Mr.DIMER Journal

【神出鬼没】特大貨車「シキ」

【神出鬼没】特大貨車「シキ」

日本を走る貨物列車の中でも、その迫力は間違いなく最重量級。 発電所や変電所で使用される、巨大な変圧器。 その“規格外の荷物”を鉄路で運ぶために造られたのが、大物車と呼ばれる特大貨車。 「シキ」です。 貨車の形式記号では、「シ」が大物車「キ」が積載重量25トン以上を表します。 しかし実際のシキが運ぶのは、皆さんもご存知の通り25トンどころの話ではありません。 時には100トンを大きく超える巨大変圧器を抱え、何十個もの車輪で重量を線路へ分散させながら、豪快なジョイント音と共に目的地へ向かいます。 なかでも有名なのが、1973年から製造されたシキ800形。 日本通運の私有貨車として誕生し、長年にわたって大型変圧器の輸送を担ってきました。 巨大な荷物を前後の荷受梁で挟み込み、変圧器そのものが貨車の車体の一部になったような姿。幾重にも連なる台車。異様な数の車輪。線路を踏みしめるように進む、圧倒的な重量感。 もはや貨車というより、鉄路を走る巨大構造物です。 故に、橋梁が重量に耐えられるのか。ホームやトンネルに接触しないのか。曲線で荷物がはみ出さないのか。 輸送前には経路を細かく調査し、場合によっては低速で、慎重に運転されます。 しかも、変圧器輸送が必要な時だけ走る特殊な貨車。 定期列車のように毎日姿を見せるわけではなく、運転日や経路も限られています。 だからこそ、その姿を目撃できた時の衝撃は大きい。「神出鬼没」と言えるのではないかと思います。 黒い巨大な車体が、豪快な音と共に、近づいてくる。 「なんだ、あの貨車は……」 初めて見た人なら、思わずそう声を漏らしてしまうはずです。 道路輸送や船舶輸送の発達により、シキが活躍する機会は以前より少なくなりました。 それでも、道路では運ぶことのできない超重量物を、鉄道だからこそ運べる場面が残されています。 普段はどこにいるのか分からない。しかし必要とされた時には、巨大な荷物を背負って静かに現れる。 大量の荷物を運ぶ貨物列車の中で、たった一つの変圧器を運ぶためだけに走る列車。 神出鬼没の特大貨車「シキ」。 その姿は今もなお、日本の鉄道貨物が持つ底知れない力を、私たちに見せつけてくれてる気がします。 (マイミー)

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【神出鬼没】特大貨車「シキ」

日本を走る貨物列車の中でも、その迫力は間違いなく最重量級。 発電所や変電所で使用される、巨大な変圧器。 その“規格外の荷物”を鉄路で運ぶために造られたのが、大物車と呼ばれる特大貨車。 「シキ」です。 貨車の形式記号では、「シ」が大物車「キ」が積載重量25トン以上を表します。 しかし実際のシキが運ぶのは、皆さんもご存知の通り25トンどころの話ではありません。 時には100トンを大きく超える巨大変圧器を抱え、何十個もの車輪で重量を線路へ分散させながら、豪快なジョイント音と共に目的地へ向かいます。 なかでも有名なのが、1973年から製造されたシキ800形。 日本通運の私有貨車として誕生し、長年にわたって大型変圧器の輸送を担ってきました。 巨大な荷物を前後の荷受梁で挟み込み、変圧器そのものが貨車の車体の一部になったような姿。幾重にも連なる台車。異様な数の車輪。線路を踏みしめるように進む、圧倒的な重量感。 もはや貨車というより、鉄路を走る巨大構造物です。 故に、橋梁が重量に耐えられるのか。ホームやトンネルに接触しないのか。曲線で荷物がはみ出さないのか。 輸送前には経路を細かく調査し、場合によっては低速で、慎重に運転されます。 しかも、変圧器輸送が必要な時だけ走る特殊な貨車。 定期列車のように毎日姿を見せるわけではなく、運転日や経路も限られています。 だからこそ、その姿を目撃できた時の衝撃は大きい。「神出鬼没」と言えるのではないかと思います。 黒い巨大な車体が、豪快な音と共に、近づいてくる。 「なんだ、あの貨車は……」 初めて見た人なら、思わずそう声を漏らしてしまうはずです。 道路輸送や船舶輸送の発達により、シキが活躍する機会は以前より少なくなりました。 それでも、道路では運ぶことのできない超重量物を、鉄道だからこそ運べる場面が残されています。 普段はどこにいるのか分からない。しかし必要とされた時には、巨大な荷物を背負って静かに現れる。 大量の荷物を運ぶ貨物列車の中で、たった一つの変圧器を運ぶためだけに走る列車。 神出鬼没の特大貨車「シキ」。 その姿は今もなお、日本の鉄道貨物が持つ底知れない力を、私たちに見せつけてくれてる気がします。 (マイミー)

