Mr.DIMER Journal

【特集、去り行く東海顔 vol.18】"165系の交直流版"、455系/475系

【特集、去り行く東海顔 vol.18】"165系の交直流版"、455系/475系

451、471、453、473、455、475。そして457。 こうして数字だけを注記も付けず羅列すると、余程好きでない限り、たちまち混乱を来しそうになるのが"急行形交直流電車"一族。 455・475系。 1965年登場。453系・473系をベースに、勾配抑速ブレーキを搭載した系列です。 東北本線盛岡電化、鹿児島本線熊本電化、そして北陸地区の増発用として製造されました。 ■165系の"交直両用タイプ"vol.14にて165系を"東海顔のザ・スター"と表現しました。 その交直流版に当たるのが、本系列と申せましょう。 MT54形120kWの主電動機に、抑速ブレーキ対応のCS15B形主制御器。山岳路線にも対応した万能形式、という立ち位置は、まさに165系と同じ。 交流50Hz用が455系、60Hz用が475系。後に50/60Hz両対応の457系が登場しますが、製造数では455系51ユニット、475系53ユニットが多数派を占め、457系は19ユニットと少数派。 そう鑑みますと、急行形交直流電車の"決定版"が、交流50・60 Hzに両対応した457系であるとすれば、 "主流派"はやはりこの455系・475系と言えるのではないでしょうか。 ■寒い地域を走るからこそ…北陸では、氷柱によるガラス破損を防ぐため、前面の列車種別表示窓が鉄板で塞がれた個体も。 また、丸っこいお椀タイフォンも特徴的でした。 "東海顔"と言う国鉄型の一大ファミリーにおいて、それらと同じ"顔"でありながら、地域の事情がその表情に変化を与えました。 ■最後の一両急行形電車、として登場しつつ、実際に"急行列車"として運用されたのは、20年弱。 1985年3月改正で急行運用を終了。以降は各地の普通・快速列車へと転用されていきました。 JR東日本では2008年3月、JR西日本では2015年3月、編成単位での運用を終えました。 そして現在(2026年7月時点)、 えちごトキめき鉄道に譲渡されたクハ455-701が、ただ1両、車籍を保っています。 もっとも、本年2026年1月12日をもって交直流急行色での運用を終了。 3月14日より新北陸色に改められ、"TOKIトレイン"として運行を続けています。 ローズピンクの東海顔は、断続の時を経て、とうとう営業線上から姿を消したことになります。 2027年度までの運行が予定されている、最後の一両。 "東海顔"に括れば、まだ他地域でもわずかにみられる形態ですが、"急行形"と言う視点では、風前の灯火の中でも最も最前列にある車両と言えます。 (Mr.DIMER編集長)

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【特集、去り行く東海顔 vol.18】"165系の交直流版"、455系/475系

451、471、453、473、455、475。そして457。 こうして数字だけを注記も付けず羅列すると、余程好きでない限り、たちまち混乱を来しそうになるのが"急行形交直流電車"一族。 455・475系。 1965年登場。453系・473系をベースに、勾配抑速ブレーキを搭載した系列です。 東北本線盛岡電化、鹿児島本線熊本電化、そして北陸地区の増発用として製造されました。 ■165系の"交直両用タイプ"vol.14にて165系を"東海顔のザ・スター"と表現しました。 その交直流版に当たるのが、本系列と申せましょう。 MT54形120kWの主電動機に、抑速ブレーキ対応のCS15B形主制御器。山岳路線にも対応した万能形式、という立ち位置は、まさに165系と同じ。 交流50Hz用が455系、60Hz用が475系。後に50/60Hz両対応の457系が登場しますが、製造数では455系51ユニット、475系53ユニットが多数派を占め、457系は19ユニットと少数派。 そう鑑みますと、急行形交直流電車の"決定版"が、交流50・60 Hzに両対応した457系であるとすれば、 "主流派"はやはりこの455系・475系と言えるのではないでしょうか。 ■寒い地域を走るからこそ…北陸では、氷柱によるガラス破損を防ぐため、前面の列車種別表示窓が鉄板で塞がれた個体も。 また、丸っこいお椀タイフォンも特徴的でした。 "東海顔"と言う国鉄型の一大ファミリーにおいて、それらと同じ"顔"でありながら、地域の事情がその表情に変化を与えました。 ■最後の一両急行形電車、として登場しつつ、実際に"急行列車"として運用されたのは、20年弱。 1985年3月改正で急行運用を終了。以降は各地の普通・快速列車へと転用されていきました。 JR東日本では2008年3月、JR西日本では2015年3月、編成単位での運用を終えました。 そして現在(2026年7月時点)、 えちごトキめき鉄道に譲渡されたクハ455-701が、ただ1両、車籍を保っています。 もっとも、本年2026年1月12日をもって交直流急行色での運用を終了。 3月14日より新北陸色に改められ、"TOKIトレイン"として運行を続けています。 ローズピンクの東海顔は、断続の時を経て、とうとう営業線上から姿を消したことになります。 2027年度までの運行が予定されている、最後の一両。 "東海顔"に括れば、まだ他地域でもわずかにみられる形態ですが、"急行形"と言う視点では、風前の灯火の中でも最も最前列にある車両と言えます。 (Mr.DIMER編集長)

