Mr.DIMER Journal
【特集、去り行く東海顔 vol.21】急行形の機器流用車、413・717系
<外見は新車、中身は急行形> 国鉄末期の1986年。 北陸と東北、そして九州に、近郊形電車413系と717系が登場しました。 「東海顔」の流れを汲む、国鉄末期、東海顔を持つ最後の形式ですが、これら2形式は、完全な“新車”ではありません。 ■余った急行形を、どうするか 1980年代。 急行列車の削減によって、451・453・471・473・475系など、かつて幹線を駆け回った急行形電車が次々と普通列車へ転用されていました。 ところが、急行形は、片側2扉に客室デッキ付き。 長距離列車には適していても、駅ごとに乗客が入れ替わる普通列車では必ずしも使いやすい構造ではありません。 とはいえ、国鉄の財政事情は厳しい。 そこで生まれたのが、 「まだ使える機器は残し、車体だけを造り直す」 という発想でした。 ■北陸の413系 北陸地区へ投入されたのが、交直流電車の413系。 主に471・473系の台車や電気機器などを再利用し、417系に準じた新しい車体へ載せ替えました。 片側2か所の両開き扉。 デッキを廃止したセミクロスシート。 急行形の走行機器を残しながら、完全に“普通列車向け”へ生まれ変わったのです。 いわば、 「足回りは昭和30年代。身体は昭和60年代」 という電車でした。 ■交流専用版が717系 ほぼ同じ思想で生まれたのが、交流専用の717系です。 仙台地区向けの0・100番台は、451・453系の機器を流用。 一方、九州向けの200番台には475系の機器が利用されました。 仙台車は3両、九州車は2両編成。 同じ717系でも、投入線区に合わせて仕様が異なっています。 なお1995年には、457系の車体そのものを利用し、中央部に扉を増設した717系900番台も登場。 こちらは「車体を新製する」という413・717系本来の成り立ちとは異なる、わずか1編成の異端車でした。...
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<外見は新車、中身は急行形> 国鉄末期の1986年。 北陸と東北、そして九州に、近郊形電車413系と717系が登場しました。 「東海顔」の流れを汲む、国鉄末期、東海顔を持つ最後の形式ですが、これら2形式は、完全な“新車”ではありません。 ■余った急行形を、どうするか 1980年代。 急行列車の削減によって、451・453・471・473・475系など、かつて幹線を駆け回った急行形電車が次々と普通列車へ転用されていました。 ところが、急行形は、片側2扉に客室デッキ付き。 長距離列車には適していても、駅ごとに乗客が入れ替わる普通列車では必ずしも使いやすい構造ではありません。 とはいえ、国鉄の財政事情は厳しい。 そこで生まれたのが、 「まだ使える機器は残し、車体だけを造り直す」 という発想でした。 ■北陸の413系 北陸地区へ投入されたのが、交直流電車の413系。 主に471・473系の台車や電気機器などを再利用し、417系に準じた新しい車体へ載せ替えました。 片側2か所の両開き扉。 デッキを廃止したセミクロスシート。 急行形の走行機器を残しながら、完全に“普通列車向け”へ生まれ変わったのです。 いわば、 「足回りは昭和30年代。身体は昭和60年代」 という電車でした。 ■交流専用版が717系 ほぼ同じ思想で生まれたのが、交流専用の717系です。 仙台地区向けの0・100番台は、451・453系の機器を流用。 一方、九州向けの200番台には475系の機器が利用されました。 仙台車は3両、九州車は2両編成。 同じ717系でも、投入線区に合わせて仕様が異なっています。 なお1995年には、457系の車体そのものを利用し、中央部に扉を増設した717系900番台も登場。 こちらは「車体を新製する」という413・717系本来の成り立ちとは異なる、わずか1編成の異端車でした。...