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【日本では引退】インドネシアでは、愛されるスターに。

【日本では引退】インドネシアでは、愛されるスターに。

日本では「古い電車」として引退した、205系や203系、東京メトロ6000系や05系。しかし海を渡ったインドネシアでは、人々の暮らしを支える大切な足として、再び第一線を走り続けました。 日本と同じ軌間1,067mm、直流1,500V。 激しいラッシュに耐えてきた頑丈な車体と、大量輸送に適した広い車内。さらに、日本で丁寧に整備されてきた車両を、まとまった数で導入できる。日本の中古電車は、急成長するジャカルタの鉄道にとって、まさに救世主のような存在だったのです。 しかし、日本車がインドネシアへ運んだものは、輸送力だけではありませんでした。近年、インドネシアでは列車を撮影し、編成番号や塗装の違いを楽しみ、日本時代の経歴まで調べる若い鉄道ファンが目立つようになっています。 SNSの普及に加え、205系だけでも埼京線、横浜線、南武線、武蔵野線など、さまざまな“物語”を背負った車両が集まったことも、ファンを惹きつけた理由ではないでしょうか。その熱量を象徴するのが、2026年7月18日に開催された第2回「DEPO DEPOK TOUR EVENT」。 デポック車両基地には、元JR東日本203系・205系、元東京メトロ6000系・7000系・05系が集結。 203系や6000系は日本時代の姿へ、05系は東西線時代の帯へ、205系はインドネシア譲渡初期に見られた南武線帯を残す姿へと再現されました。前年のイベントでも、205系に埼京線・横浜線・南武線・武蔵野線時代の姿が再現されています。 日本では当たり前のように走っていた通勤電車。 それを現地のファンが大切に磨き、日本時代の姿へ戻し、嬉しそうにカメラを向けている。これは、たまらなく胸が熱くなる光景です。 日本から渡ったのは、単なる中古車ではなかった。 電車を愛し、追いかけ、撮影し、その歴史を語り継ぐ文化まで、一緒に海を渡っていたのです。 しかし、時代は確実に動いています。 KAI Commuterは2025年から新型車CLI-125を順次投入し、同年12月にはインドネシアのINKAが製造した国産新型車CLI-225の営業運転も開始しました。KAI Commuterは新型車を、寿命を迎えた従来車の置き換えとして導入しており、19編成を対象とした更新・改造計画も進めています。 つまり今後のKAI Commuterは、日本の中古車を買い続ける時代から、新造車の導入、インドネシア国内での車両生産、既存車の延命を組み合わせる時代へと進んでいきます。 日本車にとって、少し寂しい世代交代が始まっていることは間違いありません。 それでも、日本の電車がジャカルタの鉄道を支え、鉄道ファン文化を育て、インドネシアの車両製造へとつながる“橋渡し役”を果たした事実は消えません。日本では引退した電車が、異国の地で人々に愛され、スターになった。そして役目を終える時が来ても、その姿は写真と記憶の中に残り続ける。 日本車がインドネシアに残したもの。 それは車両だけではなく、鉄道を愛する心そのものだったのかもしれませんね。 (マイミー)