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【何のタメにある?】前面窓下"ステンレス帯"(103系高運転台車)

【何のタメにある?】前面窓下"ステンレス帯"(103系高運転台車)

通勤形電車の代名詞、と言っても差し支えないでしょう、国鉄103系電車は、1963年に登場。 駅間距離の短い都市圏路線での運用を念頭に、高い加速性能と経済性を追求した車両で、実に3,000両を超える一大勢力を築きました。 前面は、天地寸法の大きな前面窓を備えた、101系譲りの“低運転台”形。 1974年には、量産冷房車の登場に合わせ、高運転台構造へと変化します。 理由は、山手線・京浜東北線へのATC導入に備えた機器スペースの確保。そして、踏切事故など衝突時における乗務員の安全性と、前方視認性を向上させるためでした。 さて、高運転台車の顔と言えば、前面窓下を横切る“銀色の一本線”。 このステンレス帯、何らかの補強材にも見えますが、実のところ、窓位置が上がったことで広くなった窓下部分の“間延び”を抑える、デザイン上の飾り帯でした。 本回は、この"帯位置"のおはなし。 サムネイルは、低運転台車と高運転台車を並べています。 お気づきになると思いますが、高運転台車のステンレス帯は、低運転台車における前面窓の下辺と、ほぼ同じ高さに配置されているのです。 偶然なのか、はたまた緻密に検討、設計された結果か。 私は、この位置こそ、低運転台車の前面窓が持っていた“黄金比”を再現した証左ではないかと考えています。 窓を上へ移し、安全性と機能性を高めながらも、従来車の端正な顔立ちを形づくっていた基準線は残す。その線を、ステンレス帯という新たな意匠に託したのではないか。 一見すれば、ただの銀色の帯。 しかし、その一本には、機能の変化によって崩れた顔の均衡を取り戻す、設計者の細やかな思慮が込められている。 国鉄形車両、とりわけ、通勤形電車はコスト重視の簡易的な意匠と言う評判がつきものですが、それはそうと、機能一辺倒に見えて、実によくデザインが考えられている。 103系に至っては、誕生からもう60余年の時が過ぎていますが、未だに感心させられます。 (Mr.DIMER編集長)

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【何のタメにある?】前面窓下"ステンレス帯"(103系高運転台車)

