Mr.DIMER Journal

【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)

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【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>

255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)

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【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...

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【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説

2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...

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【Insta Thanks 7000 follow】「西武7000系」(Vol.3)

【Insta Thanks 7000 follow】「西武7000系」(Vol.3)

<"中古の新星"第2弾、西武7000系> 2026年6月27日、西武鉄道・狭山線に"新顔"が誕生しました。 東急大井町線で活躍していた9000系を種車とする、小田急8000系に次ぐ第二弾"サステナ車両"、7000系。 東急時代、5両編成のうち中間の3号車を抜いて、4両編成として導入されました。 ワンマン運転対応や側方カメラシステム、半自動ドア制御などを新設しており、種車の更新状態や走行線区の特性から、西武の「サステナ車両」としては、先行した8000系よりも大がかりな改造が施されています。 外装は市松模様をあしらった、ブルー×グリーンのグラデーション。8000系と同様のカラーリングとなりました。 2026年度から2029年度にかけて、狭山線・西武秩父線・多摩湖線などへ、約60両が順次導入される予定です。 <車両データ>運用開始:2026年運用終了:運行中製造両数:12両(2026年7月現在、最終的に約60両を予定) *************************************************Instagramのフォロワー数が7,200名を超えました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。Mr.DIMER*************************************************

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<"中古の新星"第2弾、西武7000系> 2026年6月27日、西武鉄道・狭山線に"新顔"が誕生しました。 東急大井町線で活躍していた9000系を種車とする、小田急8000系に次ぐ第二弾"サステナ車両"、7000系。 東急時代、5両編成のうち中間の3号車を抜いて、4両編成として導入されました。 ワンマン運転対応や側方カメラシステム、半自動ドア制御などを新設しており、種車の更新状態や走行線区の特性から、西武の「サステナ車両」としては、先行した8000系よりも大がかりな改造が施されています。 外装は市松模様をあしらった、ブルー×グリーンのグラデーション。8000系と同様のカラーリングとなりました。 2026年度から2029年度にかけて、狭山線・西武秩父線・多摩湖線などへ、約60両が順次導入される予定です。 <車両データ>運用開始:2026年運用終了:運行中製造両数:12両(2026年7月現在、最終的に約60両を予定) *************************************************Instagramのフォロワー数が7,200名を超えました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。Mr.DIMER*************************************************

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【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

横須賀・総武快速線に、E235系1000番台が投入されて数年。 車内は静かで、乗り心地も良い、優れた車両です。 もっとも、こと走行音に関しては、「やかましい」と感じる向きも、少なくないのではないでしょうか。 トンネルの多い横須賀線区間で、モーターを甲高く唸らせ、力強く加減速する様は、かつての近郊型電車のゆったりとした走りとは、明らかに趣を異にします。 この"体感"の背景を、歯車比という数字からひも解いて参りましょう。 歯車比とは、モーターの回転を車輪へ伝える際の、減速比のこと。 一般に、この数値が大きいほど、低速域での加速力に優れる反面、高速域ではモーターが高回転を強いられる傾向にあります。 平たく申せば、数字が大きいほど"加速重視・高速では忙しない"設計と言えます。 では、横須賀・総武快速線を歴代走ってきた車両と、同時期の山手線車両の歯車比を、並べてみましょう。 ・103系(山手線/通勤型)……1:6.07・113系(横須賀総武/近郊型)…1:4.82・E217系(近郊型後継)………1:6.06・E235系(1000番台)………1:7.07 まず注目すべきは、113系。 横須賀・総武快速線を長らく担った近郊型113系の歯車比は、1:4.82。 これは、同時期に山手線を走っていた通勤型103系の1:6.07よりも、小さい値です。 すなわち113系は、高速走行に適した設計。長距離を、高い速度で流す。近郊型らしい味付けと申せましょう。 対して、現代のE235系は1:7.07。 歴代の中で、飛び抜けて大きい数値です。 無論、E235系はVVVFインバータ制御を採用した現代車両であり、抵抗制御の103系・113系とは制御方式が根本から異なります。 故に、歯車比のみをもって単純に優劣を論じることは、できません。 できませんが、かつての近郊型113系の1:4.82と、現代のE235系の1:7.07。 この数値の隔たりは、両者の走行特性が大きく異なることを示していると捉えてよいかと思われます。 低い歯車比で、高速域を伸びやかに走った、かつての近郊型。 高い歯車比で、加減速を機敏にこなす、現代の通勤・近郊兼用車。 同じ"横須賀・総武快速線を走る車両"でも、その設計思想は、時代とともに変化した。 E235系の"やかましさ"の一因は、この歯車比の変遷と、横須賀・総武快速線の地下区間で反響するモーター、走行音の印象に表れているのかもしれません。 (Mr.DIMER編集長)