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【日本では引退】インドネシアでは、愛されるスターに。

日本では「古い電車」として引退した、205系や203系、東京メトロ6000系や05系。しかし海を渡ったインドネシアでは、人々の暮らしを支える大切な足として、再び第一線を走り続けました。 日本と同じ軌間1,067mm、直流1,500V。 激しいラッシュに耐えてきた頑丈な車体と、大量輸送に適した広い車内。さらに、日本で丁寧に整備されてきた車両を、まとまった数で導入できる。日本の中古電車は、急成長するジャカルタの鉄道にとって、まさに救世主のような存在だったのです。 しかし、日本車がインドネシアへ運んだものは、輸送力だけではありませんでした。近年、インドネシアでは列車を撮影し、編成番号や塗装の違いを楽しみ、日本時代の経歴まで調べる若い鉄道ファンが目立つようになっています。 SNSの普及に加え、205系だけでも埼京線、横浜線、南武線、武蔵野線など、さまざまな“物語”を背負った車両が集まったことも、ファンを惹きつけた理由ではないでしょうか。その熱量を象徴するのが、2026年7月18日に開催された第2回「DEPO DEPOK TOUR EVENT」。 デポック車両基地には、元JR東日本203系・205系、元東京メトロ6000系・7000系・05系が集結。 203系や6000系は日本時代の姿へ、05系は東西線時代の帯へ、205系はインドネシア譲渡初期に見られた南武線帯を残す姿へと再現されました。前年のイベントでも、205系に埼京線・横浜線・南武線・武蔵野線時代の姿が再現されています。 日本では当たり前のように走っていた通勤電車。 それを現地のファンが大切に磨き、日本時代の姿へ戻し、嬉しそうにカメラを向けている。これは、たまらなく胸が熱くなる光景です。 日本から渡ったのは、単なる中古車ではなかった。 電車を愛し、追いかけ、撮影し、その歴史を語り継ぐ文化まで、一緒に海を渡っていたのです。 しかし、時代は確実に動いています。 KAI Commuterは2025年から新型車CLI-125を順次投入し、同年12月にはインドネシアのINKAが製造した国産新型車CLI-225の営業運転も開始しました。KAI Commuterは新型車を、寿命を迎えた従来車の置き換えとして導入しており、19編成を対象とした更新・改造計画も進めています。 つまり今後のKAI Commuterは、日本の中古車を買い続ける時代から、新造車の導入、インドネシア国内での車両生産、既存車の延命を組み合わせる時代へと進んでいきます。 日本車にとって、少し寂しい世代交代が始まっていることは間違いありません。 それでも、日本の電車がジャカルタの鉄道を支え、鉄道ファン文化を育て、インドネシアの車両製造へとつながる“橋渡し役”を果たした事実は消えません。日本では引退した電車が、異国の地で人々に愛され、スターになった。そして役目を終える時が来ても、その姿は写真と記憶の中に残り続ける。 日本車がインドネシアに残したもの。 それは車両だけではなく、鉄道を愛する心そのものだったのかもしれませんね。 (マイミー)

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【教えて下さい】非冷房が当たり前の時代

【教えて下さい】非冷房が当たり前の時代

いわゆるベンチレータだけが整然と並ぶ屋根上よりは。 すっきりとした屋根上に集中式クーラーキセが中央に鎮座している方が馴染みがあると感じてしまい、最早、それの方が馴染む、という世代が増えてきている時代かと推察します。 私個人の感想で恐縮ですが、私鉄車であれば分散式クーラーキセが4~5つほど並ぶ、国鉄車ならベンチレータの千鳥配置と集中クーラーキセが中央に鎮座するスタイルが最も安心する世代です。 さて、本日のお話は教えて下さい、非冷房の時代。 夏たるものが季節ではなく災害の時期とも言えそうな灼熱の今日この頃、 私が小学生の頃に学んだのはあなた達が40歳になる頃には夏の外気温は40度になりますよ。と。 40歳どころか、物凄い速さで温暖化は進んでいるように感じます。 最も50年前の夏は25度も無かった、とは父の証言。 今と比べるわけには参りませんが、かつての日本の夏。は非冷房でも乗り切れたのか。それとも"やっぱり暑かった"のか。 みなさま、ぜひ教えて下さい。 ----------------------------------------暦の上において、一年で最も暑い時期は7月23日頃の「大暑」と言われます。とは言え、大暑どころか…「猛暑」なのが昨今の気象事情。熱中症にご注意下さい。---------------------------------------- (Mr.DIMER編集長)