通勤形電車の代名詞、と言っても差し支えないでしょう、国鉄103系電車は、1963年に登場。 駅間距離の短い都市圏路線での運用を念頭に、高い加速性能と経済性を追求した車両で、実に3,000両を超える一大勢力を築きました。 前面は、天地寸法の大きな前面窓を備えた、101系譲りの“低運転台”形。 1974年には、量産冷房車の登場に合わせ、高運転台構造へと変化します。 理由は、山手線・京浜東北線へのATC導入に備えた機器スペースの確保。そして、踏切事故など衝突時における乗務員の安全性と、前方視認性を向上させるためでした。 さて、高運転台車の顔と言えば、前面窓下を横切る“銀色の一本線”。 このステンレス帯、何らかの補強材にも見えますが、実のところ、窓位置が上がったことで広くなった窓下部分の“間延び”を抑える、デザイン上の飾り帯でした。 本回は、この"帯位置"のおはなし。 サムネイルは、低運転台車と高運転台車を並べています。 お気づきになると思いますが、高運転台車のステンレス帯は、低運転台車における前面窓の下辺と、ほぼ同じ高さに配置されているのです。 偶然なのか、はたまた緻密に検討、設計された結果か。 私は、この位置こそ、低運転台車の前面窓が持っていた“黄金比”を再現した証左ではないかと考えています。 窓を上へ移し、安全性と機能性を高めながらも、従来車の端正な顔立ちを形づくっていた基準線は残す。その線を、ステンレス帯という新たな意匠に託したのではないか。 一見すれば、ただの銀色の帯。 しかし、その一本には、機能の変化によって崩れた顔の均衡を取り戻す、設計者の細やかな思慮が込められている。 国鉄形車両、とりわけ、通勤形電車はコスト重視の簡易的な意匠と言う評判がつきものですが、それはそうと、機能一辺倒に見えて、実によくデザインが考えられている。 103系に至っては、誕生からもう60余年の時が過ぎていますが、未だに感心させられます。 (Mr.DIMER編集長)

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【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は(2)

【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は(2)

1960年代の構想、"常磐快速線土浦延伸"による国鉄初の"交直両用通勤形電車"が実現した場合。 103系の車体をベースとした車両が登場するだろうと予測し、そのカラーリングは、常磐線中距離電車415系鋼製車の初期カラー、赤電塗装に正面の前面警戒色としてクリーム色がアクセントとなる"第1弾"をお披露目しました。 さて、「幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系」第2弾は、1985年に開催された"つくば博"を契機に登場した、常磐線415系鋼製車と言えばコレっ。 白地に青帯の爽やかな色、「つくば色」や「白電」として親しまれたカラーリングで登場です。 瀬戸内色のようです。 (Mr.DIMER編集長)

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【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は(2)

1960年代の構想、"常磐快速線土浦延伸"による国鉄初の"交直両用通勤形電車"が実現した場合。 103系の車体をベースとした車両が登場するだろうと予測し、そのカラーリングは、常磐線中距離電車415系鋼製車の初期カラー、赤電塗装に正面の前面警戒色としてクリーム色がアクセントとなる"第1弾"をお披露目しました。 さて、「幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系」第2弾は、1985年に開催された"つくば博"を契機に登場した、常磐線415系鋼製車と言えばコレっ。 白地に青帯の爽やかな色、「つくば色」や「白電」として親しまれたカラーリングで登場です。 瀬戸内色のようです。 (Mr.DIMER編集長)

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【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は…

【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は…

先般お届けした、「幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系について」において、もし、103系をベースとした"交直両用近郊形電車"が誕生していたら、どのような出で立ちになっていたか?と、皆様にお尋ねしました。 不覚だったのは、計画時点が1960年代であったことを失念しており、415系白電譲りの"白地に青帯"を巻いていたのか、などと寝ぼけたことを言いましたが、 読者の皆様から頂いたコメントでは"国鉄近郊形電車の元祖色"、ローズピンクにクリームの前面警戒帯を配した、いわゆる"あずき色"ではないか、とのご意見が多数派でしたので、 本日のもしもは常磐快速線土浦延伸で計画された、"ほんとうの401系が纏っていたであろうカラー"に103系を塗り直して、お届けすることと致しました。 (Mr.DIMER編集長)

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【もしもシリーズ】幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系は…

先般お届けした、「幻の"常磐快速線土浦延伸"で計画された"ほんとう"の401系について」において、もし、103系をベースとした"交直両用近郊形電車"が誕生していたら、どのような出で立ちになっていたか?と、皆様にお尋ねしました。 不覚だったのは、計画時点が1960年代であったことを失念しており、415系白電譲りの"白地に青帯"を巻いていたのか、などと寝ぼけたことを言いましたが、 読者の皆様から頂いたコメントでは"国鉄近郊形電車の元祖色"、ローズピンクにクリームの前面警戒帯を配した、いわゆる"あずき色"ではないか、とのご意見が多数派でしたので、 本日のもしもは常磐快速線土浦延伸で計画された、"ほんとうの401系が纏っていたであろうカラー"に103系を塗り直して、お届けすることと致しました。 (Mr.DIMER編集長)