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【やかましく感じるのは気のせい?】横須賀・総武快速線E235系

横須賀・総武快速線に、E235系1000番台が投入されて数年。 車内は静かで、乗り心地も良い、優れた車両です。 もっとも、こと走行音に関しては、「やかましい」と感じる向きも、少なくないのではないでしょうか。 トンネルの多い横須賀線区間で、モーターを甲高く唸らせ、力強く加減速する様は、かつての近郊型電車のゆったりとした走りとは、明らかに趣を異にします。 この"体感"の背景を、歯車比という数字からひも解いて参りましょう。 歯車比とは、モーターの回転を車輪へ伝える際の、減速比のこと。 一般に、この数値が大きいほど、低速域での加速力に優れる反面、高速域ではモーターが高回転を強いられる傾向にあります。 平たく申せば、数字が大きいほど"加速重視・高速では忙しない"設計と言えます。 では、横須賀・総武快速線を歴代走ってきた車両と、同時期の山手線車両の歯車比を、並べてみましょう。 ・103系(山手線/通勤型)……1:6.07・113系(横須賀総武/近郊型)…1:4.82・E217系(近郊型後継)………1:6.06・E235系(1000番台)………1:7.07 まず注目すべきは、113系。 横須賀・総武快速線を長らく担った近郊型113系の歯車比は、1:4.82。 これは、同時期に山手線を走っていた通勤型103系の1:6.07よりも、小さい値です。 すなわち113系は、高速走行に適した設計。長距離を、高い速度で流す。近郊型らしい味付けと申せましょう。 対して、現代のE235系は1:7.07。 歴代の中で、飛び抜けて大きい数値です。 無論、E235系はVVVFインバータ制御を採用した現代車両であり、抵抗制御の103系・113系とは制御方式が根本から異なります。 故に、歯車比のみをもって単純に優劣を論じることは、できません。 できませんが、かつての近郊型113系の1:4.82と、現代のE235系の1:7.07。 この数値の隔たりは、両者の走行特性が大きく異なることを示していると捉えてよいかと思われます。 低い歯車比で、高速域を伸びやかに走った、かつての近郊型。 高い歯車比で、加減速を機敏にこなす、現代の通勤・近郊兼用車。 同じ"横須賀・総武快速線を走る車両"でも、その設計思想は、時代とともに変化した。 E235系の"やかましさ"の一因は、この歯車比の変遷と、横須賀・総武快速線の地下区間で反響するモーター、走行音の印象に表れているのかもしれません。 (Mr.DIMER編集長)

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【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

かつて中央東線の国鉄特急色を一気に塗り替えた、斬新なデザイン。武田菱を纏った特急E257系。 2001年のE257系の登場は、183系・189系が長年築き上げてきた「あずさ・かいじ」のイメージを一新する、大きな転換点でした。 しかし時代は流れ、E353系の登場によって中央東線の主役は交代。E351系は引退し、スーパーあずさは廃止。E257系もあずさ・かいじから、また新たな道を歩むことになります。 中央を走る0番台は2000番台・2500番台へ。房総を走る500番台は5000番台・5500番台へ改造。 0番台から生まれた2000番台、500番台から生まれた2500番台は、機器更新と車内改造を受け、「あずさ」「かいじ」を離れて今度は奇しくも185系を置換。 東海道特急「踊り子」の顔になりました。 新生時に183系・189系を送り出し、そのまた20年後には185系を送り出す。これもまたすごい数奇な運命。 一方、5000番台は定期運用を持たず、団体列車や臨時列車として東日本の直流区間を縦横無尽に走り続けています。もちろん、臨時「あずさ」「かいじ」として、今でも中央東線へ帰ってくる姿を見ることもできます。 500番台から改造された5500番台も、房総地区や富士急行線直通列車などで現役として活躍中です。 正直、当時の私はE257系が東海道を「踊り子」として走る日が来るなんて、想像もしていませんでした。 理由は単純です。半室グリーン車(サロハ)だったから。 ドル箱東海道特急で半室グリーンはあまりにも役不足だろうと思っていたのですが、2000番台への改造では、まさかのサロハを普通のグリーン車(サロ)へ改造。 「そこまでやるのか!」 と驚いたことを今でも覚えています。その一方で、5000番台は種車の面影を色濃く残したまま機器更新を実施。サロハも健在で、中央線特急時代の雰囲気を今に伝えています。 そして東海道線では、2000番台と2500番台を連結した14両編成の「踊り子」が堂々と駆け抜ける姿も見られるようになりました。 あの迫力は、やはり特急らしくていいですね。 個人的には、前照灯は更新後のLEDよりも、登場時のHIDヘッドライトの方がE257系らしさを感じますが、それもまた時代の流れなのでしょう。 中央東線の象徴だった武田菱は姿を消しました。 それでも、全国各地で新たな役割を担いながら走り続けるE257系を見ると、この形式のポテンシャルの高さを改めて感じます。 E257系には、これからも末永く、日本の特急列車として走り続けてほしい。 私のJR車で好きな車種のひとつです。ちなみに私がE257系の1番好きな所はパンタが黄色のアクセントが付いてる所です。 (マイミー)

