Mr.DIMER Journal

【特急列車の未来】“万能特急”はもう生まれない?これからを担う新時代の特急型とは。

【特急列車の未来】“万能特急”はもう生まれない?これからを担う新時代の特急型とは。

かつて日本には、“どこへでも行ける特急型”がいました。 その代表格が485系。 直流1500V、交流50Hz・60Hzに対応し、東北、北陸、関西、九州まで、日本列島を縦横無尽に駆け回った国鉄特急の万能選手です。昼行特急から夜行列車までこなし、転属を繰り返しながら全国各地で活躍。 まさに、「とりあえず485系を持ってくれば何とかなる。」そんな存在でした。 ではこれから先、485系のような“万能特急”は再び生まれるのでしょうか。私の独断と偏見で言えば、おそらく答えは「NO」。しかし、それは特急型が退化したという意味ではありません。 むしろ時代は、“何でもできる車両”から、その路線で「最強」の車両へ。大きく変わり始めています。 「通勤型とは、むしろ逆方向へ」ここが面白いところです。現在の通勤型電車は、設計や機器を共通化し、標準化する方向へ進んでいます。 部品を共通化して保守をしやすくする。製造コストを抑える。複数の線区で使いやすくする。大量に必要な通勤型だからこそ、「なるべく同じものを効率よく使う」そんな思想が強くなっています。 ところが、特急型はむしろ逆。 通勤型が“標準化”へ向かう一方で、特急型は“専用化”へ向かっているとは思いませんか? 「273系・伯備線を極めた新世代振り子車両」 その代表格が、2024年に営業運転を開始した273系「やくも」。長年伯備線を走った381系の後継として誕生しました。最大の特徴は、「車上型制御付き自然振り子方式」。車両側で走行位置を把握し、カーブへ入るタイミングに合わせて振り子動作を制御。 速達性を維持しながら、乗り心地の改善を狙っています。全席コンセントや大型荷物スペースなど、設備面も現代仕様。しかし重要なのは、273系が「全国どこでも走るための車両」ではないこと。 伯備線という曲線の多い山岳路線。そして「やくも」という列車。そこへ徹底的に合わせて造られています。 「385系・(しなの)のために進化する次世代特急」 さらに、この流れを強く感じさせるのが385系。383系「しなの」の後継を見据え、JR東海が開発を進める次世代特急型電車です。名古屋から長野へ向かう中央西線は、とにかくカーブが多い。そこで385系では、新しい振子制御技術を採用。383系が築いた曲線通過性能を受け継ぎながら、さらに乗り心地を向上させることが狙われています。 つまり385系に求められているのも、「全国で使えること」ではありません。“中央西線で、いかに速く、快適に走るか。”そこへ能力を振り切った車両です。 「HC85系・気動車という常識まで変えた特急型」 そしてもう一両。新時代を象徴する存在として外せないのがHC85系です。キハ85系の後継として登場しましたが、形式名には「キハ」の文字がありません。HC85系は、従来のディーゼルカーとは仕組みが大きく異なります。エンジンで発電した電気と蓄電池の電力を使い、モーターで車輪を回すハイブリッド方式。 非電化区間を走る特急だからといって、昔ながらの液体式気動車でなければならない。そんな常識も、過去のものになりつつあります。 現在は「ひだ」「南紀」で活躍。 環境性能だけでなく、静粛性、加速性能、快適性まで含め、 “非電化特急とはどうあるべきか。” その答えを一から作り直した車両とも言えるでしょう。 「同じものを使う通勤型」と「違うものを造る特急型」 こうして見ると、現代の鉄道車両は面白い方向へ進んでいます。 通勤型は、標準化。共通化。大量生産。保守の効率化。 一方の特急型は、線区専用。列車専用。乗り心地重視。その路線ならではの性能。 同じ鉄道車両でありながら、両者は逆方向へ進んでいるのです。 もちろん、特急型にも部品共通化やコスト削減は必要です。それでも最後に残るのは、...

