【教えて下さい】113系にシールドビーム車が登場した"そのとき"
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<東海顔の印象を変えた「シールドビーム車」の出現、当時は戸惑いアリ!?>
■東海顔のトレードマーク、前照灯とタイフォン
"湘南顔"スタイルの出自である80系を経て、
1958年に登場した国鉄153系の"顔"は、
その後、昭和、平成、令和と3元号を跨いで、今現在も活躍する「東海顔」の元祖です。
全盛期と比較して大幅に数を減らしつつも、
柔らかみのある曲面を用いながら折妻を基調に、
前面窓が側面にまで回り込む「パノラミックウィンドウ」、
前照灯とタイフォンを一体的に配置し、種別・行き先表示器を中央頭上に配置した姿は、
"国鉄近郊・急行形電車顔"の決定版、完成された造形と申せましょう。
■デカ目がシールドビームに変わった"とき"
1963年に登場、1982年までの19年に渡り、総勢2,984両の製造された、
113系直流近郊型電車。
当初は、サムネイル写真"右"のように、びっくりしたような表情の、「原型ライト」、
いわゆるデカ目を装備していました。
これは、従来の車両に搭載されていたものと同じ、白熱球によるもの。
そして、1972年以降に製造された、1000番台以降の車両は
シールドビーム、サムネイル写真"左"のような、小さな前照灯へと意匠を変更しています。
これは、デザイン目線での変更ではなく、
より明るく先を照らし出す為に採用しています。
とは言え、原型のデカ目ライト車とシールドビーム車が並ぶと、
その見た目の変化に驚きます。
なお、このシールドビームへの変更は、この後に製造される700番台も採用、
そののち、デカ目で登場した車両群も、0番台までさかのぼって改造、シールドビーム化されています。
なお、JR東日本では、1992年の成田線大菅踏切事故を受けて、
前面強化改造工事を実施。その際、白熱電球(デカ目)装備車は、この改造と共に、
シールドビーム化改造工事を実施したため、
1990年代に、"デカ目"車は消滅しています。
(なおJR西日本における"幾多"のシールドビーム改造工事については、いろいろ話さないといけないことが増えるので、
本執筆ではあえて触れないことにします)
■教えて下さい
今でこそ、シールドビーム車しか現存しておらず、
また、長きにわたる時が経過しました。
だからこそ、シールドビーム車の見た目、バランスが普通(なんなら美しい)と思えてしまうのですが、
原型はあくまで「デカ目」。
このデカ目の方が主流(普通)だった時代からして、
前照灯のサイズが3分の1ほどに小型化した"その当時"
ファンの皆様はどういうご感想をいだいたのでしょうか。
ぜひ、教えて下さい。
(執筆:Mr.DIMER編集長)
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