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【特集、去り行く東海顔 vol.20】"東海顔、最後の新製車"713系
東海顔にして、九州のローカル線を走る、真っ赤な電車。 国鉄末期、1983年に登場した交流専用近郊形電車、713系です。 ■量産計画は最大80両当初、713系は80両を新製する計画でした。 しかしながら、デビュー直前となる1982年11月のダイヤ改正において交直両用特急形電車581・583系が余剰となったことから、これら車両を活用する方針へと方向転換。結果として、713系は"試作車"の位置づけに留まることとなり、2両編成4本、都合8両のみで製造を打ち切られました。 ■東海顔、最後の新製車さて、本特集も重ねること20回の連載となりました。形式順で言うと、あと、ご紹介する東海顔は、413/717系を残すのみとなりました。 もっとも、これらはいずれも国鉄交直両用急行形電車からの"改造車"。 対して713系は、153系以来の前面形状・断面(形状)を基本として一から造られた、最後の新製車でした。性能面では、交流回生ブレーキを国鉄の電車として初採用するなど、のちの783系にも通じる新機軸を備えていたものの、財政難の国鉄が、最後に「新しく造った」東海顔だった訳です。 ■クリームから、真紅へ長崎・佐世保エリアで活躍えをスタートした713系は、登場時の塗装を、クリーム色に緑帯という、国鉄末期に見られた、シンプルながらも爽やかな、新生JRを意識したカラーリングに。 JR化後は九州標準のアイボリーに青帯へ。 そして1996年、宮崎空港線の開業に伴い、座席の一部を485系のリクライニングシートに替え、外装を真紅に一新。 「サンシャイン」として、第二の人生を歩み始めます。 ■完全引退の時営業運転から40年超。 2026年3月のダイヤ改正を以て定期運用を終えたものの、後継車両817系故障の代走車として未だ走っているとの情報も得ます。 量産されなかった悲運の車体は、東海顔という系譜の最後の新製車として、それよりも先輩の113系や115系を残し、過去帳入りとなる予定です。 (Mr.DIMER編集長)
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東海顔にして、九州のローカル線を走る、真っ赤な電車。 国鉄末期、1983年に登場した交流専用近郊形電車、713系です。 ■量産計画は最大80両当初、713系は80両を新製する計画でした。 しかしながら、デビュー直前となる1982年11月のダイヤ改正において交直両用特急形電車581・583系が余剰となったことから、これら車両を活用する方針へと方向転換。結果として、713系は"試作車"の位置づけに留まることとなり、2両編成4本、都合8両のみで製造を打ち切られました。 ■東海顔、最後の新製車さて、本特集も重ねること20回の連載となりました。形式順で言うと、あと、ご紹介する東海顔は、413/717系を残すのみとなりました。 もっとも、これらはいずれも国鉄交直両用急行形電車からの"改造車"。 対して713系は、153系以来の前面形状・断面(形状)を基本として一から造られた、最後の新製車でした。性能面では、交流回生ブレーキを国鉄の電車として初採用するなど、のちの783系にも通じる新機軸を備えていたものの、財政難の国鉄が、最後に「新しく造った」東海顔だった訳です。 ■クリームから、真紅へ長崎・佐世保エリアで活躍えをスタートした713系は、登場時の塗装を、クリーム色に緑帯という、国鉄末期に見られた、シンプルながらも爽やかな、新生JRを意識したカラーリングに。 JR化後は九州標準のアイボリーに青帯へ。 そして1996年、宮崎空港線の開業に伴い、座席の一部を485系のリクライニングシートに替え、外装を真紅に一新。 「サンシャイン」として、第二の人生を歩み始めます。 ■完全引退の時営業運転から40年超。 2026年3月のダイヤ改正を以て定期運用を終えたものの、後継車両817系故障の代走車として未だ走っているとの情報も得ます。 量産されなかった悲運の車体は、東海顔という系譜の最後の新製車として、それよりも先輩の113系や115系を残し、過去帳入りとなる予定です。 (Mr.DIMER編集長)
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【もしや】東海顔の正統進化は721系?説
