【国鉄が儲かっていたら】401系は411系に改番されていた?

【国鉄が儲かっていたら】401系は411系に改番されていた?

編集長

401系が
ここ3、40年で捉えるところ(括るに長すぎだろ)、
"なぜ通勤形電車の形式"を
"近郊形電車が名乗っているのか"、
その疑問について
先日お伝えした通りですが、

本回は401系が
"後に411系になり損ねた理由"のお話。

"常磐快速線の土浦延伸"。

これは、国鉄時代に計画され、
のち、
国鉄の財政逼迫により実現がなされなかった延伸計画です。

この、常磐線土浦延伸に際しては
"通勤形電車"の交直両用対応が必要となり
その場合、
形式名をつけるならば、
「401系」
が順当な系列と申せましょう。

すでに附番されている形式名を改称することは
現代ではあまり考えにくいところですが

過去、国鉄時代においては形式称号規則の改正(制定)などで、
形式名が丸ごと改称されることは珍しくなく、
本件もそのような例に事実上、則る計画であったことが伺えます。

1960~1970年代頃、
十の位、0を通勤形、
1~2を近郊形形式に事実上整理された前例を以て、
401系を411系に。

そして、
103系然とする車両タイプの交直両用版を
"401系"にきれいに収める、
こういう立て付けが思い浮かべられましょう。

実際のところ、
常磐快速線延伸は"計画倒れ"に終わり、
実現しなかった為、
401系は後の"通勤形"が名乗る十の位が"0"のまま、
形式消滅まで
迎えることになるわけですが、
国鉄における車両形式規則の
"原案"
を順当に最後まで守った形式と言えます。

さて、
この401系の411系化計画、
これを裏付ける証左としては、
1971年に誕生する415系において、
クハ411が300番台を付号したことが挙げられます。

この時点で、
401/403、421/423系を総括し、
411系へと取りまとめ、
かくして1960年代以降、
事実上の慣例となりつつあった、
"交直両用近郊形電車"系列へと集約する。

その前提において
それまでの交直両用近郊形電車とは一線を画した、
いわば、
全く無関係ともいえる415系の付随車が
突然300番台を名乗る、と言う事実、
それこそが、
"系列集約への足掛かり"という認識です。

それは、
401系ファミリーの411系化が現実となった場合、
クハ401が415系のクハと番号被りを起こしてしまう。
(415系の付随車は411系と共通の形式とする大方針であった為)

そのために、
401系ファミリー出身であり、
後のクハ411が、411形0番台を名乗る為の"枠"を空けておいた。
と説明ができるわけです。

そう考えますと、
常磐快速線延伸の話が遠い古話(いにしえばなし)
となった1995年頃、
JR東日本形式の独自記号
"E"がついたものの、
"交直両用通勤形電車"たる"E501系"が誕生したのは。

長い年月を経てやっと
国鉄全盛期以降の"形式称号規則"における、
"交直両用通勤形電車"が名乗るべき形式に
"なるべくして襲名、なるほどきれいに収まった"。
(415系の後継形式となるべき417系・419系は再生車で払底してしまった)
と捉えることができ、

そしてさらに、
今度、JR九州が購入したE501系にあっては、
頭の"E"が外れて、
とうとう
純粋な"501系"を名乗るわけですから、
これはもう、
多感な幼少時分、
JR時代の真っ只中に生きつつ、
国鉄型車両ばかりに囲まれた私としては、
個人的に(!!!)
"激アツだ"。

勝手に思わせて貰っているのであります。

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