000番台、
主電動機の「冷却用空気取入口」がその"ちょび髭"の正体です。

3000番台は、
上述の通り、
100系の中でも、
最も豪華な100系と申しても良いでしょう、
100N系と称された「グランドひかり」V編成用に登場した番台区分。

「グランドひかり」における最大の特長、"ダブルデッカー4両"は付随車故、
先頭車を電動化しなければ、M車比率が下がり、必要な性能を確保できないことから。

国鉄分割民営化後の、
山陽新幹線シェア拡大に力を注いだ、新生・JR西日本が威信をかけて開発した車両であり、
国鉄およびJR東海の100系とは"別形式"(書類上)とされるほど、
JR西日本独自の設計に依っています。

■最盛期から晩年までを見据えた"3000番台"
100系の中でも特に花形を誇った3000番台ですが、
一方で晩年を見据えて設計された車両でもあったと言えます。

将来、後継車両が誕生した際、
短編成化して「こだま」として運行することを見据えると、
両先頭車が付随車(無動力車)では、性能面に不足が。

先頭車を制御電動車化することで、
オールM編成(全電動車)を組むことが容易になり、
その後の山陽新幹線「こだま」の主力編成として、第2の人生(車生)を全うしました。

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