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【特急列車の未来】“万能特急”はもう生まれない?これからを担う新時代の特急型とは。

かつて日本には、“どこへでも行ける特急型”がいました。 その代表格が485系。 直流1500V、交流50Hz・60Hzに対応し、東北、北陸、関西、九州まで、日本列島を縦横無尽に駆け回った国鉄特急の万能選手です。昼行特急から夜行列車までこなし、転属を繰り返しながら全国各地で活躍。 まさに、「とりあえず485系を持ってくれば何とかなる。」そんな存在でした。 ではこれから先、485系のような“万能特急”は再び生まれるのでしょうか。私の独断と偏見で言えば、おそらく答えは「NO」。しかし、それは特急型が退化したという意味ではありません。 むしろ時代は、“何でもできる車両”から、その路線で「最強」の車両へ。大きく変わり始めています。 「通勤型とは、むしろ逆方向へ」ここが面白いところです。現在の通勤型電車は、設計や機器を共通化し、標準化する方向へ進んでいます。 部品を共通化して保守をしやすくする。製造コストを抑える。複数の線区で使いやすくする。大量に必要な通勤型だからこそ、「なるべく同じものを効率よく使う」そんな思想が強くなっています。 ところが、特急型はむしろ逆。 通勤型が“標準化”へ向かう一方で、特急型は“専用化”へ向かっているとは思いませんか? 「273系・伯備線を極めた新世代振り子車両」 その代表格が、2024年に営業運転を開始した273系「やくも」。長年伯備線を走った381系の後継として誕生しました。最大の特徴は、「車上型制御付き自然振り子方式」。車両側で走行位置を把握し、カーブへ入るタイミングに合わせて振り子動作を制御。 速達性を維持しながら、乗り心地の改善を狙っています。全席コンセントや大型荷物スペースなど、設備面も現代仕様。しかし重要なのは、273系が「全国どこでも走るための車両」ではないこと。 伯備線という曲線の多い山岳路線。そして「やくも」という列車。そこへ徹底的に合わせて造られています。 「385系・(しなの)のために進化する次世代特急」 さらに、この流れを強く感じさせるのが385系。383系「しなの」の後継を見据え、JR東海が開発を進める次世代特急型電車です。名古屋から長野へ向かう中央西線は、とにかくカーブが多い。そこで385系では、新しい振子制御技術を採用。383系が築いた曲線通過性能を受け継ぎながら、さらに乗り心地を向上させることが狙われています。 つまり385系に求められているのも、「全国で使えること」ではありません。“中央西線で、いかに速く、快適に走るか。”そこへ能力を振り切った車両です。 「HC85系・気動車という常識まで変えた特急型」 そしてもう一両。新時代を象徴する存在として外せないのがHC85系です。キハ85系の後継として登場しましたが、形式名には「キハ」の文字がありません。HC85系は、従来のディーゼルカーとは仕組みが大きく異なります。エンジンで発電した電気と蓄電池の電力を使い、モーターで車輪を回すハイブリッド方式。 非電化区間を走る特急だからといって、昔ながらの液体式気動車でなければならない。そんな常識も、過去のものになりつつあります。 現在は「ひだ」「南紀」で活躍。 環境性能だけでなく、静粛性、加速性能、快適性まで含め、 “非電化特急とはどうあるべきか。” その答えを一から作り直した車両とも言えるでしょう。 「同じものを使う通勤型」と「違うものを造る特急型」 こうして見ると、現代の鉄道車両は面白い方向へ進んでいます。 通勤型は、標準化。共通化。大量生産。保守の効率化。 一方の特急型は、線区専用。列車専用。乗り心地重視。その路線ならではの性能。 同じ鉄道車両でありながら、両者は逆方向へ進んでいるのです。 もちろん、特急型にも部品共通化やコスト削減は必要です。それでも最後に残るのは、...