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【教えて下さい】非冷房が当たり前の時代

いわゆるベンチレータだけが整然と並ぶ屋根上よりは。 すっきりとした屋根上に集中式クーラーキセが中央に鎮座している方が馴染みがあると感じてしまい、最早、それの方が馴染む、という世代が増えてきている時代かと推察します。 私個人の感想で恐縮ですが、私鉄車であれば分散式クーラーキセが4~5つほど並ぶ、国鉄車ならベンチレータの千鳥配置と集中クーラーキセが中央に鎮座するスタイルが最も安心する世代です。 さて、本日のお話は教えて下さい、非冷房の時代。 夏たるものが季節ではなく災害の時期とも言えそうな灼熱の今日この頃、 私が小学生の頃に学んだのはあなた達が40歳になる頃には夏の外気温は40度になりますよ。と。 40歳どころか、物凄い速さで温暖化は進んでいるように感じます。 最も50年前の夏は25度も無かった、とは父の証言。 今と比べるわけには参りませんが、かつての日本の夏。は非冷房でも乗り切れたのか。それとも"やっぱり暑かった"のか。 みなさま、ぜひ教えて下さい。 ----------------------------------------暦の上において、一年で最も暑い時期は7月23日頃の「大暑」と言われます。とは言え、大暑どころか…「猛暑」なのが昨今の気象事情。熱中症にご注意下さい。---------------------------------------- (Mr.DIMER編集長)

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【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!

【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!

"一昔前"。 の定量的評価が、"何年の刻"なのか、については人それぞれかと思います。 西鉄における、オキサイドイエローにボンレッドのストライプを纏ったいわゆる"黄色い電車"と言えば、"貝塚線の電車!"。と答えが返ってくることでしょう。                                                                                                                                                                               時代をさかのぼります、1973年。 西鉄における"黄色い電車"とはかつて西鉄大牟田線 福岡〜大牟田間を60分で結んだ大牟田線・筑紫路のエース、2000形の専用色でした。 それまでベージュとあずき色の"旧西鉄標準色"を纏う車両ばかりの中に投入されたオキサイドイエローの新車。 鮮烈な印象を残したに違いありません。 そして、宮地岳線(旧:貝塚線)における"黄色い電車の歴史"は大牟田線から移籍した313形が始まり。 1977年のこと、2000形の"オキサイドイエロー"誕生の4年後です。 "本線"の、"西鉄特急新時代"を象徴する塗装。これを支線車両に纏わせたのはそれまで大牟田線の中古車ばかりで構成されてきた宮地岳線のイメージアップを図ったものと捉えています。 1977年の2年前、1975年、大牟田線向け通勤形電車として誕生する5000形が、同じボンレッドの帯を巻くもののアイスグリーンを基本とした塗装で600形他一般形電車に波及させていった史実を見るに、宮地岳線こそ"アイスグリーン"にしても良かったところ。上述した"イメージアップ作戦"の証左かと思います。 大牟田線において、アイスグリーンの車両が普及していく中、2000形の"オキサイドイエロー"は更に眩しく、輝く存在へと昇華されていったように感じています。 2000形が引退したのは2010年。実に16年の年月が過ぎてしまいました。 "にしてつの黄色い電車"、と言えばすっかり、「あぁ、香椎の2両編成ね〜。」と言う会話が定着しました。 認識は変化するもの。されど...これだけは言わせてほしい。 "貝塚線を走る黄色い電車は。 西鉄貝塚線色ではなく、西鉄宮地岳線色でもなく! 「西鉄特急色」であることを。" 是非、みなさまの認識は変化するもの。されど...これは言っておきたい。 教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)

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【認識は変化するもの、されど...】コレ、貝塚線色じゃない、西鉄特急色!