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【死生有命】サハとして産まれるか、モハとして産まれるか。

【死生有命】サハとして産まれるか、モハとして産まれるか。

首都圏向けに華々しくデビューした大量配備の一大形式であっても、晩年は地方路線を短編成で細々と活躍する運命になりがちな鉄道車両。 こと、モハとして産まれるか、サハとして産まれるか、 これだけで、形式として、ではなく、イチ車両としての寿命を左右する要素ではないでしょうか。 例えば首都圏におけるデビュー当時の113系は、 クハ+モハ+モハ+サロ+サロ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ といった、グリーン車2両を組み込んだ、圧巻の11両編成。 6M5Tゆえ、このうち、サロ2両とサハ1両、計3両の付随車が含まれていることになります。 さて、ここで"モハ"と"サハ"の違いを、おさらいしておきましょう。 "モハ"は、モーターを積んだ電動車。自らの力で走る、いわば動力源。 対して"サハ"は、モーターを持たない付随車。モハなど動力を持つ車両と共に仕事をします。 平時、編成を組んでいる限りは、両者に貴賤などありません。 ところが、地方路線に転属するにあたっては、短編成化工事が施工されることとなりますから、サハは幾分か不要となる。 なにせ、短い編成でまず必要なのは、"走れる"モハ。そして、先頭に立つ"クハ"。 最短編成の3両ともなれば、とうとうサハは1両もいらなくなります。(4両編成先頭車が2両ともクハの場合は、中間車はダブル"モハ"になりますし)※クモハの存在など、形式による 極め付けは、2両編成まで短縮されると、モハが先頭車化改造される例(3両編成でも)もあり、モハは"クモハ"へと出世し、なおも生き永らえる。 要するところ、そもそも最短編成なり、最短ユニットで製造、運用されていた形式と異なり、とりわけ、大量製造・長編成で運用された形式において"サハ"の運命はそうなりがちなのかと。(もっとも"サハ"そのものの製造両数も僅少ですが) サロ・サシなど、転用改造や他形式編入など様々の"可能性"はあるものの比較的・わかりやすく言えば。 サハの運命はモハより短い、と言えるかと思います。 (Mr.DIMER編集長)

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【死生有命】サハとして産まれるか、モハとして産まれるか。

首都圏向けに華々しくデビューした大量配備の一大形式であっても、晩年は地方路線を短編成で細々と活躍する運命になりがちな鉄道車両。 こと、モハとして産まれるか、サハとして産まれるか、 これだけで、形式として、ではなく、イチ車両としての寿命を左右する要素ではないでしょうか。 例えば首都圏におけるデビュー当時の113系は、 クハ+モハ+モハ+サロ+サロ+モハ+モハ+サハ+モハ+モハ+クハ といった、グリーン車2両を組み込んだ、圧巻の11両編成。 6M5Tゆえ、このうち、サロ2両とサハ1両、計3両の付随車が含まれていることになります。 さて、ここで"モハ"と"サハ"の違いを、おさらいしておきましょう。 "モハ"は、モーターを積んだ電動車。自らの力で走る、いわば動力源。 対して"サハ"は、モーターを持たない付随車。モハなど動力を持つ車両と共に仕事をします。 平時、編成を組んでいる限りは、両者に貴賤などありません。 ところが、地方路線に転属するにあたっては、短編成化工事が施工されることとなりますから、サハは幾分か不要となる。 なにせ、短い編成でまず必要なのは、"走れる"モハ。そして、先頭に立つ"クハ"。 最短編成の3両ともなれば、とうとうサハは1両もいらなくなります。(4両編成先頭車が2両ともクハの場合は、中間車はダブル"モハ"になりますし)※クモハの存在など、形式による 極め付けは、2両編成まで短縮されると、モハが先頭車化改造される例(3両編成でも)もあり、モハは"クモハ"へと出世し、なおも生き永らえる。 要するところ、そもそも最短編成なり、最短ユニットで製造、運用されていた形式と異なり、とりわけ、大量製造・長編成で運用された形式において"サハ"の運命はそうなりがちなのかと。(もっとも"サハ"そのものの製造両数も僅少ですが) サロ・サシなど、転用改造や他形式編入など様々の"可能性"はあるものの比較的・わかりやすく言えば。 サハの運命はモハより短い、と言えるかと思います。 (Mr.DIMER編集長)

