Mr.DIMER Journal
【夏のレチの大仕事】
編集長の冷房記事を読んでいて、今回は少し裏側のお話を。 実は、夏の冷房管理はレチ(車掌)の大事な仕事のひとつでした。 最近の車両はデジタル化が進み、ほとんどが自動制御。 設定を変更することもほぼなく、編成全体の車内温度もモニターで確認できるため、極端な事がない限り冷房操作をする機会はほとんどありません。 しかし、昭和の車両はそうはいきません。 冷房の効き具合は車両ごとの個体差が非常に大きく、同じ編成でも「全然効かない車両」と「冷蔵庫みたいに冷える車両」が普通に混在していました。 そして旧型車で本当によくあったのが、 「寒い!」 「暑い!」 という同時陳情。 同じ車両なのに前では「寒い」、後ろでは「暑い」。 レチ泣かせの定番です(笑)。 そこで登場するのが、名付けて… “エアコン操作をしたフリ作戦”。 ファンデリアを切ってみたり、入れてみたり。 実際には大きく変えられることは少なく、それくらいしかできないことも多かったんです。 一方、自動制御の車両になると、 「自動設定なので…」 で説明できるようになり、精神的には少し楽になりました。 とはいえ、特に旧型車は明らかに冷えすぎている車両など、冷房のNFBを一度切って様子を見て、しばらくして復位させることもありました。 ただ、乗車率が高い日は本当に神経を使います。 暑すぎてもダメ、冷えすぎてもダメ。 体調を崩されるお客様や、熱中症のリスクもあるため、車内の温度管理には常に気を配っていました。 ドア扱いや放送だけがレチの仕事ではありません。 お客様が少しでも快適に過ごせるよう、見えないところでも気を遣っていたのです。 これから本格的な夏。 皆さんも、熱中症や車内での冷えすぎには十分お気をつけ下さい。 (マイミー)
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編集長の冷房記事を読んでいて、今回は少し裏側のお話を。 実は、夏の冷房管理はレチ(車掌)の大事な仕事のひとつでした。 最近の車両はデジタル化が進み、ほとんどが自動制御。 設定を変更することもほぼなく、編成全体の車内温度もモニターで確認できるため、極端な事がない限り冷房操作をする機会はほとんどありません。 しかし、昭和の車両はそうはいきません。 冷房の効き具合は車両ごとの個体差が非常に大きく、同じ編成でも「全然効かない車両」と「冷蔵庫みたいに冷える車両」が普通に混在していました。 そして旧型車で本当によくあったのが、 「寒い!」 「暑い!」 という同時陳情。 同じ車両なのに前では「寒い」、後ろでは「暑い」。 レチ泣かせの定番です(笑)。 そこで登場するのが、名付けて… “エアコン操作をしたフリ作戦”。 ファンデリアを切ってみたり、入れてみたり。 実際には大きく変えられることは少なく、それくらいしかできないことも多かったんです。 一方、自動制御の車両になると、 「自動設定なので…」 で説明できるようになり、精神的には少し楽になりました。 とはいえ、特に旧型車は明らかに冷えすぎている車両など、冷房のNFBを一度切って様子を見て、しばらくして復位させることもありました。 ただ、乗車率が高い日は本当に神経を使います。 暑すぎてもダメ、冷えすぎてもダメ。 体調を崩されるお客様や、熱中症のリスクもあるため、車内の温度管理には常に気を配っていました。 ドア扱いや放送だけがレチの仕事ではありません。 お客様が少しでも快適に過ごせるよう、見えないところでも気を遣っていたのです。 これから本格的な夏。 皆さんも、熱中症や車内での冷えすぎには十分お気をつけ下さい。 (マイミー)
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【2026年の梅雨明け】"弱"ではなく"強冷房車"が欲しい…