サムネイルを見たら言わずもがな。 長々と解説を書く必要はないと感じます。 1958年に誕生した153系を始祖とする、当初設定された列車名が準急"東海"であったことから名付けられた"東海形"、そしてそれら総称の前面デザインを"東海顔"と呼んでいますが、 いわゆる東海顔の次世代造形となったのは、皆様もご存知の通り211系顔。 113系・115系の後継に当たる211系、415系のマイナーチェンジ車である415系1500番台、457系ファミリーの後継である719系、111系の後継である6000系がその211系顔に該当します。 すなわち、鋼製車からオールステンレス車にバトンタッチした際に採用された白いFRP製のマスクが従前の東海顔の後継として認知されている、と言うのが大方の見方ではないでしょうか。 ところで、日本初の量産近郊形交流電車にあって、北海道初の国鉄電車711系を置き換える目的で登場したのはJRが産声を上げて間もない頃の1988年、721系。 初期のステンレス車に見られたビード付きのオールステンレス車体はそのままに、北海道向け片開き3ドア、そして、側面にまで回り込むパノラミックウィンドウの前面を取り付けたスタイルは、東海顔の後継たる211系顔を"今一歩完成度の高まった"デザインと相成りましたが、まさにこの721系顔、サムネイル画像を見ていただくとピンときて頂けるか、どうも、東海顔ファミリーの一角を成した711系正面形状の正統進化とは言えませんでしょうか。 東海顔の後継顔が211系顔と言う固定概念がある中(私だけかもしれないが)、711系と721系の並ぶ姿に、新たな発見をしたと言うのが本音です。 東海顔、特長の一つである、パノラミックウィンドウを継承、引き続き高運転台を維持したスタイルに、左右一灯ずつのシールドビームは、211系のソレと比べて、負けずとも劣らぬ、秀逸な"顔"ではないでしょうか。 (Mr.DIMER編集長)
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サムネイルを見たら言わずもがな。 長々と解説を書く必要はないと感じます。 1958年に誕生した153系を始祖とする、当初設定された列車名が準急"東海"であったことから名付けられた"東海形"、そしてそれら総称の前面デザインを"東海顔"と呼んでいますが、 いわゆる東海顔の次世代造形となったのは、皆様もご存知の通り211系顔。 113系・115系の後継に当たる211系、415系のマイナーチェンジ車である415系1500番台、457系ファミリーの後継である719系、111系の後継である6000系がその211系顔に該当します。 すなわち、鋼製車からオールステンレス車にバトンタッチした際に採用された白いFRP製のマスクが従前の東海顔の後継として認知されている、と言うのが大方の見方ではないでしょうか。 ところで、日本初の量産近郊形交流電車にあって、北海道初の国鉄電車711系を置き換える目的で登場したのはJRが産声を上げて間もない頃の1988年、721系。 初期のステンレス車に見られたビード付きのオールステンレス車体はそのままに、北海道向け片開き3ドア、そして、側面にまで回り込むパノラミックウィンドウの前面を取り付けたスタイルは、東海顔の後継たる211系顔を"今一歩完成度の高まった"デザインと相成りましたが、まさにこの721系顔、サムネイル画像を見ていただくとピンときて頂けるか、どうも、東海顔ファミリーの一角を成した711系正面形状の正統進化とは言えませんでしょうか。 東海顔の後継顔が211系顔と言う固定概念がある中(私だけかもしれないが)、711系と721系の並ぶ姿に、新たな発見をしたと言うのが本音です。 東海顔、特長の一つである、パノラミックウィンドウを継承、引き続き高運転台を維持したスタイルに、左右一灯ずつのシールドビームは、211系のソレと比べて、負けずとも劣らぬ、秀逸な"顔"ではないでしょうか。 (Mr.DIMER編集長)
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【灯火類の位置は同じだけど…】5cm腰高な711系を113系と比較します
【特集、去り行く東海顔 vol.19】"日本初の量産交流近郊形電車"711系の中でお伝えした、 "711系は5cm腰高"の件。 本回では、ベースとなる東海顔の基本、113系と711系の正面を比較してみることにしました。 確かに、床面が上がっている分、前面窓、幌枠、種別表示器がかさ上げされている一方で、前照灯、尾灯は、それまでの東海顔の規定と同様。 これにより、北海道唯一の東海顔は、北海道唯一にして、北海道独自仕様の"東海顔"となっていることが分かります。 (Mr.DIMER編集長)
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【特集、去り行く東海顔 vol.19】"日本初の量産交流近郊形電車"711系の中でお伝えした、 "711系は5cm腰高"の件。 本回では、ベースとなる東海顔の基本、113系と711系の正面を比較してみることにしました。 確かに、床面が上がっている分、前面窓、幌枠、種別表示器がかさ上げされている一方で、前照灯、尾灯は、それまでの東海顔の規定と同様。 これにより、北海道唯一の東海顔は、北海道唯一にして、北海道独自仕様の"東海顔"となっていることが分かります。 (Mr.DIMER編集長)
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【特集、去り行く東海顔 vol.18】"165系の交直流版"、455系/475系