"一昔前"。 の定量的評価が、"何年の刻"なのか、については人それぞれかと思います。 西鉄における、オキサイドイエローにボンレッドのストライプを纏ったいわゆる"黄色い電車"と言えば、"貝塚線の電車!"。と答えが返ってくることでしょう。                                                                                                                                                                               時代をさかのぼります、1973年。 西鉄における"黄色い電車"とはかつて西鉄大牟田線 福岡〜大牟田間を60分で結んだ大牟田線・筑紫路のエース、2000形の専用色でした。 それまでベージュとあずき色の"旧西鉄標準色"を纏う車両ばかりの中に投入されたオキサイドイエローの新車。 鮮烈な印象を残したに違いありません。 そして、宮地岳線(旧:貝塚線)における"黄色い電車の歴史"は大牟田線から移籍した313形が始まり。 1977年のこと、2000形の"オキサイドイエロー"誕生の4年後です。 "本線"の、"西鉄特急新時代"を象徴する塗装。これを支線車両に纏わせたのはそれまで大牟田線の中古車ばかりで構成されてきた宮地岳線のイメージアップを図ったものと捉えています。 1977年の2年前、1975年、大牟田線向け通勤形電車として誕生する5000形が、同じボンレッドの帯を巻くもののアイスグリーンを基本とした塗装で600形他一般形電車に波及させていった史実を見るに、宮地岳線こそ"アイスグリーン"にしても良かったところ。上述した"イメージアップ作戦"の証左かと思います。 大牟田線において、アイスグリーンの車両が普及していく中、2000形の"オキサイドイエロー"は更に眩しく、輝く存在へと昇華されていったように感じています。 2000形が引退したのは2010年。実に16年の年月が過ぎてしまいました。 "にしてつの黄色い電車"、と言えばすっかり、「あぁ、香椎の2両編成ね〜。」と言う会話が定着しました。 認識は変化するもの。されど...これだけは言わせてほしい。 "貝塚線を走る黄色い電車は。 西鉄貝塚線色ではなく、西鉄宮地岳線色でもなく! 「西鉄特急色」であることを。" 是非、みなさまの認識は変化するもの。されど...これは言っておきたい。 教えて下さい。 (Mr.DIMER編集長)

