Mr.DIMER Journal

【憧れのブルトレ Vol.6】"ブルーじゃない!ブルートレイン"、TwilightExpressの登場(1989年)

【憧れのブルトレ Vol.6】"ブルーじゃない!ブルートレイン"、TwilightExpres...

<ブルーでなくなった、濃緑の豪華寝台特急現る> トワイライトエクスプレス(TwilightExpress)と聞けば、 "瑞風"の方を思い浮かべる方が多数派になってしまったかもしれません。 今(2026年)からおよそ10年前、 2016年に完全引退した"トワイライトエクスプレス"は、 24系25形客車を種車とした、列車専用の装備・外装を備え、 文字通り"豪華寝台列車"の一翼を担った客車特急です。 ■北斗星を越えた?西日本の"ブルートレイン" 始まりは、旅行会社によるツアー商品に組み込まれる形態で、 団体専用列車として誕生した、"トワイライトエクスプレス"。 旅行商品の一種であったため、 一般に向けた特急券や寝台券が発売されることはありませんでしたが、 1989年7月の登場、その僅か5か月後には、 臨時列車として一般販売を開始しています。 全行程1,495.7km。(下り行程、上り行程は1,508.5km) 国鉄分割民営化後の、 JRとしては、日本一の営業キロ、 大阪~札幌間をおよそ22時間で結ぶ "JR史上最長距離を走る列車"でもありました。 ■惜しまれつつ引退 豪華寝台特急の一つとして、人気を博したトワイライトエクスプレス。 しかし、種車となった24系25形客車自体の老朽化ほか、 北海道新幹線開業に伴う青函トンネルの電圧変更で事実上通行不可、 また、新幹線並行在来線の第三セクター化により、 要設備改修、様々の手続き事項が複雑化したことも 廃止の理由に挙げられ、 遂に2015年春の3月12日、最終列車の運行をもって運転を終了しました。 ■「特別なトワイライトエクスプレス」 臨時列車として2015年3月まで運転された "トワイライトエクスプレス"ですが、...

【憧れのブルトレ Vol.6】"ブルーじゃない!ブルートレイン"、TwilightExpres...

<ブルーでなくなった、濃緑の豪華寝台特急現る> トワイライトエクスプレス(TwilightExpress)と聞けば、 "瑞風"の方を思い浮かべる方が多数派になってしまったかもしれません。 今(2026年)からおよそ10年前、 2016年に完全引退した"トワイライトエクスプレス"は、 24系25形客車を種車とした、列車専用の装備・外装を備え、 文字通り"豪華寝台列車"の一翼を担った客車特急です。 ■北斗星を越えた?西日本の"ブルートレイン" 始まりは、旅行会社によるツアー商品に組み込まれる形態で、 団体専用列車として誕生した、"トワイライトエクスプレス"。 旅行商品の一種であったため、 一般に向けた特急券や寝台券が発売されることはありませんでしたが、 1989年7月の登場、その僅か5か月後には、 臨時列車として一般販売を開始しています。 全行程1,495.7km。(下り行程、上り行程は1,508.5km) 国鉄分割民営化後の、 JRとしては、日本一の営業キロ、 大阪~札幌間をおよそ22時間で結ぶ "JR史上最長距離を走る列車"でもありました。 ■惜しまれつつ引退 豪華寝台特急の一つとして、人気を博したトワイライトエクスプレス。 しかし、種車となった24系25形客車自体の老朽化ほか、 北海道新幹線開業に伴う青函トンネルの電圧変更で事実上通行不可、 また、新幹線並行在来線の第三セクター化により、 要設備改修、様々の手続き事項が複雑化したことも 廃止の理由に挙げられ、 遂に2015年春の3月12日、最終列車の運行をもって運転を終了しました。 ■「特別なトワイライトエクスプレス」 臨時列車として2015年3月まで運転された "トワイライトエクスプレス"ですが、...