<暑いを越えて、もはや"ヤケド"、酷暑の日本列島> 気象庁の発表によると、2026年は九州北部・中国・近畿地方が7月8日、既に梅雨明けしています。 残るは九州南部、四国、東海、関東甲信、北陸、東北南部・北部で"7月中下旬にかけて"梅雨明けの予定。 梅雨ドキ、"ジメジメ"と"暑さ"が混ざることによる"不快度指数"はトンデモなく跳ね上がりますが。 梅雨が明けると今度は皮膚を刺すような暑さ、熱さに切り替わってしまい、"あ、今年もまたこの季節がやってきた…"ともはや覚悟を決めなければなりません。 さて、通勤や通学、お買い物など、普段から鉄道を使うには、駅まで歩かなければなりません。 階段を登ったり、降りたりしているうちに汗がだくだく、、、ホームでの列車待ちは無風状態になるため、ブワっと汗が吹き出します… んー、今こうして書いているのが涼しい冷房の効いたお部屋だからいいけど… 想像するだけであのベタベタ感を思い出し、"虫を噛み潰したような顔"で執筆しています。 さて、"まもなく電車が到着します"の駅放送で、ようやく涼しい車内が待っている。と期待を膨らませて列車内へ… 普段ならあの、キンッ、とした涼しさに癒されるのですが。 どうも今日のところはちとヌルい… 窓を見たら"弱冷房車"と書いてある。これは、普通冷房車に移動しなくては。 もはや"猛暑ではない夏は来ない"であろう、日本列島。 弱冷房車ではなく必要なのは"強冷房車"では… とは言え、"暑すぎる"のと"寒すぎる"のとではまだ暑すぎる方が我慢できそうな気がします。 混雑度に合わせて、乗務員さんが冷暖房の調整はなさっていると思えば贅沢は言えません。 最近では、地下鉄ホーム~コンコースの冷房化が行われる例もあり、心からありがたいと感謝しています。 (Mr.DIMER編集長)
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<暑いを越えて、もはや"ヤケド"、酷暑の日本列島> 気象庁の発表によると、2026年は九州北部・中国・近畿地方が7月8日、既に梅雨明けしています。 残るは九州南部、四国、東海、関東甲信、北陸、東北南部・北部で"7月中下旬にかけて"梅雨明けの予定。 梅雨ドキ、"ジメジメ"と"暑さ"が混ざることによる"不快度指数"はトンデモなく跳ね上がりますが。 梅雨が明けると今度は皮膚を刺すような暑さ、熱さに切り替わってしまい、"あ、今年もまたこの季節がやってきた…"ともはや覚悟を決めなければなりません。 さて、通勤や通学、お買い物など、普段から鉄道を使うには、駅まで歩かなければなりません。 階段を登ったり、降りたりしているうちに汗がだくだく、、、ホームでの列車待ちは無風状態になるため、ブワっと汗が吹き出します… んー、今こうして書いているのが涼しい冷房の効いたお部屋だからいいけど… 想像するだけであのベタベタ感を思い出し、"虫を噛み潰したような顔"で執筆しています。 さて、"まもなく電車が到着します"の駅放送で、ようやく涼しい車内が待っている。と期待を膨らませて列車内へ… 普段ならあの、キンッ、とした涼しさに癒されるのですが。 どうも今日のところはちとヌルい… 窓を見たら"弱冷房車"と書いてある。これは、普通冷房車に移動しなくては。 もはや"猛暑ではない夏は来ない"であろう、日本列島。 弱冷房車ではなく必要なのは"強冷房車"では… とは言え、"暑すぎる"のと"寒すぎる"のとではまだ暑すぎる方が我慢できそうな気がします。 混雑度に合わせて、乗務員さんが冷暖房の調整はなさっていると思えば贅沢は言えません。 最近では、地下鉄ホーム~コンコースの冷房化が行われる例もあり、心からありがたいと感謝しています。 (Mr.DIMER編集長)
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【特集、お召し列車】命運を分けた牽引機(vol.2)<EF64形77号機>
