【ぽっぽやはつらいよ。】
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鉄道員
今は亡き高倉健さんの主演映画を見た事ありますか?
私は何度も見ていますが、
実際に鉄道員として従事した人間として、
見る角度は少し違いました。
鉄道員を目指す人は大方、
運転士を目指す方が多いかと思います。
公共交通と言う日本のインフラを支える宿命として、
悲しい現実もある事を少し皆さんに、
お話してみたいと思いました。
それはなにか。
私事の緊急時に対応がすぐ取れない。
いわゆる、
一度、乗務に出場してしまうと何があってもその場を離れる事ができない。と言う事です。
私の師匠は、娘さんを早くにご病気で亡くされてしまいました。
ずっと病弱で、入退院を繰り返していた娘さんが居ました。
私は半年間常に同じ勤務で隣に居たので、
今も尚、あの時の師匠の顔は忘れられません。
いつもと変わらず見習い乗務をしていたある日、
その日は昼から乗務で、翌日の昼までの勤務でした。
何事もなく、1日目の勤務を終え仮眠に入り、
通常通り朝を迎えて始発の準備をしている時でした。
業務用携帯が鳴り、指令から師匠に電話を
変わるように指示を受けました。
後から知ったのですが、
あの電話は娘さんの危篤の知らせでした。
師匠は何も語らず、通常通り添乗し巡視を続けました。
ただ、何も語らずでも何かあったのは私も察知しました。
乗務を終え、勤務が終わり、
血相を変えて走って退勤して行ったあの姿は、
今でも脳裏に焼き付いています。
師匠は娘さんの旅立ちには立ち会えなかったそうです。
それから数日は師匠は忌引きで違う指導と勤務する日が続き、
復帰された時、普段は鬼の様な師匠が乗務中に
何か遠くを見つめながらこの仕事は、
「犠牲が多いな。」とただ一言だけ言ったのを覚えています。
ただ愚直に家族との時間を犠牲にしてまで、
公共交通を担う運転士の姿を目の当たりにした瞬間でもありました。
本当はすぐにでも駆けつけたい気持ちを抑えて、
何事も無く、人々の当たり前を守るのは並々ならぬ覚悟がいる仕事です。
映画「鉄道員」でも娘の冷たくなった亡骸を抱く妻を、
発車の笛で見送るシーンがあります。
「俺ァ、ポッポヤだから、身うちのことで泣くわけいかんしょ」
「ポッポヤはどんなときだって涙のかわりに笛を吹き、げんこのかわりに旗を振り、大声でわめくかわりに、喚呼の裏声を絞らなければならない」
「したって、俺はポッポヤだから、どうすることもできんしょ。俺がホームで旗振らねば、こんなもふぶいてるなか誰がキハを誘導するの。転轍機も回さねばならんし、子供らも学校おえて、みんな帰ってくるべや」
主演高倉健さんのセリフでこんな言葉があります。
全ての鉄道乗務員に通じる内容だと思います。
好きだけでは務まらない。
責任の重い仕事だとつくづく思わされる事案でした。
ではまた!
(執筆:マイミー)
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