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【私鉄の"東海顔"】連載お知らせ

【私鉄の"東海顔"】連載お知らせ

1958年、153系を始祖として誕生した「東海顔」。 その端正な前面意匠は、国鉄近郊形、急行形車両によって一大系譜を築きました。 しかし全国の私鉄を見渡すと、国鉄から譲渡されたわけでもないのに、どこか「東海顔」を思わせる車両が存在します。 偶然、似た姿へ行き着いたもの。あるいは、国鉄車両の意匠に影響を受けたと思われるもの。 今回の連載では、そんな私鉄生え抜きの「東海顔」たちをご紹介。 国鉄の外側に広がった、もうひとつの「東海顔」を振り返ります。 ニッチな企画です。情報も写真も"国鉄の東海顔"からするとかなり絞られます。イラストによる車両紹介が増えます。 みなさまが思う"東海顔"ぜひ教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)

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【私鉄の"東海顔"】連載お知らせ

1958年、153系を始祖として誕生した「東海顔」。 その端正な前面意匠は、国鉄近郊形、急行形車両によって一大系譜を築きました。 しかし全国の私鉄を見渡すと、国鉄から譲渡されたわけでもないのに、どこか「東海顔」を思わせる車両が存在します。 偶然、似た姿へ行き着いたもの。あるいは、国鉄車両の意匠に影響を受けたと思われるもの。 今回の連載では、そんな私鉄生え抜きの「東海顔」たちをご紹介。 国鉄の外側に広がった、もうひとつの「東海顔」を振り返ります。 ニッチな企画です。情報も写真も"国鉄の東海顔"からするとかなり絞られます。イラストによる車両紹介が増えます。 みなさまが思う"東海顔"ぜひ教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)

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【国鉄名車列伝】キハ12・北海道の冬に挑んだ、小さなパイオニア

【国鉄名車列伝】キハ12・北海道の冬に挑んだ、小さなパイオニア

【国鉄名車列伝】キハ12・北海道の冬に挑んだ、小さなパイオニア 「北海道で気動車を走らせる。」今では当たり前の話ですが、1950年代の国鉄にとって、それは決して簡単なことではありませんでした。本州向けの車両を、そのまま北海道へ持っていけばいい。そんな甘い環境ではありません。 猛烈な寒さ。吹雪。凍結。そして、容赦なく車内へ入り込む冷気。 そんな北海道の冬に、本気で立ち向かうために生まれたのが、 ”キハ12形”です。 始まりは「キハ48200形」 キハ12形が誕生したのは1956年。 当初はキハ48200形を名乗り、のちの称号改正でキハ12形となりました。製造されたのは、わずか22両。 ベースとなったのは、戦後の国鉄気動車を一気に近代化させたキハ10系です。しかし北海道には、すでにキハ11形100番台が投入されていました。 ところが実際に使ってみると… 「まだ寒い。」北海道の冬は、そう簡単には許してくれませんでした。そこで耐寒性能をさらに強化して登場したのがキハ12だったのです。 「二重窓を採用」 キハ12を語るうえで欠かせないのが、”側窓の二重化”。 外側の窓に加えて、車内側にも内窓を設置。外気との間に空気層を作ることで、客室の保温性能を高めました。 さらに乗降口と客室の間にも仕切りを設け、扉を開けた瞬間に冷気が客室へ流れ込むことを抑える。 後のキハ22などへつながっていく、 “北海道仕様”の基本思想がここにあります。 「運転士も寒かった」 興味深いのは、客室だけではありません。先に投入されていた寒地向け車両では、乗務員室の暖房にも課題がありました。そこでキハ12では暖房設備にも改良が加えられ、北海道で実際に働く乗務員の環境改善が図られていきます。 カタログスペックだけではなく、 「現場で使って分かった不具合を、次の車両に反映する。」こういう積み重ねこそ、国鉄車両らしいところです。 でも、”小さい” ただしキハ12は、あくまでキハ10系。後のキハ20系などと比べると、車体は細く小さい。搭載するDMH17系エンジンの出力にも余裕はなく、軽量な車体で性能を稼いでいました。 後年のキハ40形などと並べれば、 「こんなに小さかったのか」と思うほどです。しかし、その華奢な車体で北海道各地のローカル線を走り続けました。やがてキハ22形など、より本格的な北海道向け気動車が登場すると主役の座を譲り、1980年までに国鉄線上から姿を消します。 「そして、約20年後に“復活”する」 ところがキハ12という形式名は、それから約20年後思わぬ形で再び全国区になります。 1999年公開の映画、「鉄道員(ぽっぽや)」 高倉健さん演じる駅長・佐藤乙松が守り続ける終着駅「幌舞駅」 そこへ雪をかき分けるように現れる一両の気動車。劇中でその車両に与えられた番号が、「キハ12...