【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

<日本初の豪華寝台特急の冠、機関車も北斗星専用色> 青函トンネルの開業で、 北海道と本州が一つの線路で結ばれ、 東京(上野)~北海道(札幌)間を、乗り換えなしで結ぶようになった 寝台特急「北斗星」は、 1988年3月13日に登場しました。 移動手段としての寝台列車(夜行列車)というより、 ブルートレイン本来のコンセプト"走るホテル"をまさに体現した、 "ブルートレイン北斗星そのもの"を楽しむ目的の利用客も多く、 東北新幹線や航空路線が整備された中でも、 25年以上に亘って需要が衰えぬ人気列車だったと申せましょう。 ■豪華客車のオンパレード 牽引機すら、北斗星マークを付けた専用のEF81形(運行開始当初)からして、 その気合の入りように、北斗星に向けた期待を感じますが、 12両(1両は電源車)で組成される客車編成は、 辛うじて開放式B寝台車を備えるものの、編成中僅か3両。 その他は、 A寝台1人用個室「ロイヤル」、 A寝台2人用個室「ツインデラックス」、 B寝台1人用個室「ソロ」、 B寝台2人用個室「デュエット」、 ロビーカー、 食堂車「グランシャリオ」 と言った個性的かつ豪華な客車で構成され、 まさに冒頭の"走るホテル"もとい、"走るグランドホテル"と言っても 過言ではない陣容の編成でした。 大変な人気を誇った"北斗星"でしたが、 北海道新幹線開通に向けての青函トンネル等工事や試験走行の開始、 そしてなにより、北斗星客車、24系25形の老朽化を鑑みて、 2015年3月14日のダイヤ改正をもって廃止する方針が報道、...

【憧れのブルトレ Vol.5】豪華寝台「北斗星」、グランシャリオが真骨頂(1988年)

<日本初の豪華寝台特急の冠、機関車も北斗星専用色> 青函トンネルの開業で、 北海道と本州が一つの線路で結ばれ、 東京(上野)~北海道(札幌)間を、乗り換えなしで結ぶようになった 寝台特急「北斗星」は、 1988年3月13日に登場しました。 移動手段としての寝台列車(夜行列車)というより、 ブルートレイン本来のコンセプト"走るホテル"をまさに体現した、 "ブルートレイン北斗星そのもの"を楽しむ目的の利用客も多く、 東北新幹線や航空路線が整備された中でも、 25年以上に亘って需要が衰えぬ人気列車だったと申せましょう。 ■豪華客車のオンパレード 牽引機すら、北斗星マークを付けた専用のEF81形(運行開始当初)からして、 その気合の入りように、北斗星に向けた期待を感じますが、 12両(1両は電源車)で組成される客車編成は、 辛うじて開放式B寝台車を備えるものの、編成中僅か3両。 その他は、 A寝台1人用個室「ロイヤル」、 A寝台2人用個室「ツインデラックス」、 B寝台1人用個室「ソロ」、 B寝台2人用個室「デュエット」、 ロビーカー、 食堂車「グランシャリオ」 と言った個性的かつ豪華な客車で構成され、 まさに冒頭の"走るホテル"もとい、"走るグランドホテル"と言っても 過言ではない陣容の編成でした。 大変な人気を誇った"北斗星"でしたが、 北海道新幹線開通に向けての青函トンネル等工事や試験走行の開始、 そしてなにより、北斗星客車、24系25形の老朽化を鑑みて、 2015年3月14日のダイヤ改正をもって廃止する方針が報道、...

【憧れのブルトレ Vol.4】グレードアップあさかぜ、金帯車の登場(1986年)

【憧れのブルトレ Vol.4】グレードアップあさかぜ、金帯車の登場(1986年)

