Mr.DIMER Journal

【Insta Thanks 3000 follow】「103系3000番台」(Vol.3)

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3000系(形)ではないですが、 3000番台なので、ご紹介することにしました。 <2回の改造工事を経て、正真正銘103系へ> ■旧型国電からの華麗な変身 1985年の川越線電化開業にあたって、大宮-川越-高麗川間の区間運転用車両として "旧型国電"を改造し導入されたのが103系3000番台です。 種車は、旧型国電「モハ72形970番台・クハ79形600番台」。 この「モハ72形970番台・クハ79形600番台」も、 元々は、 仙石線用72系電車を種車として、103系の車体を載せ替えた車両でした。 要するに、 旧型国電・72系電車を、 1度目の改造(1974年)で、「見た目を103系」化、 2度目の改造(1985年-1986年)で、「中身を103系」化し、 都合2度の改造を経て"正真正銘の103系"へと進化したのです。 ■本当は置き換えられる予定だった"モハ72形970番台・クハ79形600番台" 仙石線「モハ72形970番台・クハ79形600番台」は、新製103系により置き換えられる予定でしたが、 103系車体への更新からわずかしか経過していなかったこと、 状態も良かったことから、 当時、川越線電化開業に伴う車両不足を補う目的で、 新性能化改造により103系に編入し、転籍することになりました。 なお、103系の車体を旧型国電(72系)の台枠に被せたことにより、 車体の裾が少し伸びており、若干面長な印象を受けます。 113系の車体を被せた62系の裾の端っこが、裾絞りでなく、直線になっているのと同じように、 台枠に車体を合わせるために起きた現象でしょう。 ■通算50年以上の活躍 後継の205系3000番台・209系3100番台によって世代交代し、 2005年10月2日、「川越線電化20周年記念号」を花道として運用を終了しましたが、 改造種車の製造年から起算すると、通算で製造から50年以上も活躍した"長寿車両"でした。 近年では、車体載せ替えどころか、修復の難しいステンレス車の場合には、...

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3000系(形)ではないですが、 3000番台なので、ご紹介することにしました。 <2回の改造工事を経て、正真正銘103系へ> ■旧型国電からの華麗な変身 1985年の川越線電化開業にあたって、大宮-川越-高麗川間の区間運転用車両として "旧型国電"を改造し導入されたのが103系3000番台です。 種車は、旧型国電「モハ72形970番台・クハ79形600番台」。 この「モハ72形970番台・クハ79形600番台」も、 元々は、 仙石線用72系電車を種車として、103系の車体を載せ替えた車両でした。 要するに、 旧型国電・72系電車を、 1度目の改造(1974年)で、「見た目を103系」化、 2度目の改造(1985年-1986年)で、「中身を103系」化し、 都合2度の改造を経て"正真正銘の103系"へと進化したのです。 ■本当は置き換えられる予定だった"モハ72形970番台・クハ79形600番台" 仙石線「モハ72形970番台・クハ79形600番台」は、新製103系により置き換えられる予定でしたが、 103系車体への更新からわずかしか経過していなかったこと、 状態も良かったことから、 当時、川越線電化開業に伴う車両不足を補う目的で、 新性能化改造により103系に編入し、転籍することになりました。 なお、103系の車体を旧型国電(72系)の台枠に被せたことにより、 車体の裾が少し伸びており、若干面長な印象を受けます。 113系の車体を被せた62系の裾の端っこが、裾絞りでなく、直線になっているのと同じように、 台枠に車体を合わせるために起きた現象でしょう。 ■通算50年以上の活躍 後継の205系3000番台・209系3100番台によって世代交代し、 2005年10月2日、「川越線電化20周年記念号」を花道として運用を終了しましたが、 改造種車の製造年から起算すると、通算で製造から50年以上も活躍した"長寿車両"でした。 近年では、車体載せ替えどころか、修復の難しいステンレス車の場合には、...

【Insta Thanks 3000 follow】「西武3000系」(Vol.2)

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<西武鉄道最後の3ドア車、短命に終わった不遇な車> ■見た目は"新101系"、中身は"2000系"。 西武3000系電車は、1983年から1987年にかけて、 8両編成×9本、計72両製造された車両で、 西武鉄道で最後に製造された3扉の通勤形電車です。 軽量のアルミ車体や、省エネ性能に優れた電機子チョッパ制御方式、 また当時、他社採用例の少なかったボルスタレス台車といった新機軸を盛り込むことを 計画していましたが、 最終的には、2000系と同様の走行機器と、新101系(301系)と同様の鋼製車体を組み合わせた、 保守的な車両となりました。 ■第2の余生は近江鉄道で 西武鉄道では混雑緩和のために「4ドア」車(2000系など)が主流となり、 3ドア車はホームドアの設置や整列乗車の妨げに。 登場から31年となる2014年に引退、比較的短命に終わってしまいました。 先輩にあたる新101系電車は、現在は狭山線と多摩川線で主に運行されていますが これは早期にワンマン運航対応工事が行われ、 本線系統から、支線系統に活躍の場を移したことが長寿の要因でしょう。 本話題の3000系は、 近江鉄道へ2014年12月に3007編成、2015年2月に3009編成の6両2本を譲渡、 2両編成化した上で300形として導入しました。 制御車の鋼体を切り出し、中間電動車を先頭車化、ワンマン運転改造するなど 大規模な改造工事となりましたので、末永く活躍してほしいと思います。 <毎度、鉄道メディア Mr.DIMER にお越し頂きありがとうございます>

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<西武鉄道最後の3ドア車、短命に終わった不遇な車> ■見た目は"新101系"、中身は"2000系"。 西武3000系電車は、1983年から1987年にかけて、 8両編成×9本、計72両製造された車両で、 西武鉄道で最後に製造された3扉の通勤形電車です。 軽量のアルミ車体や、省エネ性能に優れた電機子チョッパ制御方式、 また当時、他社採用例の少なかったボルスタレス台車といった新機軸を盛り込むことを 計画していましたが、 最終的には、2000系と同様の走行機器と、新101系(301系)と同様の鋼製車体を組み合わせた、 保守的な車両となりました。 ■第2の余生は近江鉄道で 西武鉄道では混雑緩和のために「4ドア」車(2000系など)が主流となり、 3ドア車はホームドアの設置や整列乗車の妨げに。 登場から31年となる2014年に引退、比較的短命に終わってしまいました。 先輩にあたる新101系電車は、現在は狭山線と多摩川線で主に運行されていますが これは早期にワンマン運航対応工事が行われ、 本線系統から、支線系統に活躍の場を移したことが長寿の要因でしょう。 本話題の3000系は、 近江鉄道へ2014年12月に3007編成、2015年2月に3009編成の6両2本を譲渡、 2両編成化した上で300形として導入しました。 制御車の鋼体を切り出し、中間電動車を先頭車化、ワンマン運転改造するなど 大規模な改造工事となりましたので、末永く活躍してほしいと思います。 <毎度、鉄道メディア Mr.DIMER にお越し頂きありがとうございます>