「国鉄最後のお召し列車」を牽引した"EF64形77号機"。 同じお召し列車の本務機という栄誉を受けながらも、その運命はC57形1号機とは対照的なものとなりました。 1986年10月、かいじ国体の開会式にご出席される昭和天皇がお乗りになったお召し列車。その牽引機に選ばれたのが、八王子機関区所属のEF64形77号機でした。 国鉄最後のお召し列車という歴史的任務を見事に果たした77号機。しかし、その栄光からわずか半年後、国鉄は分割民営化。 時代はJRへと移り変わり、お召し列車を取り巻く環境も大きく変化していきます。 EF64形77号機は、その後も一般運用で活躍を続けましたが、お召し列車を牽引したという輝かしい実績だけで保存されることはありませんでした。 EF64形は量産形式であり、同形式が数多く存在したことに加え、電気機関車は保存・維持に多くの費用や設備を必要とします。 EF64形77号機が解体に至った理由について公式な説明はありません。しかし、保存車両全体にかかる維持管理費や保管場所の確保、車両の状態など、さまざまな要素を総合的に判断した結果だったと考えるのが自然ではないかと思います。 歴史的価値だけでは、すべての車両を後世へ残すことはできない。 それが、保存と解体の判断の難しさですね。 そして77号機は、長らく過ごした稲沢の地で静かにその生涯へ幕を下ろしました。 お召し列車を牽いた機関車たち。 歴史の表舞台で栄光を浴びた機関車もあれば、役目を終えると静かに姿を消した機関車もあります。 それもまた、日本の鉄道史の現実でした。 次回は、お召し電気機関車の代名詞ともいえるEF58形61号機。 数あるEF58形の中で、なぜ61号機だけが特別な存在となり、日本を代表する「お召し機」となったのか。 その誕生の背景と、予備機と本務機の歴然たる差を深掘りします。 (マイミー)
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「国鉄最後のお召し列車」を牽引した"EF64形77号機"。 同じお召し列車の本務機という栄誉を受けながらも、その運命はC57形1号機とは対照的なものとなりました。 1986年10月、かいじ国体の開会式にご出席される昭和天皇がお乗りになったお召し列車。その牽引機に選ばれたのが、八王子機関区所属のEF64形77号機でした。 国鉄最後のお召し列車という歴史的任務を見事に果たした77号機。しかし、その栄光からわずか半年後、国鉄は分割民営化。 時代はJRへと移り変わり、お召し列車を取り巻く環境も大きく変化していきます。 EF64形77号機は、その後も一般運用で活躍を続けましたが、お召し列車を牽引したという輝かしい実績だけで保存されることはありませんでした。 EF64形は量産形式であり、同形式が数多く存在したことに加え、電気機関車は保存・維持に多くの費用や設備を必要とします。 EF64形77号機が解体に至った理由について公式な説明はありません。しかし、保存車両全体にかかる維持管理費や保管場所の確保、車両の状態など、さまざまな要素を総合的に判断した結果だったと考えるのが自然ではないかと思います。 歴史的価値だけでは、すべての車両を後世へ残すことはできない。 それが、保存と解体の判断の難しさですね。 そして77号機は、長らく過ごした稲沢の地で静かにその生涯へ幕を下ろしました。 お召し列車を牽いた機関車たち。 歴史の表舞台で栄光を浴びた機関車もあれば、役目を終えると静かに姿を消した機関車もあります。 それもまた、日本の鉄道史の現実でした。 次回は、お召し電気機関車の代名詞ともいえるEF58形61号機。 数あるEF58形の中で、なぜ61号機だけが特別な存在となり、日本を代表する「お召し機」となったのか。 その誕生の背景と、予備機と本務機の歴然たる差を深掘りします。 (マイミー)
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【形式のインフレ】"330番代"はJR東日本が是が非でも獲る?!
