【京王線、詰め込みすぎ?】名物“団子運転”はなぜ生まれるのか
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京王線を眺めていると、時々不思議な光景に出会います。
一本の電車が通過したと思ったら、すぐ後ろからまた一本。
そして、その後ろにも次の電車が見えている。
「ちょっと、詰め込みすぎじゃない?」
そんな京王線の光景を、
鉄道ファンは俗に“団子運転”と呼びます。
勿論公式の故障ではありません。
ですが面白いことに、「列車が先行列車へ接近して速度が低下する」という現象自体は、京王も公式に説明しています。
では、
なぜ京王線では電車が“団子”になるほど詰まるのでしょうか。
その答えを辿っていくと、京王線が戦後ずっと抱えてきた「限られた線路で、どうやって大量の乗客を運ぶか」という歴史に行き着きます。
京王線の沿線人口が増え続けた高度成長期。
京王は輸送力増強を迫られました。
1963年には新宿駅付近を地下化し、架線電圧も600Vから1500Vへ昇圧。同年には5000系を投入し、10月から新宿―東八王子間で特急運転を開始します。
しかし、速くしただけでは増え続ける乗客は運べません。
1963年には6両編成、1968年には7両編成、1975年には8両編成へ。
さらに1972年には京王初の20m4扉車となる6000系を投入し、1982年には一部の急行系列車で10両運転まで始まりました。
つまり京王は、車両を大きくし、編成を長くし、それでも足りなければ列車本数を増やす。
徹底して一本の線路から輸送力を絞り出してきたのです。
ここで京王線ならではの難しさが出てきます。
ただ電車を等間隔に並べればいいわけではありません。
現在の京王線には、ライナー、特急、急行、区間急行、快速、各駅停車という6種類の列車種別があります。
当然、停車駅も所要時間も違います。
各駅停車の後ろから特急が追いかけてくる。
途中駅では待避や接続を行う。
さらに調布では京王線と相模原線の列車が合流し、笹塚側では都営新宿線への直通系統も絡みます。
速い列車と遅い列車、行先の違う列車を、限られた線路へ次々と流し込んでいかなければならない。
しかも新宿―笹塚間を除けば、京王線の大部分は複線です。
これがポイントです。
京王も何もしてこなかったわけではありません。
1978年には新宿―笹塚間の複々線化を完成させ、1980年には都営新宿線との相互直通運転を開始しました。
それでも、その先の本線まで長い複々線が続くわけではない。
郊外から集まってくる列車を、最終的には限られた線路の中で順序よく捌かなければならない。ここに京王線の難しさがあります。
複々線なら、速達列車と各駅停車を別々の線路へ振り分けることができます。
しかし複線では、基本的に同じ線路の上で列車の順番を組み立てなければなりません。
一本が少し遅れる。
駅での乗降に時間がかかる。
すると後続が追いつく。
その後ろの列車も追いつく。
こうして列車と列車の間隔が縮まり、
“団子”が出来上がるわけです。
そして、ここは誤解しやすいところです。
“団子運転”という名前から、京王が最初から何本もの列車を固めて走らせているようにも聞こえますが、
そういう意味ではありません。
高密度に組まれたダイヤの中で、一つの遅れや乗降時間の増加が後ろへ波及し、結果として列車間隔が縮まる。
その姿が「団子」に見える、という話です。
しかもこれは、単なるファンの印象ではありません。
京王電鉄は、朝ラッシュ時間帯などに列車が先行列車へ接近すると速度が低下し、踏切の遮断時間が長くなるため、調布以東の踏切に「定時間警報装置」を整備していると説明しています。
つまり京王自身も、「前の列車に接近して後続列車の速度が落ちる」ことを前提に設備を作っているのです。
そして、
この高密度な運転を安全面から支えているのがATCです。
京王線では2011年10月に従来のATSからATCへの切り替えを完了しました。
先行列車との間隔だけでなく、曲線、分岐、下り勾配、停車駅などの条件から、
その列車が走れる適正速度を細かく制御する。
前が詰まれば、後続列車もそれに合わせて速度を落とす。
ホームから見れば「また電車が来た!」という光景ですが、
その裏側では、列車同士の間隔を守るための制御が絶えず働いているわけです。
こうして見ると、
“団子運転”は単なるダイヤの乱れではありません。
もちろん遅延によって団子が強くなることはあります。
しかし、その土台にあるのは、限られた線路へ大量の列車を走らせてきた京王線の歴史です。
編成を長くする。
車両を大きくする。
速達列車を走らせる。
それでも足りなければ、本数を詰める。
戦後から続いた輸送力増強の積み重ねが、今の京王線につながっています。
一本通ったと思ったら、また一本。
そしてその後ろにも、もう次の電車がいる。
京王線の“団子”は、ある意味では「複線をここまで使うか」という京王の執念が生んだ光景なのかもしれません。
(マイミー)

