【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!

【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!

編集長

"一昔前"。

の定量的評価が、
"何年の刻"なのか、については
人それぞれかと思います。

西鉄における、
オキサイドイエローに
ボンレッドのストライプを纏った
いわゆる"黄色い電車"と言えば、
"貝塚線の電車!"。
と答えが返ってくることでしょう。

                                                                                                                                                                              
時代をさかのぼります、1973年。

西鉄における"黄色い電車"とは
かつて
西鉄大牟田線 福岡〜大牟田間を60分で結んだ
大牟田線・筑紫路のエース、
2000形の専用色でした。

それまで
ベージュとあずき色の
"旧西鉄標準色"を纏う車両ばかりの中に
投入されたオキサイドイエローの新車。

鮮烈な印象を残したに違いありません。

そして、
宮地岳線(旧:貝塚線)における
"黄色い電車の歴史"は
大牟田線から移籍した313形が始まり。

1977年のこと、
2000形の"オキサイドイエロー"誕生の
4年後です。

"本線"の、
"西鉄特急新時代"を象徴する塗装。
これを
支線車両に纏わせたのは
それまで
大牟田線の中古車ばかりで構成されてきた宮地岳線の
イメージアップを図ったものと捉えています。

1977年の2年前、
1975年、
大牟田線向け通勤形電車として誕生する
5000形が、同じボンレッドの帯を巻くものの
アイスグリーンを基本とした塗装で
600形他一般形電車に波及させていった史実を見るに、
宮地岳線こそ"アイスグリーン"にしても良かったところ。
上述した"イメージアップ作戦"の証左かと思います。

大牟田線において、
アイスグリーンの車両が普及していく中、
2000形の
"オキサイドイエロー"は
更に眩しく、輝く存在へと昇華されていったように感じています。

2000形が引退したのは
2010年。
実に16年の年月が過ぎてしまいました。

"にしてつの黄色い電車"、
と言えば
すっかり、
「あぁ、香椎の2両編成ね〜。」
と言う会話が定着しました。

認識は変化するもの。
されど...
これだけは言わせてほしい。

"貝塚線を走る
黄色い電車は。

西鉄貝塚線色ではなく、
西鉄宮地岳線色でもなく!

「西鉄特急色」であることを。"

是非、
みなさまの
認識は変化するもの。されど...
これは言っておきたい。

教えて下さい。

(Mr.DIMER編集長)

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