国鉄時代に制定された形式称号規則は、その規則自体を基(もと)としつつも未使用数字を開放したり例えばJR東日本のように、形式冒頭へEを付ける、四国では私鉄形式のように4桁とするなど工夫し今日に至ります。 0から9までの数字とそれを3桁で表現してしまうには、当然、車両の世代交代が進めば払底は見えていて、"形式称号規則の万能さ"には敬意を示しつつも、限界はある。と言うものです。 特に十の位、"通勤形"へと割り当てられているのは"0"のみであり、これら通勤形属性の車種を多く保有するJR東日本は規則の定義を早々に変更しながら形式付与を工夫している印象があります。 ■飛ばされた"219"JR東日本を代表する通勤形電車(一般形)の形式は首都圏を中心に活躍するE231系、E233系辺りかと思います。 形式としては直前に生産されていたE217系の後継となるわけですから"E219系"でも良かったか?という持論をもちつつ、 新型車両に210番代最後の"219"を付番してるうちに「230番代を他社に取られては元も子もない」となって大台(十の位3)を獲りに行ったと言う説もありかなと。 ※220番代はJR西日本が使用していることから十の位は"3"を用いるようになります。(Eを冠すればE221系でもよかったはずですが…) ■異端児E331系の誕生さて、E231系の登場した2000年代、その6年後となる2006年に誕生したE331系の存在を思い出してみましょう。 2006年と言えば、2026年現在、JR東日本最大勢力であるE233系の誕生した年です。 形式目線で見れば、230番代は、E233系までを使用、当時において、"JR東日本の定義する一般形電車"に付与できる形式は235~239までの"余力"がありました。 しかしながら、E331系は、230番代を飛ばし、330番代の冒頭を名乗ることとなります。 特殊な連接構造車故、実験的・試験的要素を踏まえ百の位"2"を一気に"3"まで飛ばした、とも言えますが。 ■だからやっぱり、330番代は"東日本が獲る!?近年"一般形"と括りつつ・近郊形寄りの一般型に130番代・通勤形寄りの一般型に230番代が事実上のすみ分けとなりつつあるJR東日本版、形式称号規則。 百の位"2"及び十の位"3"、すなわち"230番代"は、東日本において事実上、"首都圏・大都市圏向け通勤形"に割り当てると言うこだわり(傾向)がある場合、百の位"2"を払底させた後、現時点で唯一残る直流型を示す300番代と一般型電車向けの30番代は残しておきたい。 では、JR東日本・試作車たる次世代電車には"331系"を符号して330番代をロックしておこうじゃないかと。そう言う塩梅はどうかなと考えたわけです。 本回も私の主観だけで述べてしまったものの。 地方都市圏向けに増殖する"あの車両"が、237や239ではなく"131"を名乗るものですから..そう妄想したくて仕方がないのです。(※単にE129系の後継ってだけだと思いますが…) 最も、E331系にあっては。 国鉄時代において量産型の車両と一部試験的、試作的要素を詰め込んだ車両に300番代を符号することは、301系での前例があったため、単にそれを踏襲したとも捉えられます。 (Mr.DIMER編集長)
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国鉄時代に制定された形式称号規則は、その規則自体を基(もと)としつつも未使用数字を開放したり例えばJR東日本のように、形式冒頭へEを付ける、四国では私鉄形式のように4桁とするなど工夫し今日に至ります。 0から9までの数字とそれを3桁で表現してしまうには、当然、車両の世代交代が進めば払底は見えていて、"形式称号規則の万能さ"には敬意を示しつつも、限界はある。と言うものです。 特に十の位、"通勤形"へと割り当てられているのは"0"のみであり、これら通勤形属性の車種を多く保有するJR東日本は規則の定義を早々に変更しながら形式付与を工夫している印象があります。 ■飛ばされた"219"JR東日本を代表する通勤形電車(一般形)の形式は首都圏を中心に活躍するE231系、E233系辺りかと思います。 形式としては直前に生産されていたE217系の後継となるわけですから"E219系"でも良かったか?という持論をもちつつ、 新型車両に210番代最後の"219"を付番してるうちに「230番代を他社に取られては元も子もない」となって大台(十の位3)を獲りに行ったと言う説もありかなと。 ※220番代はJR西日本が使用していることから十の位は"3"を用いるようになります。(Eを冠すればE221系でもよかったはずですが…) ■異端児E331系の誕生さて、E231系の登場した2000年代、その6年後となる2006年に誕生したE331系の存在を思い出してみましょう。 2006年と言えば、2026年現在、JR東日本最大勢力であるE233系の誕生した年です。 形式目線で見れば、230番代は、E233系までを使用、当時において、"JR東日本の定義する一般形電車"に付与できる形式は235~239までの"余力"がありました。 しかしながら、E331系は、230番代を飛ばし、330番代の冒頭を名乗ることとなります。 特殊な連接構造車故、実験的・試験的要素を踏まえ百の位"2"を一気に"3"まで飛ばした、とも言えますが。 ■だからやっぱり、330番代は"東日本が獲る!?近年"一般形"と括りつつ・近郊形寄りの一般型に130番代・通勤形寄りの一般型に230番代が事実上のすみ分けとなりつつあるJR東日本版、形式称号規則。 百の位"2"及び十の位"3"、すなわち"230番代"は、東日本において事実上、"首都圏・大都市圏向け通勤形"に割り当てると言うこだわり(傾向)がある場合、百の位"2"を払底させた後、現時点で唯一残る直流型を示す300番代と一般型電車向けの30番代は残しておきたい。 では、JR東日本・試作車たる次世代電車には"331系"を符号して330番代をロックしておこうじゃないかと。そう言う塩梅はどうかなと考えたわけです。 本回も私の主観だけで述べてしまったものの。 地方都市圏向けに増殖する"あの車両"が、237や239ではなく"131"を名乗るものですから..そう妄想したくて仕方がないのです。(※単にE129系の後継ってだけだと思いますが…) 最も、E331系にあっては。 国鉄時代において量産型の車両と一部試験的、試作的要素を詰め込んだ車両に300番代を符号することは、301系での前例があったため、単にそれを踏襲したとも捉えられます。 (Mr.DIMER編集長)
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【列車紹介】HC85系 特急「ひだ」(JR東海・JR西日本 東海道本線・高山本線)
おはようございます。名古屋・大阪~高山・飛驒古川・富山間を東海道本線・高山本線経由で運転する特急「ひだ」。 列車愛称は、高山市を中心とする岐阜県北部の旧国名「飛騨国」に由来しています。 使用車両はHC85系。 ハイブリッド方式(電気式気動車)を採用した新型車両で、2022年7月から段階的に投入が進み、2023年3月のダイヤ改正で先代キハ85系からの置き換えが完了しました。 列車は、グリーン車・普通車指定席・普通車自由席で構成される4両・6両編成を基本に、多客期には複数編成を増結して運転されます。 ※名古屋駅発着列車は、岐阜駅でスイッチバックを行うため、名古屋~岐阜間は座席が進行方向と反対向きになります。 (Mr.DIMER編集長)
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おはようございます。名古屋・大阪~高山・飛驒古川・富山間を東海道本線・高山本線経由で運転する特急「ひだ」。 列車愛称は、高山市を中心とする岐阜県北部の旧国名「飛騨国」に由来しています。 使用車両はHC85系。 ハイブリッド方式(電気式気動車)を採用した新型車両で、2022年7月から段階的に投入が進み、2023年3月のダイヤ改正で先代キハ85系からの置き換えが完了しました。 列車は、グリーン車・普通車指定席・普通車自由席で構成される4両・6両編成を基本に、多客期には複数編成を増結して運転されます。 ※名古屋駅発着列車は、岐阜駅でスイッチバックを行うため、名古屋~岐阜間は座席が進行方向と反対向きになります。 (Mr.DIMER編集長)
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【特集、お召し列車】命運を分けた牽引機<C57形1号機>
