Mr.DIMER Journal
【惜別。500系新幹線電車 Vol.1】プロローグ「世界最速への挑戦状」
<すべては"空"との戦いから始まった> 2027年1月、定期運転終了。 500系のラストランまで、残された時間はあとわずか。 本連載では全10回にわたり、この稀代の名車の生涯を辿ってまいります。 第1回は、500系誕生"前夜"の物語です。 ■山陽新幹線の危機感1987年、国鉄分割民営化。 山陽新幹線を引き継いだJR西日本には、東海道新幹線を持つJR東海とは異なる、切実な事情がありました。 大阪~福岡間は、飛行機との真っ向勝負の区間。 東海道ほど鉄道のシェアは高くなく、航空機に対抗するには、"速度向上"がどうしても不可欠だったのです。 新大阪~博多間を2時間半で。 そのために掲げられた目標が、当時の営業運転では世界の頂、"350km/h運転"でした。 ■WIN350、走る1990年、JR西日本は新幹線高速化プロジェクトを立ち上げます。 そして1992年4月に落成したのが、高速試験電車、500系900番台。 愛称は「WIN350」。 "West Japan Railway's Innovationfor the operation at 350km/h"(350km/h運転のためのJR西日本の革新的技術開発)の頭文字です。 社名に"WIN"(勝利)を重ねたこの愛称に、航空機に、そして東海道に負けまいとする西の意地を感じずにはいられません。 6両編成・オール電動車。車体高はわずか3,300mmと、300系より35cmも低く、高さより幅の方が広い、異様なまでに"平たい"車体。 両端の先頭車は互いに異なる形状とされ、まさに"走る実験室"でした。 そして1992年8月8日。 小郡~新下関間において、当時国内最高速となる、350.4km/hを記録します。 ■350の夢、300の現実しかし、話はそう単純には進みません。 350km/hで走った時、パンタグラフから発生する風切り音が、環境基準(75デシベル以下)を超えてしまうことが判明したのです。 騒音、微気圧波、曲線通過時の遠心力…。...
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<すべては"空"との戦いから始まった> 2027年1月、定期運転終了。 500系のラストランまで、残された時間はあとわずか。 本連載では全10回にわたり、この稀代の名車の生涯を辿ってまいります。 第1回は、500系誕生"前夜"の物語です。 ■山陽新幹線の危機感1987年、国鉄分割民営化。 山陽新幹線を引き継いだJR西日本には、東海道新幹線を持つJR東海とは異なる、切実な事情がありました。 大阪~福岡間は、飛行機との真っ向勝負の区間。 東海道ほど鉄道のシェアは高くなく、航空機に対抗するには、"速度向上"がどうしても不可欠だったのです。 新大阪~博多間を2時間半で。 そのために掲げられた目標が、当時の営業運転では世界の頂、"350km/h運転"でした。 ■WIN350、走る1990年、JR西日本は新幹線高速化プロジェクトを立ち上げます。 そして1992年4月に落成したのが、高速試験電車、500系900番台。 愛称は「WIN350」。 "West Japan Railway's Innovationfor the operation at 350km/h"(350km/h運転のためのJR西日本の革新的技術開発)の頭文字です。 社名に"WIN"(勝利)を重ねたこの愛称に、航空機に、そして東海道に負けまいとする西の意地を感じずにはいられません。 6両編成・オール電動車。車体高はわずか3,300mmと、300系より35cmも低く、高さより幅の方が広い、異様なまでに"平たい"車体。 両端の先頭車は互いに異なる形状とされ、まさに"走る実験室"でした。 そして1992年8月8日。 小郡~新下関間において、当時国内最高速となる、350.4km/hを記録します。 ■350の夢、300の現実しかし、話はそう単純には進みません。 350km/hで走った時、パンタグラフから発生する風切り音が、環境基準(75デシベル以下)を超えてしまうことが判明したのです。 騒音、微気圧波、曲線通過時の遠心力…。...