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【武田菱が駆け抜けた、その先へ。】E257系

かつて中央東線の国鉄特急色を一気に塗り替えた、斬新なデザイン。武田菱を纏った特急E257系。 2001年のE257系の登場は、183系・189系が長年築き上げてきた「あずさ・かいじ」のイメージを一新する、大きな転換点でした。 しかし時代は流れ、E353系の登場によって中央東線の主役は交代。E351系は引退し、スーパーあずさは廃止。E257系もあずさ・かいじから、また新たな道を歩むことになります。 中央を走る0番台は2000番台・2500番台へ。房総を走る500番台は5000番台・5500番台へ改造。 0番台から生まれた2000番台、500番台から生まれた2500番台は、機器更新と車内改造を受け、「あずさ」「かいじ」を離れて今度は奇しくも185系を置換。 東海道特急「踊り子」の顔になりました。 新生時に183系・189系を送り出し、そのまた20年後には185系を送り出す。これもまたすごい数奇な運命。 一方、5000番台は定期運用を持たず、団体列車や臨時列車として東日本の直流区間を縦横無尽に走り続けています。もちろん、臨時「あずさ」「かいじ」として、今でも中央東線へ帰ってくる姿を見ることもできます。 500番台から改造された5500番台も、房総地区や富士急行線直通列車などで現役として活躍中です。 正直、当時の私はE257系が東海道を「踊り子」として走る日が来るなんて、想像もしていませんでした。 理由は単純です。半室グリーン車(サロハ)だったから。 ドル箱東海道特急で半室グリーンはあまりにも役不足だろうと思っていたのですが、2000番台への改造では、まさかのサロハを普通のグリーン車(サロ)へ改造。 「そこまでやるのか!」 と驚いたことを今でも覚えています。その一方で、5000番台は種車の面影を色濃く残したまま機器更新を実施。サロハも健在で、中央線特急時代の雰囲気を今に伝えています。 そして東海道線では、2000番台と2500番台を連結した14両編成の「踊り子」が堂々と駆け抜ける姿も見られるようになりました。 あの迫力は、やはり特急らしくていいですね。 個人的には、前照灯は更新後のLEDよりも、登場時のHIDヘッドライトの方がE257系らしさを感じますが、それもまた時代の流れなのでしょう。 中央東線の象徴だった武田菱は姿を消しました。 それでも、全国各地で新たな役割を担いながら走り続けるE257系を見ると、この形式のポテンシャルの高さを改めて感じます。 E257系には、これからも末永く、日本の特急列車として走り続けてほしい。 私のJR車で好きな車種のひとつです。ちなみに私がE257系の1番好きな所はパンタが黄色のアクセントが付いてる所です。 (マイミー)

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【絶景ローカル線】東北の秘境を駆ける"米坂線"

【絶景ローカル線】東北の秘境を駆ける"米坂線"