特集シリーズを増やしていくうちに期間の空いてしまった、 【憧れのブルトレ】シリーズ。 【特集、去り行く東海顔】と並行してお届けできればと思います。 <白帯、銀(ステンレス)帯、そして金帯へ。ブルトレの転換期> ブルートレインの始祖にして名門、「あさかぜ」号は、1956年に登場。 現在までに"ブルートレイン"として広く親しまれることになる姿になったのは、 1958年のこと。 当時最新鋭の20系寝台客車を用いた列車は、「走るホテル」との異名を持つほど、 画期的で先鋭的な長距離寝台特急として、その地位を不動のものとしました。 山陽新幹線全通(1975年8月)以降は、 本日のお題である、20系の後継車にしてブルートレイン車両の決定版とも言える "24系25形客車"が充てられるなど、ブルートレイン進化の先頭を走る存在でもありました。 ■金帯24系の登場 新幹線開業、高速道路網の未発達、航空機の利用が一般的でなかった時代において "都市間長距離輸送"と言うブルートレインの担う役割は大きく、 ダイヤが存在することそのものに利用価値が存在しましたが、 時代の進化によって、ブルートレインと競合する他の交通網が発達してきたことに対しては、 ブルートレインそのものの在り方を見直していく契機となります。 また、当時最新だった24系25形も、導入から10余年が経過していることもあり、 時代の変化、利用客のニーズに適合したアコモデーション改善が必要となります。 ■金帯の24系とはどんな車両だったか "あさかぜ"において、金帯化されたのは1・4号。 1986年11月に登場しています。 「グレードアップあさかぜ」の別名で通称されるのは、 ただ単に外見が金帯化したこと、に対してではなく、 国鉄初の意欲的な取り組みによるものです。 特筆されるべきは、 初の2人用B個室寝台「デュエット」の誕生。(オハネ25形100番台→スハネ25形700番台へ改造) シャワールームの設置、 ソファと丸テーブルを配したミニロビーなどの新要素は、...

【憧れのブルトレ Vol.4】グレードアップあさかぜ、金帯車の登場(1986年)

特集シリーズを増やしていくうちに期間の空いてしまった、 【憧れのブルトレ】シリーズ。 【特集、去り行く東海顔】と並行してお届けできればと思います。 <白帯、銀(ステンレス)帯、そして金帯へ。ブルトレの転換期> ブルートレインの始祖にして名門、「あさかぜ」号は、1956年に登場。 現在までに"ブルートレイン"として広く親しまれることになる姿になったのは、 1958年のこと。 当時最新鋭の20系寝台客車を用いた列車は、「走るホテル」との異名を持つほど、 画期的で先鋭的な長距離寝台特急として、その地位を不動のものとしました。 山陽新幹線全通(1975年8月)以降は、 本日のお題である、20系の後継車にしてブルートレイン車両の決定版とも言える "24系25形客車"が充てられるなど、ブルートレイン進化の先頭を走る存在でもありました。 ■金帯24系の登場 新幹線開業、高速道路網の未発達、航空機の利用が一般的でなかった時代において "都市間長距離輸送"と言うブルートレインの担う役割は大きく、 ダイヤが存在することそのものに利用価値が存在しましたが、 時代の進化によって、ブルートレインと競合する他の交通網が発達してきたことに対しては、 ブルートレインそのものの在り方を見直していく契機となります。 また、当時最新だった24系25形も、導入から10余年が経過していることもあり、 時代の変化、利用客のニーズに適合したアコモデーション改善が必要となります。 ■金帯の24系とはどんな車両だったか "あさかぜ"において、金帯化されたのは1・4号。 1986年11月に登場しています。 「グレードアップあさかぜ」の別名で通称されるのは、 ただ単に外見が金帯化したこと、に対してではなく、 国鉄初の意欲的な取り組みによるものです。 特筆されるべきは、 初の2人用B個室寝台「デュエット」の誕生。(オハネ25形100番台→スハネ25形700番台へ改造) シャワールームの設置、 ソファと丸テーブルを配したミニロビーなどの新要素は、...