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【鉄道会社名鑑】連載お知らせ
みなさま、"好きな鉄道は?"と聞かれると、育った地域、お住まい、思い出の列車、思い入れのある路線。まさに千差万別、十人十色のお答えが返ってこようかと推察します。 Mr.DIMERではこれまで国鉄・JR、大手私鉄に関する話題、車両を中心に取り扱って参りました。 当然ながら、上記鉄道に拘ったわけではないのですがおよそ皆様がご存じであろう鉄道にフォーカスしてきたというのがこれまでの歩みではないか、と振り返ります。 さて、 この度、新たな取り組みとして、首都圏・地方主要都市の鉄道のみならず、より幅広く日本全国の鉄道会社・車両を取り扱うことでご紹介幅の充実を図りたいと考え、【鉄道会社名鑑】をシリーズ化してお届けすることと致しました。 当然ながら、全国ですから時間をかけて地道に投稿して参る所存です。 どうかご期待下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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みなさま、"好きな鉄道は?"と聞かれると、育った地域、お住まい、思い出の列車、思い入れのある路線。まさに千差万別、十人十色のお答えが返ってこようかと推察します。 Mr.DIMERではこれまで国鉄・JR、大手私鉄に関する話題、車両を中心に取り扱って参りました。 当然ながら、上記鉄道に拘ったわけではないのですがおよそ皆様がご存じであろう鉄道にフォーカスしてきたというのがこれまでの歩みではないか、と振り返ります。 さて、 この度、新たな取り組みとして、首都圏・地方主要都市の鉄道のみならず、より幅広く日本全国の鉄道会社・車両を取り扱うことでご紹介幅の充実を図りたいと考え、【鉄道会社名鑑】をシリーズ化してお届けすることと致しました。 当然ながら、全国ですから時間をかけて地道に投稿して参る所存です。 どうかご期待下さい。 (Mr.DIMER編集長)
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【台湾高速鉄道向け】N700ST台湾に向け、出荷(日立製作所・東芝)
台湾高鉄向けの新型車両、"N700ST"。第一弾の製造が完了し、日立・笠戸事業所より、台湾に向けて出荷されます。車両は、受注した12編成144両中の1編成12両です。 (株式会社日立製作所、株式会社東芝ニュースリリースより) 詳細は日立・東芝ニュースリリースをご覧下さい。https://www.hitachi.com/content/dam/hitachi/global/ja_jp/press/files/2026/07/0730a.pdf
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台湾高鉄向けの新型車両、"N700ST"。第一弾の製造が完了し、日立・笠戸事業所より、台湾に向けて出荷されます。車両は、受注した12編成144両中の1編成12両です。 (株式会社日立製作所、株式会社東芝ニュースリリースより) 詳細は日立・東芝ニュースリリースをご覧下さい。https://www.hitachi.com/content/dam/hitachi/global/ja_jp/press/files/2026/07/0730a.pdf
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【“エイリアン顔”】六兄弟<後編>
■成田空港へ降り立ったE259系2009年。 成田エクスプレスの2代目車両として、E259系が登場します。初代253系から受け継いだ、赤・白・黒の強烈な配色。大きく黒く覆われた運転台窓。そして、頬のような位置に埋め込まれた前照灯。 都市部を走る洗練された特急でありながら、その正面には、どこか感情の読めない不思議な表情があります。2023年からは、シルバーを取り入れた新デザインへ変更。赤を強調した顔から銀色の顔へ変わったことで、エイリアン感はさらに増したようにも見えます。 まさに、“アーバン・エイリアン”。 都会のホームへ音もなく滑り込むその姿には、独特の怖さと美しさが共存しています。 ■異形のDNAをより昇華させたE657系そして2012年。E657系が、常磐線へ投入されます。E259系の基本構造や新技術を取り入れながら、常磐線特急に必要な交直流性能を与えられた車両です。白梅をイメージした、赤みのある白い車体。黒く切り取られた高運転台。 その下には、左右へ大きく離して配置された前照灯。正面から見れば、巨大な黒い頭部から、細い目でこちらを見下ろしているようにも見えます。 しかし、E657系の顔は単なる奇抜なデザインではありません。 踏切事故などから乗務員を守る高運転台。衝突時の安全性を考慮した前頭構造。視認性や整備性まで考えられた灯具類。異形に見えるその顔は、安全性と機能性を追求した結果でもあるのです。 ■中央本線へ帰還した最新型、E353系そして2017年。 異形のDNAは、再びその始まりの地ともいえる中央本線へ帰ってきます。E351系の後継車両として登場したE353系です。大きく黒く覆われた運転台窓。鋭く吊り上がった前照灯。