【国鉄が儲かっていたら…】715系は“3扉の713系”になっていた?
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<幻に終わった713系量産車。その姿を想像してみます>
1984年。
長崎本線・佐世保線の普通列車電車化に際し、
国鉄が投入した715系0番台。
それは、余剰となった581系寝台特急電車を
普通列車用へ改造したものでした。
しかし、その前年となる1983年、
国鉄はすでに、
九州向けの新しい交流近郊形電車を開発していました。
それが713系近郊形交流電車です。
■試作車のみの製造で終わった713系
713系は1983年、
2両編成4本のわずか8両が試作車として登場。
ところが国鉄財政の逼迫により、
量産には至りません。
そのため、
長崎・佐世保線の電車化には、
新車713系の導入を試作車の製作のみで中止し、
581系を出自とする715系を投入することとなります。
もし国鉄に十分な新車予算があったなら――。
715系は生まれず、
713系が量産されていたことでしょう。
■量産車も「2扉」だった?
713系900番台は、
片側2扉の近郊形電車。
そのまま量産されていれば、
2扉車が増備された可能性が最も自然でしょう。
しかし南福岡電車区に配置された715系は、
長崎・佐世保線だけでなく、
鹿児島本線の博多―鳥栖間などでも使用されます。
つまり、
715系の役割を713系がすべて担うなら、
北部九州の都市圏輸送にも
"対応する仕様"でもよかった、と言えます。
■「3扉713系」はあり得た?
当時の九州には、
すでに415系という主力近郊形電車が存在しました。
20m級車体に、
片側両開き3扉。
ならば713系も量産時、
「415系に近い3扉車体」
+
「713系の交流専用システム」
という姿へ発展していた可能性は
なかったのでしょうか。
もちろん、
「713系量産車は3扉だった」
という史料が存在するわけではありません。
ここから先は、
あくまで“もしも”です。
しかし。
後の歴史を見ると、
この想像が面白くはなりませんでしょうか。
■1990年代、「答え」が現れる
1989年に登場した811系。
そして1994年に登場した813系。
いずれも、
交流専用
20m級車体
片側3扉
という、
北部九州向けの近郊形電車でした。
なかでも813系は、
増備によって715系を実際に置き換えていきます。
つまるところ、
国鉄時代、
新車を大量投入できず、
581系から改造された715系。
その仕事は十数年後、
「交流専用・3扉・新製近郊形電車」
へ引き継がれたわけです。
無論、
813系は713系の発展形式ではありません。
しかし、
もし国鉄に十分な予算があり、
713系が量産され続けていたなら――。
そのどこかで、
都市圏輸送と地方輸送の両立を意識した
「3扉の713系」が生まれていた。
そんな世界線も、
決して荒唐無稽ではないように思えるのです。
(Mr.DIMER編集長)