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【青春18きっぷ】誰のための"きっぷ"になったのか

【青春18きっぷ】誰のための"きっぷ"になったのか

青春18きっぷの利用者が、コロナ禍以上の勢いで減っているという。そりゃ、そうでしょう。 今の青春18きっぷは、俺たちが知っている青春18きっぷではないのだから。 以前は、利用期間内の好きな5日間を選び、全国のJR普通・快速列車に乗ることができました。 価格は1万2050円。1日当たり2410円で、複数人での利用も可能。 ひとりで5日間使う。仲間と日帰り旅行に出掛ける。天気や予定に合わせて使う日を変える。その自由さこそが、青春18きっぷ最大の魅力でした。 しかし、2024年冬季分から条件が大きく変更。 「好きな5日間」から、「連続する5日間」または、「連続する3日間」となり、複数人での利用もできなくなりました。 JR側は、自動改札機に対応するための変更だと説明しています。ただ、利用者が本当に求めていたのは、自動改札機を通れる便利さだったのでしょうか。 私達が求めていたのは、 「好きな日に使えること。」 「仲間と一緒に使えること。」 「自分だけの旅程を組めること。」 便利さではなく、自由だったのです。青春18きっぷは、自動改札機を通れるようになった代わりに、青春18きっぷらしさを失ってしまいました。 利用者を呼び戻すなら、条件の見直しは必須でしょう。ただ、条件を元に戻すだけで、かつての熱気まで戻るのでしょうか。 青春18きっぷが最も輝いていた時代。東日本エリアだけでもそこには、夜行快速「ムーンライト」シリーズがありました。 ムーンライトながら。 ムーンライトえちご。 ムーンライト信州。 夜に出発し、朝には遠くの街へ。眠れなくても、座席がきつくても、なぜかワクワクした。眠い目をこすりながら、早朝のホームへ降り立った瞬間。「ここまで来たぞ」という達成感がありました。あの不便さまで含めて、旅だったのです。 今、夜行列車が再び注目され始めています。 ならば、青春18きっぷの再生にも、新たな夜行列車に白羽の矢が?と、思うわけです。 全国を駆け巡る令和版ムーンライト。 主要都市を結ぶ夜行列車。各駅停車を乗り継ぎながら、朝を迎える旅。 もちろん、深夜帯は保守作業に欠かせません。簡単な話ではないことも分かります。 それでも、AIや検査技術、保守機械が進化している今だからこそ、夜の鉄路を活用する方法を、もう一度考えてもいいはずです。 青春18きっぷを救うのは、自動改札機ではありません。 必要なのは、 もう一度、時刻表を開きたくなること。 知らない街へ行きたくなること。 夜を越えて、遠くへ向かいたくなること。...

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【青春18きっぷ】誰のための"きっぷ"になったのか

青春18きっぷの利用者が、コロナ禍以上の勢いで減っているという。そりゃ、そうでしょう。 今の青春18きっぷは、俺たちが知っている青春18きっぷではないのだから。 以前は、利用期間内の好きな5日間を選び、全国のJR普通・快速列車に乗ることができました。 価格は1万2050円。1日当たり2410円で、複数人での利用も可能。 ひとりで5日間使う。仲間と日帰り旅行に出掛ける。天気や予定に合わせて使う日を変える。その自由さこそが、青春18きっぷ最大の魅力でした。 しかし、2024年冬季分から条件が大きく変更。 「好きな5日間」から、「連続する5日間」または、「連続する3日間」となり、複数人での利用もできなくなりました。 JR側は、自動改札機に対応するための変更だと説明しています。ただ、利用者が本当に求めていたのは、自動改札機を通れる便利さだったのでしょうか。 私達が求めていたのは、 「好きな日に使えること。」 「仲間と一緒に使えること。」 「自分だけの旅程を組めること。」 便利さではなく、自由だったのです。青春18きっぷは、自動改札機を通れるようになった代わりに、青春18きっぷらしさを失ってしまいました。 利用者を呼び戻すなら、条件の見直しは必須でしょう。ただ、条件を元に戻すだけで、かつての熱気まで戻るのでしょうか。 青春18きっぷが最も輝いていた時代。東日本エリアだけでもそこには、夜行快速「ムーンライト」シリーズがありました。 ムーンライトながら。 ムーンライトえちご。 ムーンライト信州。 夜に出発し、朝には遠くの街へ。眠れなくても、座席がきつくても、なぜかワクワクした。眠い目をこすりながら、早朝のホームへ降り立った瞬間。「ここまで来たぞ」という達成感がありました。あの不便さまで含めて、旅だったのです。 今、夜行列車が再び注目され始めています。 ならば、青春18きっぷの再生にも、新たな夜行列車に白羽の矢が?と、思うわけです。 全国を駆け巡る令和版ムーンライト。 主要都市を結ぶ夜行列車。各駅停車を乗り継ぎながら、朝を迎える旅。 もちろん、深夜帯は保守作業に欠かせません。簡単な話ではないことも分かります。 それでも、AIや検査技術、保守機械が進化している今だからこそ、夜の鉄路を活用する方法を、もう一度考えてもいいはずです。 青春18きっぷを救うのは、自動改札機ではありません。 必要なのは、 もう一度、時刻表を開きたくなること。 知らない街へ行きたくなること。 夜を越えて、遠くへ向かいたくなること。...