国鉄時代。皇室のご乗車される「お召し列車」。 その牽引を任されることは、機関車にとって最高峰の栄誉でした。しかし、お召し列車を牽引した機関車たちの運命は様々です。 保存された機関車。今も現役で走り続ける機関車。そして、静かにその役目を終えた機関車。 同じ栄誉を受けながら、なぜ命運は分かれたのでしょうか。今回から、その背景を一両ずつ紐解いていきます。 第1回は、試運転スジが公開され話題となっているC57形1号機です。 昭和12(1937)年に誕生したC57形1号機は、羽越本線などで活躍した後、昭和47(1972)年に定期運用を終了しました。 ちょうどその年は鉄道開業100周年。 国鉄は、その記念事業として梅小路蒸気機関車館を開設し、後世へ伝えるべき蒸気機関車を全国から選定します。C57形1号機は、トップナンバーであることに加え、保存状態の良さも評価され、保存機として選ばれました。 そして保存が決まった直後、新潟県で開催された全国植樹祭のお召し列車牽引機に抜擢。 特別整備を受け、新津~村上間のお召し列車を牽引しました。これがC57形1号機にとって、最初で最後のお召し列車となります。 その後は梅小路で保存され、昭和54(1979)年には「SLやまぐち号」の牽引機として動態復元。 以来40年以上にわたり、日本を代表する動態保存機として数多くの人々を魅了してきました。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。 幾度となく大規模検査や修繕を重ね、2020年には運転中の不具合により長期離脱。一時は復活を危ぶむ声も上がりました。 それでも技術者たちは諦めることなく整備を続け、約5年半に及ぶ修繕を経て再び火が入り、現在は本線復帰へ向けた試運転が始まっています。 半世紀以上前に誕生した一両の蒸気機関車が、多くの人々の想いと技術によって今も命をつないでいる。 それこそが、C57形1号機が今日まで走り続ける理由なのかもしれません。 一方で、お召し列車を牽引したという同じ栄誉を持ちながら、保存されることなく解体された機関車も存在します。 その違いは何だったのか。 次回は、「国鉄最後のお召し列車」を牽引したEF64形77号機。同じお召し列車牽引機でありながら、なぜC57形1号機とは異なる運命をたどったのか。 その背景を、探っていきたいと思います。 (マイミー)
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国鉄時代。皇室のご乗車される「お召し列車」。 その牽引を任されることは、機関車にとって最高峰の栄誉でした。しかし、お召し列車を牽引した機関車たちの運命は様々です。 保存された機関車。今も現役で走り続ける機関車。そして、静かにその役目を終えた機関車。 同じ栄誉を受けながら、なぜ命運は分かれたのでしょうか。今回から、その背景を一両ずつ紐解いていきます。 第1回は、試運転スジが公開され話題となっているC57形1号機です。 昭和12(1937)年に誕生したC57形1号機は、羽越本線などで活躍した後、昭和47(1972)年に定期運用を終了しました。 ちょうどその年は鉄道開業100周年。 国鉄は、その記念事業として梅小路蒸気機関車館を開設し、後世へ伝えるべき蒸気機関車を全国から選定します。C57形1号機は、トップナンバーであることに加え、保存状態の良さも評価され、保存機として選ばれました。 そして保存が決まった直後、新潟県で開催された全国植樹祭のお召し列車牽引機に抜擢。 特別整備を受け、新津~村上間のお召し列車を牽引しました。これがC57形1号機にとって、最初で最後のお召し列車となります。 その後は梅小路で保存され、昭和54(1979)年には「SLやまぐち号」の牽引機として動態復元。 以来40年以上にわたり、日本を代表する動態保存機として数多くの人々を魅了してきました。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。 幾度となく大規模検査や修繕を重ね、2020年には運転中の不具合により長期離脱。一時は復活を危ぶむ声も上がりました。 それでも技術者たちは諦めることなく整備を続け、約5年半に及ぶ修繕を経て再び火が入り、現在は本線復帰へ向けた試運転が始まっています。 半世紀以上前に誕生した一両の蒸気機関車が、多くの人々の想いと技術によって今も命をつないでいる。 それこそが、C57形1号機が今日まで走り続ける理由なのかもしれません。 一方で、お召し列車を牽引したという同じ栄誉を持ちながら、保存されることなく解体された機関車も存在します。 その違いは何だったのか。 次回は、「国鉄最後のお召し列車」を牽引したEF64形77号機。同じお召し列車牽引機でありながら、なぜC57形1号機とは異なる運命をたどったのか。 その背景を、探っていきたいと思います。 (マイミー)
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