「この景色が、もう一度列車の窓から見られる日を。」 山形県・米沢駅と新潟県・坂町駅を結ぶJR米坂線。 全長90.7kmの非電化ローカル線ですが、その存在は決して”ローカル”という言葉だけでは語れません。米沢盆地を抜け、豪雪地帯を越え、荒川渓谷に沿って走るその姿は、全国屈指の絶景路線として多くの鉄道ファンを魅了してきました。 特に小国~越後金丸間は、深い渓谷とエメラルドグリーンに輝く荒川を望む名区間。春は新緑、夏は深緑、秋は燃えるような紅葉、冬は一面の銀世界。四季折々の景色を映し出す車窓は、「乗ること自体が旅になる路線」と言われるほどです。 しかし、米坂線の本当の価値は、美しい景色だけではありません。 通学する高校生、病院へ向かう高齢者、地域で暮らす人々。沿線住民にとっては、毎日の暮らしを支える大切な交通機関であり、さらに奥羽本線と羽越本線を結ぶ横方向の鉄道路線として、災害時には日本海側と内陸部をつなぐ重要な役割も担っています。 そんな米坂線を襲ったのが、2022年8月の記録的豪雨でした。 橋梁の流失、盛土の崩壊、線路の損傷……。 路線は甚大な被害を受け、現在も今泉~坂町間では列車が走ることができません。「ローカル線だから仕方ない。」そんな一言で片付けられる問題ではありません。 鉄道が一本なくなるということは、地域の暮らしや未来の選択肢が一つ失われるということでもあります。 もちろん復旧には莫大な費用がかかります。JR東日本単独での復旧は容易ではなく、第三セクターへの移管なのか、それともバス転換なのか——。 人口減少が進む今、簡単に答えを出せる問題ではありません。それでも、この路線には代替できない価値があると私は思います。 「美しい景色だけではない。」 人と人、地域と地域をつなぎ続けてきた”命綱”としての価値です。 いつの日か再び、キハ110系やGV-E400系が荒川渓谷にエンジン音を響かせながら走る姿を見られることを願わずにはいられません。そして個人的には、新潟と米沢を結ぶGV-E400系の快速「べにばな」が、再び荒川の渓谷を駆け抜ける日が来ることを夢見ています。ローカル線とは、単なる移動手段ではありません。 そこには地域の歴史があり、人々の暮らしがあり、未来へつないでいきたい風景があるのではないかと思います。 (マイミー)

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【絶景ローカル線】東北の秘境を駆ける"米坂線"

「この景色が、もう一度列車の窓から見られる日を。」 山形県・米沢駅と新潟県・坂町駅を結ぶJR米坂線。 全長90.7kmの非電化ローカル線ですが、その存在は決して”ローカル”という言葉だけでは語れません。米沢盆地を抜け、豪雪地帯を越え、荒川渓谷に沿って走るその姿は、全国屈指の絶景路線として多くの鉄道ファンを魅了してきました。 特に小国~越後金丸間は、深い渓谷とエメラルドグリーンに輝く荒川を望む名区間。春は新緑、夏は深緑、秋は燃えるような紅葉、冬は一面の銀世界。四季折々の景色を映し出す車窓は、「乗ること自体が旅になる路線」と言われるほどです。 しかし、米坂線の本当の価値は、美しい景色だけではありません。 通学する高校生、病院へ向かう高齢者、地域で暮らす人々。沿線住民にとっては、毎日の暮らしを支える大切な交通機関であり、さらに奥羽本線と羽越本線を結ぶ横方向の鉄道路線として、災害時には日本海側と内陸部をつなぐ重要な役割も担っています。 そんな米坂線を襲ったのが、2022年8月の記録的豪雨でした。 橋梁の流失、盛土の崩壊、線路の損傷……。 路線は甚大な被害を受け、現在も今泉~坂町間では列車が走ることができません。「ローカル線だから仕方ない。」そんな一言で片付けられる問題ではありません。 鉄道が一本なくなるということは、地域の暮らしや未来の選択肢が一つ失われるということでもあります。 もちろん復旧には莫大な費用がかかります。JR東日本単独での復旧は容易ではなく、第三セクターへの移管なのか、それともバス転換なのか——。 人口減少が進む今、簡単に答えを出せる問題ではありません。それでも、この路線には代替できない価値があると私は思います。 「美しい景色だけではない。」 人と人、地域と地域をつなぎ続けてきた”命綱”としての価値です。 いつの日か再び、キハ110系やGV-E400系が荒川渓谷にエンジン音を響かせながら走る姿を見られることを願わずにはいられません。そして個人的には、新潟と米沢を結ぶGV-E400系の快速「べにばな」が、再び荒川の渓谷を駆け抜ける日が来ることを夢見ています。ローカル線とは、単なる移動手段ではありません。 そこには地域の歴史があり、人々の暮らしがあり、未来へつないでいきたい風景があるのではないかと思います。 (マイミー)

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