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【国鉄名車列伝】キハ12・北海道の冬に挑んだ、小さなパイオニア

【国鉄名車列伝】キハ12・北海道の冬に挑んだ、小さなパイオニア 「北海道で気動車を走らせる。」今では当たり前の話ですが、1950年代の国鉄にとって、それは決して簡単なことではありませんでした。本州向けの車両を、そのまま北海道へ持っていけばいい。そんな甘い環境ではありません。 猛烈な寒さ。吹雪。凍結。そして、容赦なく車内へ入り込む冷気。 そんな北海道の冬に、本気で立ち向かうために生まれたのが、 ”キハ12形”です。 始まりは「キハ48200形」 キハ12形が誕生したのは1956年。 当初はキハ48200形を名乗り、のちの称号改正でキハ12形となりました。製造されたのは、わずか22両。 ベースとなったのは、戦後の国鉄気動車を一気に近代化させたキハ10系です。しかし北海道には、すでにキハ11形100番台が投入されていました。 ところが実際に使ってみると… 「まだ寒い。」北海道の冬は、そう簡単には許してくれませんでした。そこで耐寒性能をさらに強化して登場したのがキハ12だったのです。 「二重窓を採用」 キハ12を語るうえで欠かせないのが、”側窓の二重化”。 外側の窓に加えて、車内側にも内窓を設置。外気との間に空気層を作ることで、客室の保温性能を高めました。 さらに乗降口と客室の間にも仕切りを設け、扉を開けた瞬間に冷気が客室へ流れ込むことを抑える。 後のキハ22などへつながっていく、 “北海道仕様”の基本思想がここにあります。 「運転士も寒かった」 興味深いのは、客室だけではありません。先に投入されていた寒地向け車両では、乗務員室の暖房にも課題がありました。そこでキハ12では暖房設備にも改良が加えられ、北海道で実際に働く乗務員の環境改善が図られていきます。 カタログスペックだけではなく、 「現場で使って分かった不具合を、次の車両に反映する。」こういう積み重ねこそ、国鉄車両らしいところです。 でも、”小さい” ただしキハ12は、あくまでキハ10系。後のキハ20系などと比べると、車体は細く小さい。搭載するDMH17系エンジンの出力にも余裕はなく、軽量な車体で性能を稼いでいました。 後年のキハ40形などと並べれば、 「こんなに小さかったのか」と思うほどです。しかし、その華奢な車体で北海道各地のローカル線を走り続けました。やがてキハ22形など、より本格的な北海道向け気動車が登場すると主役の座を譲り、1980年までに国鉄線上から姿を消します。 「そして、約20年後に“復活”する」 ところがキハ12という形式名は、それから約20年後思わぬ形で再び全国区になります。 1999年公開の映画、「鉄道員(ぽっぽや)」 高倉健さん演じる駅長・佐藤乙松が守り続ける終着駅「幌舞駅」 そこへ雪をかき分けるように現れる一両の気動車。劇中でその車両に与えられた番号が、「キハ12...

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【Insta Thanks 7000 follow】「東急7000系(初代)」(Vol.8)

【Insta Thanks 7000 follow】「東急7000系(初代)」(Vol.8)

<日本初、オールステンレスカー誕生> アメリカ・バッド社との技術提携により、東急車輛が世に送り出した、日本初のオールステンレス車両。 それが、東急7000系(初代)です。 1962年から1966年にかけて、134両が製造されました。 東横線と地下鉄日比谷線の相互直通運転を前提に設計され、台車には同じくバッド社設計の、「パイオニアⅢ形」を採用。 軽量化と保守の簡易化を追求した意欲作でした。 オールステンレス車体は「解体しない」という、東急の方針のもと、134両すべてが改造・譲渡を経て、第二の人生を歩んでいます。 2012年には、日本機械学会の「機械遺産」にも認定されました。 <車両データ>運用開始:1962年運用終了:2000年製造両数:134両 *************************************************Instagramのフォロワー数が7,700名を超えました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。Mr.DIMER*************************************************