前方へ突き出した、立体的で力強いフロントマスク。 E351系のような丸みを帯びた“生物感”は薄れ、代わりに直線と鋭角を組み合わせた、機械的な顔へと進化しました。例えるなら、E351系が未知の惑星から飛来した生命体なら、E353系はその技術を解析して造られた最新鋭の戦闘型エイリアン。 白を基調とした車体に、あずさバイオレットの帯。シンプルでありながら、正面から迫ってくる姿には明らかな威圧感があります。E351系で採用された制御付き自然振り子方式に代わり、E353系では空気ばね式車体傾斜装置を採用。異形の姿だけでなく、中央本線の曲線を高速で駆け抜けるという使命も、しっかりと受け継いでいます。 E351系からE353系へ。顔つきは大きく変わりました。しかし、高い位置にある黒い運転台窓と、低い位置から睨みつけるような前照灯は健在。E353系は、途絶えたはずの“中央本線エイリアン”の血統を、約20年の時を越えて受け継いだ存在なのです。 ■似ている。しかし同じ血統ではないこの6形式は、すべてが同じ設計を直接受け継いだ兄弟車ではありません。デザインを担当した企業も、車体構造も、使用目的も異なります。 それでも高い位置にある、黒い運転台窓。滑らかに張り出した前頭部。低い位置から、こちらを睨むように光る前照灯。この3つが組み合わさることで、JR東日本独特の“エイリアン顔”が生まれたように思えてなりません。 それは、単なる時代の流行だったのか。それとも、安全性と速度を追求した先に自然と生まれた形だったのか。 答えは分かりません。 ただ一つ言えるのは、国鉄形特急の面影を断ち切り、JR東日本が自らの時代を切り拓こうとした象徴の一つが、この異形のフロントマスクだったということではないでしょうか。 255系が最初に地球へ降り立った1993年から、すでに30年以上。 E351系は姿を消し、255系も臨時運用はあるものの定期運用を退きました。 それでも、E655系、E259系、E657系、E353系は今なお、それぞれの使命を背負って走り続けています。 美しいのか。 怖いのか。 それとも、格好いいのか。 見る人によって、その表情は変わる。しかし、一度見たら決して忘れられない。 もちろん、こんな呼び方をしているのは私だけかもしれません。それでも、この6形式を並べてしまったら、もうそうとしか見えない。 255系、E351系、E655系、E259系、E657系、E353系。 JR東日本が生み出した、異形の特急車両たち。 私は彼らを、勝手にこう呼びたい。...
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■成田空港へ降り立ったE259系2009年。 成田エクスプレスの2代目車両として、E259系が登場します。初代253系から受け継いだ、赤・白・黒の強烈な配色。大きく黒く覆われた運転台窓。そして、頬のような位置に埋め込まれた前照灯。 都市部を走る洗練された特急でありながら、その正面には、どこか感情の読めない不思議な表情があります。2023年からは、シルバーを取り入れた新デザインへ変更。赤を強調した顔から銀色の顔へ変わったことで、エイリアン感はさらに増したようにも見えます。 まさに、“アーバン・エイリアン”。 都会のホームへ音もなく滑り込むその姿には、独特の怖さと美しさが共存しています。 ■異形のDNAをより昇華させたE657系そして2012年。E657系が、常磐線へ投入されます。E259系の基本構造や新技術を取り入れながら、常磐線特急に必要な交直流性能を与えられた車両です。白梅をイメージした、赤みのある白い車体。黒く切り取られた高運転台。 その下には、左右へ大きく離して配置された前照灯。正面から見れば、巨大な黒い頭部から、細い目でこちらを見下ろしているようにも見えます。 しかし、E657系の顔は単なる奇抜なデザインではありません。 踏切事故などから乗務員を守る高運転台。衝突時の安全性を考慮した前頭構造。視認性や整備性まで考えられた灯具類。異形に見えるその顔は、安全性と機能性を追求した結果でもあるのです。 ■中央本線へ帰還した最新型、E353系そして2017年。 異形のDNAは、再びその始まりの地ともいえる中央本線へ帰ってきます。E351系の後継車両として登場したE353系です。大きく黒く覆われた運転台窓。鋭く吊り上がった前照灯。前方へ突き出した、立体的で力強いフロントマスク。 E351系のような丸みを帯びた“生物感”は薄れ、代わりに直線と鋭角を組み合わせた、機械的な顔へと進化しました。例えるなら、E351系が未知の惑星から飛来した生命体なら、E353系はその技術を解析して造られた最新鋭の戦闘型エイリアン。 白を基調とした車体に、あずさバイオレットの帯。シンプルでありながら、正面から迫ってくる姿には明らかな威圧感があります。E351系で採用された制御付き自然振り子方式に代わり、E353系では空気ばね式車体傾斜装置を採用。異形の姿だけでなく、中央本線の曲線を高速で駆け抜けるという使命も、しっかりと受け継いでいます。 E351系からE353系へ。顔つきは大きく変わりました。しかし、高い位置にある黒い運転台窓と、低い位置から睨みつけるような前照灯は健在。E353系は、途絶えたはずの“中央本線エイリアン”の血統を、約20年の時を越えて受け継いだ存在なのです。 ■似ている。しかし同じ血統ではないこの6形式は、すべてが同じ設計を直接受け継いだ兄弟車ではありません。