【時代は廻る】車両更新の"ジンクス"
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201系の記事から始まり、
その後継車両について何本か書いてきましたが、
最近Xで「なるほどな」と思う言葉を見かけました。
それは、
「新車が投入されるたび、鉄道ファンにとって、
その車両は好きだった車両を駆逐した”敵”になる。」
というもの。
確かにその通りなんですよね。
時代は流れ、技術は進歩する。
老朽化した車両は、新しい車両へ置き換わる。
それは鉄道に限らず、世の中の当たり前の流れです。
でも、ここで一つ興味深いと思ったのが、
今、惜しまれている"旧型車両"も、
デビューした当時は、
さらに古い車両を置き換えてきた張本人だったということです。
つまり、
どの時代にも「新車=悪者」という構図が生まれ、
そして数十年後には、
その"悪者"だった新車が「名車」と呼ばれ、
今度は後継車に追われる立場になる。
この繰り返しなんですね。
編集長が長いこと執筆の題材としている
東海顔(113系や115系の顔)も、
今では多くのファンに愛され、
一挙手一投足が注目される存在です。
直近では、山口・下関地区の227系登場に伴い、
置換え観測が濃厚に。
その寂しさはより一層際立ちました。
ですが、その東海顔も登場した頃は、
湘南顔を次々と置き換えていった”新車”でした。
つまり当時は、今の227系と同じ立場だったわけです。
時代は、廻っているとつくづく感じます。
人気の"国鉄型"機関車も、
EF64を置き換えたEH200。
EF65・EF66・EF81を置き換えた
EF210・EF510・EH500。
DD51を置き換えたDD200やDF200。
DE10を置き換えたHD300。
挙げ始めればキリがありません(笑)。
そして、きっと数十年後。
今「味気ない」「個性がない」と言われる車両たちも、
「昔は良かったなぁ。」
「やっぱりあの音が最高だった。」
「引退なんて信じられない。」
そんなふうに語られる日が必ず来るのでしょう。
私は鉄道ファンとして
"思い出"との別れが寂しいだけなのかもしれません。
だから新しい車両は受け入れられにくいのかもしれません。
ですが、
その車両もまた、誰かの青春となり、
思い出となり、
次の世代から惜しまれる存在になる。
だからこそ、今目の前を走っている"当たり前"の景色も、
いつか二度と見られない"特別な景色"になる。
時代は廻る。
そして鉄道ファンは、
その時代ごとに同じ寂しさと、
同じ感動を繰り返していくのかもしれませんね。