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【Insta Thanks 7000 follow】「東急7000系(初代)」(Vol.8)

<日本初、オールステンレスカー誕生> アメリカ・バッド社との技術提携により、東急車輛が世に送り出した、日本初のオールステンレス車両。 それが、東急7000系(初代)です。 1962年から1966年にかけて、134両が製造されました。 東横線と地下鉄日比谷線の相互直通運転を前提に設計され、台車には同じくバッド社設計の、「パイオニアⅢ形」を採用。 軽量化と保守の簡易化を追求した意欲作でした。 オールステンレス車体は「解体しない」という、東急の方針のもと、134両すべてが改造・譲渡を経て、第二の人生を歩んでいます。 2012年には、日本機械学会の「機械遺産」にも認定されました。 <車両データ>運用開始:1962年運用終了:2000年製造両数:134両 *************************************************Instagramのフォロワー数が7,700名を超えました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。Mr.DIMER*************************************************

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【試作車の特徴?】"目つきが鋭い"100系のお話

【試作車の特徴?】"目つきが鋭い"100系のお話

100系といえば、0系の丸みを帯びた姿から一転、細長い前照灯と「シャークノーズ」による精悍な顔立ちが特徴の新幹線電車、でした。 しかし――同じ100系でも、よく見ると妙に「目つきの鋭い」車両が存在しました。 100系の試作車として製造された9000番台・X0編成のことです。 1985年に登場したX0編成は、後の量産車とは細かな部分が異なっており、そのひとつが前照灯。 試作車では前照灯が量産車よりも強く傾斜しており、正面から見ると明らかに「つり目」。 一方、量産車ではこの角度が緩められ、私たちがよく知る100系のやや穏やかな表情となりました。 違いは目だけではありません。 X0編成には、量産車より小さな客室窓が並ぶほか、先頭車の細部や扉配置などにも試作車特有の仕様が存在しました。 その後、X0編成は量産化改造を受けて「X1編成」となりますが、この特徴的なつり目の前照灯は残されました。 つまり100系が活躍していた時代、編成番号を知らなくても、 「なんだかこの100系、目つきが鋭いぞ」 と感じたなら、それは元・試作車のX1編成だった可能性が高いわけです。 一見ほとんど同じに見える100系。 しかし顔つきを見れば、たった1編成しか存在しなかった試作車の面影を見分けることができました。 その後、量産車の登場、営業運転での実績を受け、本編成も"量産化改造"を受けることになりますが、これにより消えていった「試作車らしさ」は、表情に残されていたのです。 (Mr.DIMER編集長)

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【試作車の特徴?】"目つきが鋭い"100系のお話

100系といえば、0系の丸みを帯びた姿から一転、細長い前照灯と「シャークノーズ」による精悍な顔立ちが特徴の新幹線電車、でした。 しかし――同じ100系でも、よく見ると妙に「目つきの鋭い」車両が存在しました。 100系の試作車として製造された9000番台・X0編成のことです。 1985年に登場したX0編成は、後の量産車とは細かな部分が異なっており、そのひとつが前照灯。 試作車では前照灯が量産車よりも強く傾斜しており、正面から見ると明らかに「つり目」。 一方、量産車ではこの角度が緩められ、私たちがよく知る100系のやや穏やかな表情となりました。 違いは目だけではありません。 X0編成には、量産車より小さな客室窓が並ぶほか、先頭車の細部や扉配置などにも試作車特有の仕様が存在しました。 その後、X0編成は量産化改造を受けて「X1編成」となりますが、この特徴的なつり目の前照灯は残されました。 つまり100系が活躍していた時代、編成番号を知らなくても、 「なんだかこの100系、目つきが鋭いぞ」 と感じたなら、それは元・試作車のX1編成だった可能性が高いわけです。 一見ほとんど同じに見える100系。 しかし顔つきを見れば、たった1編成しか存在しなかった試作車の面影を見分けることができました。 その後、量産車の登場、営業運転での実績を受け、本編成も"量産化改造"を受けることになりますが、これにより消えていった「試作車らしさ」は、表情に残されていたのです。 (Mr.DIMER編集長)