451、471、453、473、455、475。そして457。 こうして数字だけを注記も付けず羅列すると、余程好きでない限り、たちまち混乱を来しそうになるのが"急行形交直流電車"一族。 455・475系。 1965年登場。453系・473系をベースに、勾配抑速ブレーキを搭載した系列です。 東北本線盛岡電化、鹿児島本線熊本電化、そして北陸地区の増発用として製造されました。 ■165系の"交直両用タイプ"vol.14にて165系を"東海顔のザ・スター"と表現しました。 その交直流版に当たるのが、本系列と申せましょう。 MT54形120kWの主電動機に、抑速ブレーキ対応のCS15B形主制御器。山岳路線にも対応した万能形式、という立ち位置は、まさに165系と同じ。 交流50Hz用が455系、60Hz用が475系。後に50/60Hz両対応の457系が登場しますが、製造数では455系51ユニット、475系53ユニットが多数派を占め、457系は19ユニットと少数派。 そう鑑みますと、急行形交直流電車の"決定版"が、交流50・60 Hzに両対応した457系であるとすれば、 "主流派"はやはりこの455系・475系と言えるのではないでしょうか。 ■寒い地域を走るからこそ…北陸では、氷柱によるガラス破損を防ぐため、前面の列車種別表示窓が鉄板で塞がれた個体も。 また、丸っこいお椀タイフォンも特徴的でした。 "東海顔"と言う国鉄型の一大ファミリーにおいて、それらと同じ"顔"でありながら、地域の事情がその表情に変化を与えました。 ■最後の一両急行形電車、として登場しつつ、実際に"急行列車"として運用されたのは、20年弱。 1985年3月改正で急行運用を終了。以降は各地の普通・快速列車へと転用されていきました。 JR東日本では2008年3月、JR西日本では2015年3月、編成単位での運用を終えました。 そして現在(2026年7月時点)、 えちごトキめき鉄道に譲渡されたクハ455-701が、ただ1両、車籍を保っています。 もっとも、本年2026年1月12日をもって交直流急行色での運用を終了。 3月14日より新北陸色に改められ、"TOKIトレイン"として運行を続けています。 ローズピンクの東海顔は、断続の時を経て、とうとう営業線上から姿を消したことになります。 2027年度までの運行が予定されている、最後の一両。 "東海顔"に括れば、まだ他地域でもわずかにみられる形態ですが、"急行形"と言う視点では、風前の灯火の中でも最も最前列にある車両と言えます。 (Mr.DIMER編集長)
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451、471、453、473、455、475。そして457。 こうして数字だけを注記も付けず羅列すると、余程好きでない限り、たちまち混乱を来しそうになるのが"急行形交直流電車"一族。 455・475系。 1965年登場。453系・473系をベースに、勾配抑速ブレーキを搭載した系列です。 東北本線盛岡電化、鹿児島本線熊本電化、そして北陸地区の増発用として製造されました。 ■165系の"交直両用タイプ"vol.14にて165系を"東海顔のザ・スター"と表現しました。 その交直流版に当たるのが、本系列と申せましょう。 MT54形120kWの主電動機に、抑速ブレーキ対応のCS15B形主制御器。山岳路線にも対応した万能形式、という立ち位置は、まさに165系と同じ。 交流50Hz用が455系、60Hz用が475系。後に50/60Hz両対応の457系が登場しますが、製造数では455系51ユニット、475系53ユニットが多数派を占め、457系は19ユニットと少数派。 そう鑑みますと、急行形交直流電車の"決定版"が、交流50・60 Hzに両対応した457系であるとすれば、 "主流派"はやはりこの455系・475系と言えるのではないでしょうか。 ■寒い地域を走るからこそ…北陸では、氷柱によるガラス破損を防ぐため、前面の列車種別表示窓が鉄板で塞がれた個体も。 また、丸っこいお椀タイフォンも特徴的でした。 "東海顔"と言う国鉄型の一大ファミリーにおいて、それらと同じ"顔"でありながら、地域の事情がその表情に変化を与えました。 ■最後の一両急行形電車、として登場しつつ、実際に"急行列車"として運用されたのは、20年弱。 1985年3月改正で急行運用を終了。以降は各地の普通・快速列車へと転用されていきました。 JR東日本では2008年3月、JR西日本では2015年3月、編成単位での運用を終えました。 そして現在(2026年7月時点)、 えちごトキめき鉄道に譲渡されたクハ455-701が、ただ1両、車籍を保っています。 もっとも、本年2026年1月12日をもって交直流急行色での運用を終了。 3月14日より新北陸色に改められ、"TOKIトレイン"として運行を続けています。 ローズピンクの東海顔は、断続の時を経て、とうとう営業線上から姿を消したことになります。 2027年度までの運行が予定されている、最後の一両。 "東海顔"に括れば、まだ他地域でもわずかにみられる形態ですが、"急行形"と言う視点では、風前の灯火の中でも最も最前列にある車両と言えます。 (Mr.DIMER編集長)