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【似てる】つくばエクスプレスTX-3000系とJR東海385系

【似てる】つくばエクスプレスTX-3000系とJR東海385系

今回の、「似てるシリーズ」は… ■TX-3000系2020年登場。つくばエクスプレスを運行する首都圏新都市鉄道が、沿線人口の増加による混雑緩和を目的に導入した、交直流通勤形電車です。 日立製作所笠戸事業所製の6両編成。1,067mm軌間では最大級の"拡幅車体"をまとい、2020年度グッドデザイン賞も受賞しました。 ■385系2026年登場。特急「しなの」で活躍する383系の後継として、JR東海が2023年7月に導入を発表、2025年末にデザインを公表し、2026年に量産先行車が姿を現しました。(量産車の増備は2029年度からの予定です) こちらは振子式の特急形電車。名古屋圏のホームドアに合わせて8両固定とし、先頭部は381系改造車・383系から続く、伝統の"パノラマタイプ"を採用しています。 首都圏を走る通勤形、かたや中央西線の山あいを駆ける特急形。交直流と直流、通勤とロングラン、共通点はほとんどありませんが。 TX-3000系には前面貫通扉(非常扉)が設置してあり、385系は非貫通、と言う大きな違いはありつつ、それでも、深く傾斜した大きな前面ガラスと、その周囲を黒で締めた"面構え"。 低い位置にまとめられた、あえて言うなれば100系新幹線を彷彿とする"前照灯"。この"顔つき"が、どこか似て見えるのです。 用途の違う二つの車両ですが"いまどきのデザイン"として同じ表情に行き着いた。そんな面白さを感じた一組でした。 **************************************************新企画、「似てる車両シリーズ」一家系ゆえに似ている車両、縁もゆかりもないのに何となくパーツが似ている車両。あの車両とこの車両、似ているなぁ。と思ったことはありませんでしょうか。当企画は、「あ私もそう思ってた!」の"やっぱり!"をお届けしたいという考えでスタートしました。 Mr.DIMER**************************************************

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【似てる】つくばエクスプレスTX-3000系とJR東海385系

今回の、「似てるシリーズ」は… ■TX-3000系2020年登場。つくばエクスプレスを運行する首都圏新都市鉄道が、沿線人口の増加による混雑緩和を目的に導入した、交直流通勤形電車です。 日立製作所笠戸事業所製の6両編成。1,067mm軌間では最大級の"拡幅車体"をまとい、2020年度グッドデザイン賞も受賞しました。 ■385系2026年登場。特急「しなの」で活躍する383系の後継として、JR東海が2023年7月に導入を発表、2025年末にデザインを公表し、2026年に量産先行車が姿を現しました。(量産車の増備は2029年度からの予定です) こちらは振子式の特急形電車。名古屋圏のホームドアに合わせて8両固定とし、先頭部は381系改造車・383系から続く、伝統の"パノラマタイプ"を採用しています。 首都圏を走る通勤形、かたや中央西線の山あいを駆ける特急形。交直流と直流、通勤とロングラン、共通点はほとんどありませんが。 TX-3000系には前面貫通扉(非常扉)が設置してあり、385系は非貫通、と言う大きな違いはありつつ、それでも、深く傾斜した大きな前面ガラスと、その周囲を黒で締めた"面構え"。 低い位置にまとめられた、あえて言うなれば100系新幹線を彷彿とする"前照灯"。この"顔つき"が、どこか似て見えるのです。 用途の違う二つの車両ですが"いまどきのデザイン"として同じ表情に行き着いた。そんな面白さを感じた一組でした。 **************************************************新企画、「似てる車両シリーズ」一家系ゆえに似ている車両、縁もゆかりもないのに何となくパーツが似ている車両。あの車両とこの車両、似ているなぁ。と思ったことはありませんでしょうか。当企画は、「あ私もそう思ってた!」の"やっぱり!"をお届けしたいという考えでスタートしました。 Mr.DIMER**************************************************

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