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鉄道員としての生き方

鉄道員としての生き方

本日は元乗務員としての視点から。以前も記事にした事がありましたが、昨今、乗務員の休憩時間について世間で大きな議論が起きています。 「乗務員に休憩を取らせるため、列車を運休する。」そんな言葉がニュースになる時代になりました。 私が鉄道員だった頃は、そんな発想すらありませんでした。 誤通過、オーバーラン、早発。 どんなに小さなミスでも責任問題。事故が起きれば乗務員の責任。 ダイヤが乱れれば休憩なんて消え去るのが当たり前でした。 低賃金、重労働。 昔は乗務中トイレに行くことすらためらう空気があり、オムツを履く運転士もいた程。 発熱しても「這ってでも出勤しろ」。 乗務員問わず勤務に穴を開ければ「欠場」と呼ばれ、区内では白い目で見られ、評価にも響く。周りの非番の人間や、休みの人間が駆り出される。 寝坊など論外。 まるで犯罪者のような扱いを受けることさえありました。 だからこそ、会社が「休憩を確保できないなら運休する」という判断を本当に下すのであれば、それは乗務員にとって大きな前進だと思います。 “心の余裕が、安全に直結する" AI技術が進歩し、自動運転が現実味を帯びる今。いつか「運転士」という職業そのものが姿を変える日が来るのかもしれません。 それでも、今この瞬間も全国のどこかで、時間を守り、人の命を守り、人々の大切な財産を守るために、緊張感の中でハンドルを握り続けている鉄道員がいます。 列車が何事もなく目的地へ到着する。それは「当たり前」ではありません。 その当たり前は、誰かの責任感と努力、そして見えない犠牲の上に成り立っています。 だから私は、今も現場で戦い続けるすべての鉄道員へ。心からの敬意と、感謝を送りたいと思います。 (マイミー)

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鉄道員としての生き方

本日は元乗務員としての視点から。以前も記事にした事がありましたが、昨今、乗務員の休憩時間について世間で大きな議論が起きています。 「乗務員に休憩を取らせるため、列車を運休する。」そんな言葉がニュースになる時代になりました。 私が鉄道員だった頃は、そんな発想すらありませんでした。 誤通過、オーバーラン、早発。 どんなに小さなミスでも責任問題。事故が起きれば乗務員の責任。 ダイヤが乱れれば休憩なんて消え去るのが当たり前でした。 低賃金、重労働。 昔は乗務中トイレに行くことすらためらう空気があり、オムツを履く運転士もいた程。 発熱しても「這ってでも出勤しろ」。 乗務員問わず勤務に穴を開ければ「欠場」と呼ばれ、区内では白い目で見られ、評価にも響く。周りの非番の人間や、休みの人間が駆り出される。 寝坊など論外。 まるで犯罪者のような扱いを受けることさえありました。 だからこそ、会社が「休憩を確保できないなら運休する」という判断を本当に下すのであれば、それは乗務員にとって大きな前進だと思います。 “心の余裕が、安全に直結する" AI技術が進歩し、自動運転が現実味を帯びる今。いつか「運転士」という職業そのものが姿を変える日が来るのかもしれません。 それでも、今この瞬間も全国のどこかで、時間を守り、人の命を守り、人々の大切な財産を守るために、緊張感の中でハンドルを握り続けている鉄道員がいます。 列車が何事もなく目的地へ到着する。それは「当たり前」ではありません。 その当たり前は、誰かの責任感と努力、そして見えない犠牲の上に成り立っています。 だから私は、今も現場で戦い続けるすべての鉄道員へ。心からの敬意と、感謝を送りたいと思います。 (マイミー)

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