デザインを担当した企業も、車体構造も、使用目的も異なります。 それでも高い位置にある、黒い運転台窓。滑らかに張り出した前頭部。低い位置から、こちらを睨むように光る前照灯。この3つが組み合わさることで、JR東日本独特の“エイリアン顔”が生まれたように思えてなりません。 それは、単なる時代の流行だったのか。それとも、安全性と速度を追求した先に自然と生まれた形だったのか。 答えは分かりません。 ただ一つ言えるのは、国鉄形特急の面影を断ち切り、JR東日本が自らの時代を切り拓こうとした象徴の一つが、この異形のフロントマスクだったということではないでしょうか。 255系が最初に地球へ降り立った1993年から、すでに30年以上。 E351系は姿を消し、255系も臨時運用はあるものの定期運用を退きました。 それでも、E655系、E259系、E657系、E353系は今なお、それぞれの使命を背負って走り続けています。 美しいのか。 怖いのか。 それとも、格好いいのか。 見る人によって、その表情は変わる。しかし、一度見たら決して忘れられない。 もちろん、こんな呼び方をしているのは私だけかもしれません。それでも、この6形式を並べてしまったら、もうそうとしか見えない。 255系、E351系、E655系、E259系、E657系、E353系。 JR東日本が生み出した、異形の特急車両たち。 私は彼らを、勝手にこう呼びたい。...
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【“エイリアン顔”】六兄弟<前編>
255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)
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255系、E351系、E259系、E655系、E657系、E353系 30年以上にわたって受け継がれた異形のフロントマスク 黒く、大きく切り取られた運転台窓。その下から、こちらを睨みつけるように光る前照灯。そして、前方へ突き出した独特の鼻先。 JR東日本の特急車両には、どこか生き物のような・・・いや、まるで宇宙から飛来した“エイリアン”のような顔を持つ車両たちが存在します。 255系、E351系、E655系、E259系、そしてE657系。 用途も、走る路線も、設計された時代も違う6形式。しかし正面から見比べてみると、そこには確かに共通する“異形のDNA”が感じられる気がするのです。 ■すべての始まりは255系?1993年7月。房総特急「ビューわかしお」「ビューさざなみ」として、255系が登場しました。 大きな黒い運転台窓。低い位置に、左右へ離して配置された前照灯。そして、青く前方へ張り出した鋭いフロントマスク。 国鉄形特急の“人間らしい顔”を見慣れていた当時の利用者にとって、その姿はまさに未知との遭遇でした。JR東日本の特急形車両として、初めてVVVFインバータ制御を採用。さらに1993年には、グッドデザイン賞も受賞しています。 美しい。洗練されている。しかし、どこか不気味。 これこそが、JR東日本における“エイリアン顔”の始祖ではないでしょうか。 255系は2024年6月に定期運用を終えましたが、一部編成はその後も残り、臨時列車として活躍。最初に地球へ降り立った“始祖”は、まだ完全には姿を消していないのです。 ■同じ年に現れた突然変異、E351系255系の登場から、およそ半年後。中央本線に、さらなる異形の車両が現れます。特急「スーパーあずさ」用として誕生したE351系です。 JR東日本で初めて、制御付き自然振り子方式を採用。曲線の連続する中央本線を高速で駆け抜けるため、車体は低重心で丸みを帯びた、卵のような断面となりました。そこへ高運転台と巨大な黒い窓を組み合わせた結果、その顔は鉄道車両というより、もはや“生物”。 さらに非貫通型先頭車には、大型LED式の愛称表示器を搭載。暗闇の中から表示器と前照灯を光らせて迫る姿は、五兄弟の中でも圧倒的なエイリアン感を放っていました。255系が“始祖”なら、E351系は“突然変異”。 合理性と速度を追求した結果、偶然生まれてしまった異形の傑作だったのではないでしょうか。 ■漆色に身を包んだ皇室仕様、E655系それから14年後の2007年。この異形のDNAは、思いもよらぬ形で復活します。 ハイグレード車両E655系「なごみ(和)」。 団体臨時列車として使用されるだけでなく、特別車両を組み込むことでお召し列車にもなる、日本を代表する特別な電車です。 漆を思わせる、深く艶やかな車体色。光の当たり方によって、茶色にも紫色にも見える特殊な塗装。そこに組み合わされたのが、高運転台と鋭く吊り上がった前照灯でした。 気品に満ちている。 重厚で、威厳もある。 それなのに正面から見ると、やっぱりエイリアン。 六兄弟の中でも、明らかに別格の存在。 いわば・・・ “ロイヤル・エイリアン”……。 続く・・・ (マイミー)
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【もしも国鉄が儲かっていたら】185系は171系となっていた説
2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...