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【国鉄型魔改造列車特集Vol.6】キハ56形・アルファコンチネンタルエクスプレス

【国鉄型魔改造列車特集Vol.6】キハ56形・アルファコンチネンタルエクスプレス

まだまだあるよ魔改造。 「北海道の急行形気動車を、リゾートホテルの送迎列車にしてしまえ。」 そんな発想から生まれたのが、1985年12月に登場したアルファコンチネンタルエクスプレス。通称「アルコン」です。 今回の種車は、新車ではありません。北海道で長年、急行列車を支えてきたキハ56系。 あの無骨な急行形気動車を、原形がほとんど分からなくなるまで作り替えてしまいました。 「ホテルと国鉄が作ったリゾート列車」石勝線開業後、トマムやサホロでは本格的なリゾート開発が進みます。そこでホテルアルファトマム、狩勝コンチネンタルホテルと国鉄が手を組み、リゾート客輸送のための専用列車を企画。 「アルファコンチネンタル」という名称も、両ホテルの名前を組み合わせたものでした。 当時の国鉄といえば、赤字、合理化、そして分割民営化を目前に控えた時代。そんな最中に、「古い急行形を豪華リゾート列車にして、新しい需要を掘り起こす。」かなり攻めています。 「キハ56の顔を切り落とす」 種車となったのはキハ56-201・209とキロ26-201。改造後は、キハ59-1+キハ29-1+キハ59-2という3両編成になりました。 しかし先頭車を見ると、もはやキハ56の面影はほぼありません。運転台周辺を大改造し、ハイデッカー構造の展望室と巨大な前面窓を設置。 あの北海道仕様の急行形が、一気に欧風リゾート列車へ変貌しました。 側面や床下をよく見れば確かにキハ56系の血統を感じますが、正面だけ見て種車を当てろと言われたら、かなり難しい。 これぞ"魔改造"です。 車内まで完全に別世界内装も従来のキハ56とは別物。展望性を重視した客室にリクライニングシートを備え、中間車キハ29-1には供食用カウンターまで設置。さらに先頭車にも冷房を供給するため、中間車の冷房電源装置まで強化されました。外見だけ派手にしたのではなく、サービス設備や電源設備まで手を入れている。 ”人気が出すぎて「普通のキハ56」を混ぜる” ところがアルコンは人気を集めます。すると3両では足りない。そこで増結用としてキロ26-202やキハ56-213をアルコンカラーに塗装して連結しました。 ただし基本的には”原形に近い車両”。外はアルコンなのに、中へ入れば見慣れた急行形。しかもキハ56-213はボックスシートを残したまま。豪華な展望車を期待して乗ったら、そこだけいつものキハ56。 これはこれで今なら乗ってみたいですが、当時のリゾート客からすれば「思うてたんと違う」となったでしょう。さらに1エンジンのキロ26を増結すると編成出力にも影響するため、運用面でも扱いやすいとは言えませんでした。 「だったら、やります。おかわりもう1両。」 そして1986年。国鉄が出した答えは、 「だったら、もう1両ちゃんと改造しよう。」 キハ56-212を種車に、キハ59-101を製作。運転台まで撤去して完全な中間車とし、アルコンは本格的な4両編成となります。足りなければ原形車を塗って繋ぐ。それで具合が悪ければ、さらに1両魔改造する。この力技こそ、国鉄末期のジョイフルトレインらしさではないでしょうか。 「北海道リゾート列車の先駆者」 その後の北海道には、フラノエクスプレス、トマムサホロエクスプレス、ニセコエクスプレス、クリスタルエクスプレスなど、個性的なリゾート列車が次々と登場します。アルコンは、そんな北海道のリゾート列車文化を切り拓いた先駆者の一つでした。新車を造る余裕がなくても、今ある車両と技術で新しい価値を作る。 キハ56という北海道の働き者を、観光客が憧れるリゾート列車へ変えてしまった国鉄マンたち。合理化の時代だからこそ生まれた、逆転の発想。 「キハ56形・アルファコンチネンタルエクスプレス」”元キハ56です”。 (マイミー)

