廃線跡探訪シリーズ(Vol.3)
マイミー共有
マイミーです。
たまたま出会った廃線跡と言う事で、
前回より飛んで今回は、
炭鉱、工業で栄えた九州北部。
福岡県京都郡苅田町にある、
小波瀬西工大前から海側苅田港へ伸びていた、
「苅田港線」
私が何故気付いたか。
これもたまたまなんですが、
国道10号を大分方面に向かっている時でした。
片側二車線の道路を進んでいると、
一瞬踏切を踏んだような音が聞こえたんです。
片側二車線の道路でそんなはずないと思い、
振り返ると、ちゃんと線路が横切ってました。
マイミーは仕事どころじゃない。
これなんだと一旦引き返してみると、
線路が日豊本線方面と苅田港方面に向かっている。
日豊本線方面は、
宅地開発が進み線路要地であったであろう敷地に、
住宅造成が始まっていました。
その宅地造成している真横を小波瀬西工大前方面に
向かうと線路こそ残っていないものの、
ちゃんと築堤が残っていました。
なんの専用線だろうと思い調べると、
2005年に休止、2016年に廃止になった、
「苅田港線」でした。
1944年に開通し、
全長約4.6km
主に石炭・セメント・工業製品輸送用として
苅田港への貨物輸送が目的で敷設されたようです。
晩年には日産自動車九州の完成車輸送なんかにも使われてたそうです。
苅田港方面は探検しに行く時間がなかったので、
次回大分方面に行った際に見てみたいと思います。
こんな感じでひょんな瞬間に出会える廃線跡って
廃線跡好きにはたまらんのです。
探検したくなる。
もう列車が来るわけでもないのに、
その現役時代を想像しながら探検する。
非常に心打たれるんですよね。
ここの苅田港線。
海へ伸びる専用線だけじゃなかったんです。
山側にもなんだか橋台みたいな遺構を
見つけました。
日豊本線を跨いで山側。
それは調べても資料が少なく、
ある資料には日本セメント(現・太平洋セメント)の
苅田専用線跡でした。
橋台跡から伸びる築堤しか遺構は残っておらず、
他に遺構を見つけることはできませんでしたが、
想像を掻き立てるとしては十分な廃線跡です。
調べていくと、あのエリアはかなりいっぱい専用線が存在したらしいです。
もしこの辺りに詳しい方いらっしゃったらコメントで教えてください!!
ではまた!