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2024年12月15日をもって運行を終了し、引退して久しい185系直流特急形電車。 登場は1981年。東海道線で老朽化の進んでいた153系の置き換え用としてデビューしました。 もっとも、この車両。"特急形"と名乗りつつ、その設備は、"これまでの特急"らしくない。 急行形のソレと同じ規格・寸法の片側2扉、開口幅1,000mm。 座席は転換クロスシート、シートピッチ910mm。新快速、快速、普通列車として活躍した117系と同一機構のものでした。 側窓は開閉可能な1段上昇窓、歯車比は1:4.82、メカニズムも…近郊形電車と同一。 ■"格上げ"のための車両事の始まりは、東京南鉄道管理局が立てた構想にあります。 185系導入に伴う、置換対象となる153系は、その当時、既に車齢19年超かつ、走行線区が相模湾沿いと言うこともあり、経年と塩害による老朽化に瀕していました。 ただしこの際185系電車を純然たる"急行形車両"として登場させると153系が急行電車他、通勤通学需要にも供されていたことを鑑みたとき、使用用途が限られ、より多くの車両をもって置き換えなければならなくなる。 この考えを基に、置き換える車両数を抑えるため、153系と同様、東海道線の通勤輸送にも供用できる車両として当初は特急への格上げなど考慮せず、急行「伊豆」の置き換えを命題として、"普通列車にも使える2扉車"として構想されたのです。 ところが。 車両の構想がまとまった頃、営業部門から、急行「伊豆」を特急へ格上げしたい、という意向が示されます。 かくして185系は、"特急用と通勤用(普通列車)に供用可能"という、国鉄初の試みを背負って世に出ることとなりました。 ■急行料金で良いのでは?1981年10月、エル特急「踊り子」運行開始。 明るいホワイトベースに緑の斜めストライプは新鮮さゆえ、好印象を与えた一方で、急行が全廃された結果、利用者は特急を利用せざるを得ない。 実質的な値上げではないか、との声も上がったと言われています。 そして1985年3月14日。 東北・上越新幹線の上野延伸により「新幹線リレー号」が廃止され、余剰となった200番台は、上野発着の急行の特急格上げへ転用。 ここで登場したのが、"新特急"という種別でした。 新特急谷川、新特急草津、新特急あかぎ、新特急なすの。 短距離自由席特急料金を安く設定し、お得感を演出しつつ、車両設備は転換クロスシートのまま。 これでは急行料金で良いじゃないか、と不評を買った側面もありました。 ■もし、国鉄が儲かっていたらさて、表題の件。 これら"格上げ"の連続は、突き詰めれば国鉄の"増収施策"。 急行料金の急行列車を特急へ格上げし、かつ車両運用の冗長性を持たせるべく、汎用的な車両を目指した。 その結果が、"特急形なのに急行形設備"という185系の姿であったと申せましょう。 では、もし国鉄が儲かっていたら。 急行を特急へ格上げする必要などなく、185系は素直に、165系列の後継たる急行形電車として誕生していたのではないか。 その場合、形式は。 165系、167系、169系と続いた系譜。次に来るべき番号、それが"171系"。...
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