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【国鉄型魔改造列車特集Vol.6】キハ56形・アルファコンチネンタルエクスプレス

まだまだあるよ魔改造。 「北海道の急行形気動車を、リゾートホテルの送迎列車にしてしまえ。」 そんな発想から生まれたのが、1985年12月に登場したアルファコンチネンタルエクスプレス。通称「アルコン」です。 今回の種車は、新車ではありません。北海道で長年、急行列車を支えてきたキハ56系。 あの無骨な急行形気動車を、原形がほとんど分からなくなるまで作り替えてしまいました。 「ホテルと国鉄が作ったリゾート列車」石勝線開業後、トマムやサホロでは本格的なリゾート開発が進みます。そこでホテルアルファトマム、狩勝コンチネンタルホテルと国鉄が手を組み、リゾート客輸送のための専用列車を企画。 「アルファコンチネンタル」という名称も、両ホテルの名前を組み合わせたものでした。 当時の国鉄といえば、赤字、合理化、そして分割民営化を目前に控えた時代。そんな最中に、「古い急行形を豪華リゾート列車にして、新しい需要を掘り起こす。」かなり攻めています。 「キハ56の顔を切り落とす」 種車となったのはキハ56-201・209とキロ26-201。改造後は、キハ59-1+キハ29-1+キハ59-2という3両編成になりました。 しかし先頭車を見ると、もはやキハ56の面影はほぼありません。運転台周辺を大改造し、ハイデッカー構造の展望室と巨大な前面窓を設置。 あの北海道仕様の急行形が、一気に欧風リゾート列車へ変貌しました。 側面や床下をよく見れば確かにキハ56系の血統を感じますが、正面だけ見て種車を当てろと言われたら、かなり難しい。 これぞ"魔改造"です。 車内まで完全に別世界内装も従来のキハ56とは別物。展望性を重視した客室にリクライニングシートを備え、中間車キハ29-1には供食用カウンターまで設置。さらに先頭車にも冷房を供給するため、中間車の冷房電源装置まで強化されました。外見だけ派手にしたのではなく、サービス設備や電源設備まで手を入れている。 ”人気が出すぎて「普通のキハ56」を混ぜる” ところがアルコンは人気を集めます。すると3両では足りない。そこで増結用としてキロ26-202やキハ56-213をアルコンカラーに塗装して連結しました。 ただし基本的には”原形に近い車両”。外はアルコンなのに、中へ入れば見慣れた急行形。しかもキハ56-213はボックスシートを残したまま。豪華な展望車を期待して乗ったら、そこだけいつものキハ56。 これはこれで今なら乗ってみたいですが、当時のリゾート客からすれば「思うてたんと違う」となったでしょう。さらに1エンジンのキロ26を増結すると編成出力にも影響するため、運用面でも扱いやすいとは言えませんでした。 「だったら、やります。おかわりもう1両。」 そして1986年。国鉄が出した答えは、 「だったら、もう1両ちゃんと改造しよう。」 キハ56-212を種車に、キハ59-101を製作。運転台まで撤去して完全な中間車とし、アルコンは本格的な4両編成となります。足りなければ原形車を塗って繋ぐ。それで具合が悪ければ、さらに1両魔改造する。この力技こそ、国鉄末期のジョイフルトレインらしさではないでしょうか。 「北海道リゾート列車の先駆者」 その後の北海道には、フラノエクスプレス、トマムサホロエクスプレス、ニセコエクスプレス、クリスタルエクスプレスなど、個性的なリゾート列車が次々と登場します。アルコンは、そんな北海道のリゾート列車文化を切り拓いた先駆者の一つでした。新車を造る余裕がなくても、今ある車両と技術で新しい価値を作る。 キハ56という北海道の働き者を、観光客が憧れるリゾート列車へ変えてしまった国鉄マンたち。合理化の時代だからこそ生まれた、逆転の発想。 「キハ56形・アルファコンチネンタルエクスプレス」”元キハ56です”。 (マイミー)

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