【憧れのブルトレ Vol.3】日本列島縦断、黄金期を駆けた24系客車

【憧れのブルトレ Vol.3】日本列島縦断、黄金期を駆けた24系客車

<分散電源の14系を経て24系へ。ブルートレインの決定版、24系25形> かつて日本全国を駆け巡った、「ブルートレイン」。 それは「動くホテル」の 異名を持つほど、快適な旅路を提供する列車でした。 前々回(憧れのブルトレ Vol.1)ご紹介した分散電源方式の14系客車を経て、 真打ちが登場します。 国鉄寝台客車の完成形とも言える24系客車、そしてその決定版である24系25形です。 ■【おさらい】14系は分割運転に利。しかし分散電源方式による課題はいくつも… 1971年、14系客車の登場は、"多層建て列車"(運行中の分割・併合運転)の運転に不向きであった、 20系客車の抱える課題を解決、分散電源方式を採用しました。 20系客車では、集中電源方式を採用、つまり、客車列車の営業・サービス提供に必要な電力を、 編成中、1両の発電車両に集中することで列車全体の静粛性を確保したもの。 都市部から地方へと運行される寝台列車においては、 地方末端部まで長大編成で運転することは経済的でないことから、 途中拠点で分割、編成両数を減らし、行き先の分散を図ることで 経済的な運転形態を採ることを目的としました。 ゆえに、分散電源方式の採用は、編成ごとに電源車を用意せず、 それぞれの車両が床下に発電用エンジンを持つことで、容易に分割・併合運転ができるようになりました。 しかし、その効率性の裏には課題もありました。 客室の真下で稼働するエンジンの騒音と振動による居住性の悪化。 そして、1972年に発生した北陸トンネル火災事故を機に、車両の難燃化と安全性について 検討されることになります。 「客室の直下に火種(燃料とエンジン)を置く」という構造に対し、国鉄は方針転換を 執らざるを得ない状況となり、 14系寝台車の製造は一旦中止となりました。 ■24系の誕生 14系の「分割の自由度」を必要としながらも、 安全性の確保に最重点を置き、1973年に誕生したのが24系です。 編成の端に巨大な発電機を積んだ電源車(カニ24など)を繋ぎ、編成全体に電力を供給する...

【憧れのブルトレ Vol.3】日本列島縦断、黄金期を駆けた24系客車

<分散電源の14系を経て24系へ。ブルートレインの決定版、24系25形> かつて日本全国を駆け巡った、「ブルートレイン」。 それは「動くホテル」の 異名を持つほど、快適な旅路を提供する列車でした。 前々回(憧れのブルトレ Vol.1)ご紹介した分散電源方式の14系客車を経て、 真打ちが登場します。 国鉄寝台客車の完成形とも言える24系客車、そしてその決定版である24系25形です。 ■【おさらい】14系は分割運転に利。しかし分散電源方式による課題はいくつも… 1971年、14系客車の登場は、"多層建て列車"(運行中の分割・併合運転)の運転に不向きであった、 20系客車の抱える課題を解決、分散電源方式を採用しました。 20系客車では、集中電源方式を採用、つまり、客車列車の営業・サービス提供に必要な電力を、 編成中、1両の発電車両に集中することで列車全体の静粛性を確保したもの。 都市部から地方へと運行される寝台列車においては、 地方末端部まで長大編成で運転することは経済的でないことから、 途中拠点で分割、編成両数を減らし、行き先の分散を図ることで 経済的な運転形態を採ることを目的としました。 ゆえに、分散電源方式の採用は、編成ごとに電源車を用意せず、 それぞれの車両が床下に発電用エンジンを持つことで、容易に分割・併合運転ができるようになりました。 しかし、その効率性の裏には課題もありました。 客室の真下で稼働するエンジンの騒音と振動による居住性の悪化。 そして、1972年に発生した北陸トンネル火災事故を機に、車両の難燃化と安全性について 検討されることになります。 「客室の直下に火種(燃料とエンジン)を置く」という構造に対し、国鉄は方針転換を 執らざるを得ない状況となり、 14系寝台車の製造は一旦中止となりました。 ■24系の誕生 14系の「分割の自由度」を必要としながらも、 安全性の確保に最重点を置き、1973年に誕生したのが24系です。 編成の端に巨大な発電機を積んだ電源車(カニ24など)を繋ぎ、編成全体に電力を供給する...

