【急行形も顔負け】V12大出力エンジンの咆哮響く、キハ66系気動車

【急行形も顔負け】V12大出力エンジンの咆哮響く、キハ66系気動車

編集長

<特急形気動車キハ181系に採用されたV12気筒エンジン搭載!ハイパワーが逆に仇?>

■キハ40系の始祖にあたる試作的要素の強い車両
1975年の山陽新幹線博多開業にあたって、
筑豊・北九州地区の新幹線連絡・輸送改善を目的として開発されたキハ66系気動車は、
1974年から75年までの1年間で、2両編成×15本、合計30両が製造された、
「近郊形に分類される車両」です。

ここで、「近郊形」と断言しないのは、
車内設備面では、
デッキこそ省略されたものの、
当時の国鉄車両としては先鋭的な採用となった転換クロスシートを装備。

性能面では、
キハ65形やキハ181系特急形気動車で採用された、大出力エンジンの改良型である、
ハイパワーなV12気筒エンジン(DML30HSH)を搭載。

それは、従来の急行形気動車である、
キハ58系を凌ぐ水準の客室設備・動力性能を有していたこと、
また、新製から5年となる1980年まで、急行列車にも使用されていた歴史に敬意を表しました。

国鉄の"意欲作"とも言える車両ですが、
僅か30両の製造に終わったのは、
当時の国鉄の財政事情と、
エンジンの整備性の悪さなどから敬遠されたもの。

エンジンは1993年に、整備性の高い、
新潟鐵工所製DMF13HZA型(直列6気筒)
の現代的なものに取り換えられています。

■塗装に現れた、"折衷形"の意欲作
国鉄内部でも、このキハ66系気動車開発にあたっては、
新しい取り組みとした位置付けだったのか、
「急行列車にも使える」という意味合いも込めてか、
新製当時は、一般形気動車の規定色、朱色4号とクリーム4号を用いつつ、
急行形の塗分けで登場。
その後、1978年の「車両塗色及び表記基準規定」改正によって、
急行形と同じ赤11号とクリーム4号の組み合わせに塗り替えられているものの、
普通列車にも、急行列車にも使えるというメッセージの込められた配色だったと申せましょう。

■電車としてそのDNAを残した!?
アコモデーションの改善などにより、
当時の急行形車両を上回る設備を有したキハ66系ですが、
気動車として続く後継車両は存在せず。
(キハ40系列の開発に寄与しています)

ただし、
京阪神地区の新快速列車向けに、
競合する私鉄特急車に対抗すべく開発された、
117系電車の登場に影響を与えました。

これは、キハ66、その影響を受けた117系共に、
全国画一的な車両の標準化を進めてきた国鉄が、
地域の事情に応じて柔軟に設計する方針を示した好例となりました。

■民営化後はJR九州へ
国鉄分割民営化の前後で、アイボリーに青帯の"九州色"へ変更されたキハ66系は、
JR九州移管後も引き続き、
筑豊本線・北九州地区を中心に活躍を続けましたが、
2001年10月の筑豊・篠栗線電化完成に伴い、運用を終了、
長崎地区に転属しています。

佐世保線などを走行する快速シーサイドライナー色への塗り替え、
松浦鉄道への乗り入れ、ハウステンボス色への塗り替えなど、
転属後も、多彩な活躍を見せました。

2021年6月30日の運行をもって運用を終了。
ほとんどの車両が廃車されましたが、
2026年3月現在、キハ66・67のトップナンバー車が1両ずつ、小倉総合車両センターに保管されています。

■キハ66系がもたらした軌跡
それまで、一般列車に対して求められていた
"サービスレベル"の垣根に風穴を開けたと言っても過言ではない、
キハ66。(そしてその影響を受けて登場した117系電車)

これら車両が提起した「普通にも急行にも使える、"汎用型"車両」の在り方は、
その後の国鉄車両、それを継承するJR各社が提供する、
今日のサービスに息づいているものと考えます。

もしも…
国鉄の財政状況が健全で、
まだまだ発展していく国土環境を前に、
全国の非電化路線にキハ66系が配属されていたら?
の世界線も見てみたかったです。

(執筆:Mr.DIMER編集長)

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