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【見た目は113系"ソックリ"さん】新性能電車に擬態した、"旧型国電"(62系)
1974年と言うと、2026年現在からすれば実に52年も前。 "大昔じゃないか"となるところ、東海顔の歴史年表を見ると、 新製形式で残すは1978年の417系、1983年の713系、が登場するのみとなり、 東海顔の最終後期だな、と考えると、"比較的新しい方"と錯覚を起こします。 それでも…もう52年前ですから… ■変な113系風車両の登場老朽・陳腐化した旧型国電を抱える身延線にあっては、アコモデーション改善を狙い、国鉄72系電車を種車として当時最新鋭であった115系然とした車体と内装を得るべく"新製"ではなく"車体の載せ替え"と言う形で1974年、モハ62形・クハ66形を登場させます。2代目"62系電車"です。 最も、種車となる72系の台枠を再利用、台車やパンタグラフと言った機器類も流用、正面の"幌枠"はどうも締まりがない…なによりはスマートな見た目なのに"吊り掛け駆動"で豪快なモーター音。 車体は新しいが、何となく"新性能電車"のソレとは異様な雰囲気が漂う。 72系台枠に裾部の帳尻を合わせるため、裾絞りデザインの拡幅車体が垂直になる、という独特の見た目も特徴でした。 115系然、と言いつつ小見出しで「113系風」としたのは、正面の塗分けが113系塗り、いわゆる、V字塗り(広義に金太郎塗りとも)がなされていた為。 ■再生車故、短命に終わる乗客側からすれば、新車同然の車両。それまでの72系と比べれば、間違いなく喜ばれたに違いありませんがそれ以外の機器類は、旧態依然とした旧型国電72系そのもの。老朽化による置換への運命は必至でした。 身延線では、登場後程なく1981年より本物の"新性能電車"115系2000番台の導入がスタート。 これら車両と併用されつつ、1984年には運用を離脱。 実に、10年間の短命に終わっているのです。 そう言えば、同じような経歴を歩んだ車両がおりました。 これも62系同様、旧型国電72系を"見た目だけ新性能電車化"した車両。 ただし、後に台車や走行機器類、パンタグラフなどの装備品も"ほんとうの103系"同様の機材へと更新、 かくして"ホンモノの103系"になった。 仙石線・川越線向け103系3000番台のこと。 62系も"運よく"ホンモノの115系に成れていた世界線は… #去り行く東海顔 (Mr.DIMER編集長)
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1974年と言うと、2026年現在からすれば実に52年も前。 "大昔じゃないか"となるところ、東海顔の歴史年表を見ると、 新製形式で残すは1978年の417系、1983年の713系、が登場するのみとなり、 東海顔の最終後期だな、と考えると、"比較的新しい方"と錯覚を起こします。 それでも…もう52年前ですから… ■変な113系風車両の登場老朽・陳腐化した旧型国電を抱える身延線にあっては、アコモデーション改善を狙い、国鉄72系電車を種車として当時最新鋭であった115系然とした車体と内装を得るべく"新製"ではなく"車体の載せ替え"と言う形で1974年、モハ62形・クハ66形を登場させます。2代目"62系電車"です。 最も、種車となる72系の台枠を再利用、台車やパンタグラフと言った機器類も流用、正面の"幌枠"はどうも締まりがない…なによりはスマートな見た目なのに"吊り掛け駆動"で豪快なモーター音。 車体は新しいが、何となく"新性能電車"のソレとは異様な雰囲気が漂う。 72系台枠に裾部の帳尻を合わせるため、裾絞りデザインの拡幅車体が垂直になる、という独特の見た目も特徴でした。 115系然、と言いつつ小見出しで「113系風」としたのは、正面の塗分けが113系塗り、いわゆる、V字塗り(広義に金太郎塗りとも)がなされていた為。 ■再生車故、短命に終わる乗客側からすれば、新車同然の車両。それまでの72系と比べれば、間違いなく喜ばれたに違いありませんがそれ以外の機器類は、旧態依然とした旧型国電72系そのもの。老朽化による置換への運命は必至でした。 身延線では、登場後程なく1981年より本物の"新性能電車"115系2000番台の導入がスタート。 これら車両と併用されつつ、1984年には運用を離脱。 実に、10年間の短命に終わっているのです。 そう言えば、同じような経歴を歩んだ車両がおりました。 これも62系同様、旧型国電72系を"見た目だけ新性能電車化"した車両。 ただし、後に台車や走行機器類、パンタグラフなどの装備品も"ほんとうの103系"同様の機材へと更新、 かくして"ホンモノの103系"になった。 仙石線・川越線向け103系3000番台のこと。 62系も"運よく"ホンモノの115系に成れていた世界線は… #去り行く東海顔 (Mr.DIMER編集長)
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