【憧れのブルトレ Vol.2】ブルートレインが"選択肢"じゃなかった時代

【憧れのブルトレ Vol.2】ブルートレインが"選択肢"じゃなかった時代

ほんの数日前、知人と食事をしている際、 先日執筆した、【憧れのブルトレ Vol.1】の話をつまみに出したのですが。 「あー。ブルートレイン懐かしいですね~。 乗ってました、乗ってました。子供のころ。 さくら だったかな?佐賀から、名古屋まで。」 と回顧されていたので 「そうなんですね。え?旅行でですか?」 と返したのですが。 すると、 「んー。旅行というより、、、義務と言いますか・・笑 年末年始ですとか、お盆ですとか。良く乗りましたよ。 親戚が名古屋にいるものですから。家族行事ですね」 と。 その返答を聞いたとき、想定していない返事だったため一瞬混乱したんですが、 なぜ混乱したかというと、 「ブルートレインに乗る」 という行事は現代の私たちにとって、もはや非日常。 旅行や時間を贅沢に使える旅くらいにしか 乗れないもの。 というイメージのため、 「親戚の家に行く、実家へ帰省する」という、 今や自家用車(高速道路)、新幹線や飛行機、バスにとって代わられている中で "年に何度かある定例行事"の移動手段が"ブルートレイン"というのが紐づかなかったわけです。 その時、「物凄く羨ましいなぁ。」という気持ちが溢れたのでした。 知人も当時を振り返り、 「あの時は思い出に残っていますね、子供心に楽しかったですよ。」 とおっしゃっていました。 なお、 今でこそ懐かし・憧れるブルートレインですが、...

【憧れのブルトレ Vol.2】ブルートレインが"選択肢"じゃなかった時代

ほんの数日前、知人と食事をしている際、 先日執筆した、【憧れのブルトレ Vol.1】の話をつまみに出したのですが。 「あー。ブルートレイン懐かしいですね~。 乗ってました、乗ってました。子供のころ。 さくら だったかな?佐賀から、名古屋まで。」 と回顧されていたので 「そうなんですね。え?旅行でですか?」 と返したのですが。 すると、 「んー。旅行というより、、、義務と言いますか・・笑 年末年始ですとか、お盆ですとか。良く乗りましたよ。 親戚が名古屋にいるものですから。家族行事ですね」 と。 その返答を聞いたとき、想定していない返事だったため一瞬混乱したんですが、 なぜ混乱したかというと、 「ブルートレインに乗る」 という行事は現代の私たちにとって、もはや非日常。 旅行や時間を贅沢に使える旅くらいにしか 乗れないもの。 というイメージのため、 「親戚の家に行く、実家へ帰省する」という、 今や自家用車(高速道路)、新幹線や飛行機、バスにとって代わられている中で "年に何度かある定例行事"の移動手段が"ブルートレイン"というのが紐づかなかったわけです。 その時、「物凄く羨ましいなぁ。」という気持ちが溢れたのでした。 知人も当時を振り返り、 「あの時は思い出に残っていますね、子供心に楽しかったですよ。」 とおっしゃっていました。 なお、 今でこそ懐かし・憧れるブルートレインですが、...

【憧れのブルトレ Vol.1】モノクラスな雰囲気に惹かれた14系寝台車

【憧れのブルトレ Vol.1】モノクラスな雰囲気に惹かれた14系寝台車

<12系急行客車をベースに"特急客車"へと進化> ■14系寝台車とは? 14系客車は、1971(昭和46)年に登場した特急形客車です。 それまで「走るホテル」20系が固定編成を前提としていたのに対し、 14系は将来の省力化を見据えて開発されました。 最大の特徴は、カニ21のような「電源車」を必要としない分散電源方式を採用したこと。 各車両に発電用ディーゼルエンジンを搭載することにより、 列車の分割運転を容易にする狙いがありました。 スハフ14の床下から響くディーゼルエンジンの唸りは、まさに14系の"証"。(エンジン音がうるさい) 動力分散方式は、長崎と佐世保へ向かう「さくら」や「みずほ」のように、ダイヤ上、分割・併合を伴う柔軟な運用が可能となりました。 ベースは12系急行形客車として、14系では特急形客車へとアップデートされました。 ■快適な接客設備となった14系寝台車 B寝台のベッド幅は、20系のそれが52cmであったのに対し、 581・583系電車で採用したのと同様の70cmへと大型化させたところが大きな特長と申せましょう。 また3段寝台の中段には自動昇降装置を取り付けたことで、ベッドの収納を省力化。 接客設備のアップデートが図られました。 ■一番の特長が仇となる「14形から15形へ」 画して登場した14系寝台車(14形)。1972年3月ダイヤ改正で寝台特急「さくら」・「みずほ」・「あさかぜ(下り)2号・(上り)3号」の3往復で運用を開始していますが、 運用を開始して間もない同年に「北陸トンネル火災事故」が発生。 火元可能性のある電源エンジンを客室の直下に置く"分散電源方式"は 安全上の問題があるとされ、本形式の製造を中止、 以後の寝台車の増備は20系時代の集中電源方式を再採用した24系客車に移行しています。 製造は、集中電源方式の24系に移行したものの、 20系時代に課題となった、分割併合列車に対応した分散電源方式の車両が再度導入される機運となります。 1978年(昭和53年)、防火安全対策を強化して導入されたのが14系15形です。 14系と一口に言っても、 ここで話題とする寝台車の14形、難燃対策のされた15形、もとより座席車もあり、 後年には、アコモ改善、設備を多様化した改造形式も登場するなど、 簡単に語りつくせません。 ■ラストスパートを短編成で駆ける姿が印象的...

【憧れのブルトレ Vol.1】モノクラスな雰囲気に惹かれた14系寝台車

<12系急行客車をベースに"特急客車"へと進化> ■14系寝台車とは? 14系客車は、1971(昭和46)年に登場した特急形客車です。 それまで「走るホテル」20系が固定編成を前提としていたのに対し、 14系は将来の省力化を見据えて開発されました。 最大の特徴は、カニ21のような「電源車」を必要としない分散電源方式を採用したこと。 各車両に発電用ディーゼルエンジンを搭載することにより、 列車の分割運転を容易にする狙いがありました。 スハフ14の床下から響くディーゼルエンジンの唸りは、まさに14系の"証"。(エンジン音がうるさい) 動力分散方式は、長崎と佐世保へ向かう「さくら」や「みずほ」のように、ダイヤ上、分割・併合を伴う柔軟な運用が可能となりました。 ベースは12系急行形客車として、14系では特急形客車へとアップデートされました。 ■快適な接客設備となった14系寝台車 B寝台のベッド幅は、20系のそれが52cmであったのに対し、 581・583系電車で採用したのと同様の70cmへと大型化させたところが大きな特長と申せましょう。 また3段寝台の中段には自動昇降装置を取り付けたことで、ベッドの収納を省力化。 接客設備のアップデートが図られました。 ■一番の特長が仇となる「14形から15形へ」 画して登場した14系寝台車(14形)。1972年3月ダイヤ改正で寝台特急「さくら」・「みずほ」・「あさかぜ(下り)2号・(上り)3号」の3往復で運用を開始していますが、 運用を開始して間もない同年に「北陸トンネル火災事故」が発生。 火元可能性のある電源エンジンを客室の直下に置く"分散電源方式"は 安全上の問題があるとされ、本形式の製造を中止、 以後の寝台車の増備は20系時代の集中電源方式を再採用した24系客車に移行しています。 製造は、集中電源方式の24系に移行したものの、 20系時代に課題となった、分割併合列車に対応した分散電源方式の車両が再度導入される機運となります。 1978年(昭和53年)、防火安全対策を強化して導入されたのが14系15形です。 14系と一口に言っても、 ここで話題とする寝台車の14形、難燃対策のされた15形、もとより座席車もあり、 後年には、アコモ改善、設備を多様化した改造形式も登場するなど、 簡単に語りつくせません。 ■ラストスパートを短編成で駆ける姿が印象的...